第十一話 わたしは魔法少女なんですけど!?

前回のあらすじ

そして現れたダークソーン。

激闘の末、結弦はこれを取り逃してしまうが……。






 傷ついた人々を癒し、そして思い出したように自分の体を癒し、それから結弦は改めてダークソーンの犠牲となった男性のむくろに首を垂れた。もう少し早ければ、あるいは救えたかもしれない。それは傲慢な考え方かもしれなかったが、しかし切実な思いでもあった。


「あの方はどうなりますか」

「冥府の神の神殿で弔われるだろう」

「冥府の神?」

「そうだ。冥府の神の御許では、全ての魂は安らぎのうちに眠ることを許されるという」


 アルコの説明をぼんやりと聞きながら、丁重に運ばれていく男のむくろを結弦は見送った。

 どうあれ、あの男性はもう終わってしまったのだった。もう笑わず、もう怒らず、もう迷わず、もう思わない。突きつけられた終わりは、結弦の肩にズシリと重たく降りかかった。


 魔法少女をやっていると、人の死とも触れ合うようになる。

 いつも救えればそれでいいが、救えなかった多くの死を積み重ねて、ようやく魔法少女たちはいくばくかの命を救えている。そう言う事実がある。


 もともと、ダークソーンが正体を現すのは、成熟して種をまく寸前だ。そうしてようやく魔法少女はその存在を感知し、駆けつけることができる。種をまく前に退治できればいい方で、少なからず取り逃すか、本体は退治しても、種は飛び散った後だったりした。宿主となったものはどうなるかと言えば、御察しだ。


 対処が早ければ、生き残る者たちもいる。しかしそう言った者たちも多くは、心の毒を過剰に吸い取られ、生気や気力と言ったものに著しく欠ける状況にまで追い込まれ、病院のベッドから自力で立ち上がれるものはまれだ。失われた心の毒は、回復魔法でも癒すことはできない。


 今回、結弦を狙って現れたのは、魔法少女としても絶好の機会だったのだ。結弦がもっと早くダークソーンを退治できていれば、あの男性は今も生きていたかもしれない。そのことが結弦の胸に刺さっていた。


「ユヅル、あんなことがあったんだ。少し休んだ方がいい」

「でも……」

「施療所が襲われて、人々も不安がっている。君がみんなの心の支えなんだ」


 アルコの言葉は、とにかく結弦を休ませようとするための方便であることがすぐに察して取れた。

 しかしそれでも結弦はその言葉に従って体を休めた。言葉を信じたからではない。ただ、どうしようもなく疲れて、疲れて、たまらなかったからだ。


 寝台に横になって、目を閉じて眠りにおちようとしても、疲れた心身とは裏腹に、どこか昂った気持ちがおさまらず、結弦は何度も煩悶するように寝返りを打った。もはや目をつぶっていることさえ苦痛だった。落ち着かなかった。

 自分にできることが何もないのだとわかっていて、それでも居ても立ってもいられない気持ちがあった。


『ユヅル、君は頑張った。よくやったよ』

「慰めのつもりなら、やめて」

『ごめん。でも……ううん、ごめん』

「わたしこそ、ごめん」


 夜更けごろにようやく薄い眠りが訪れ、何度か短い眠りを繰り返しているうちに東の空が白々と明けてきて、結局そのまま結弦は起き出した。眠気はやはりなかったが、しかし酷く体が重たかった。魔法で癒してみても、疲れは取れても疲れた気持ちは晴れなかった。魔法では、心までは癒せない。


 ぼんやりとしながら施療所の準備を整えてみたが、今日は客足がぱったりと途絶えていた。

 なんとなく窓から外を見てみるが、通りかかる人はいても、施療所を見ると、どこか敬遠するようにして、そそくさと足早に離れていってしまう。町全体がそのような調子で、普段は賑やかな施療所の前が、今日はどこまでも空々しくしんと静まり返っていた。


「そりゃあ、そっか。あんなことがあったもんね」


 結弦は自虐するようにつぶやいた。

 町を密かに脅かしている茨の魔物が暴れに暴れた現場がここなのだ。怪我人も出た。死人も出た。野次馬はいるかもしれない。でも、わざわざそんな現場の施療所に顔を出すほどの急患は、この街にはもういないのだろう。

 そうだ。

 近頃は、怪我などほとんど口実のようなもので、人当たりの良い結弦と、その与えてくれる温かい癒しの光を求めて人々はやってきていたのだ。

 それは何でもない日に足を運ぶにはちょうど良い理由かもしれない。

 しかし恐ろしさと不安をかき分けてまでやってくる理由にはならない。


「それにあの時、わたし、必死だったもんなあ」


 恐ろしい形相だったと思う。恐ろしい剣幕だったと思う。

 服も肌もずたずたに切り裂かれながら、血まみれになってダークソーンにしがみつき、普段の温厚さなどどこへやらの大立ち回りをして見せたのだ。

 傷つきながら癒し、癒しながら傷つき、自分の体などかえりみずもせずに襲い掛かる姿は、どちらが化物だという話だ。


「はは、は、もうちょっと、スマートに戦う練習、するんだったな」


 昼前ごろに、幼子が施療所を訪れて、花を差し出していった。結弦が受け取ると、母親と思しき人が血相を変えて子供を抱きかかえ、何度も頭を下げて去っていった。

 手元に残った野の花と、その光景とがずっと頭の中で繰り返されて、結局施療所は昼になる前に閉めた。


 昼になると、屋敷の人が昼食を持ってきてくれたが、その顔にはおそれとも不安とも、何とも言えぬ表情が浮かんでいた。結弦はこれを受け取ったが、どうにも食欲が出ず、少しだけ口にして、後はノマラにやった。ノマラは食べないと疲れてしまうよと言ったが、もうすでにすっかり疲れていた。


 眠くもないのに寝台に転がり、疲れているのにいやに覚めた目で室内を見回して、陰に半分溶けこんだノマラを見つけた。


「ねえ、ノマラ」

『なあに、ユヅル』

「わたし、もう駄目かなあ」

『駄目って、何がさ』

「わたし、がんばったよ。わたしなりにさ、頑張ってきたんだよ」

『うん』

「こんな慣れない場所でさ、見慣れない顔の人たちに囲まれて、それでも、なんとか馴染もうって、頑張ったよ」

『うん』

「でも、もう、駄目かなあ。みんなもう、怖くて来てくれないかな。私のこと怖がって、来てくれないかな」

『そんなことはないよ』

「だってわたし、あれじゃあ、ダークソーンと変わらないよ。腕がちぎれても、目が潰れても、それでも平気だなんて、化け物じゃない」

『そんなことはないよ』

「もうみんな、わたしのこと、必要としてくれないのかな。要らないって言われたら、わたし、どうしたらいいんだろう」

『大丈夫だよ、ユヅル』

「アルコさんも、どう思っただろう。ダークソーンは、明らかにわたしを狙ってたもんね。わたしのことも、怪しんでるんじゃないかな」

『大丈夫だよ、ユヅル』

「やっと……やっと、慣れてきたのになあ……」


 ここでの生活もまた失われるのだろうか。かつて魔法少女となって、日常が滅茶苦茶になってしまったように。そう思うと結弦の心に殺伐とした気持ちが去来した。もうどうにでもなってしまえ。だって、もうわたしはどうしようもないんだから。


 だが、結弦は再び立ち上がっていた。杖を手に、立ち上がっていた。


「ダークソーン……!」


 その気配に、結弦は立ち上がらずにはいられなかった。

 恐怖に震え、不安に震え、どうしようもなく震えに震えて、それでも立ち上がらずにはいられなかった。


 何故ならば。


「私は、魔法少女だもん……!」






用語解説


・冥府の神

 古き神の一柱。世界で最初に死んだ山椒魚人プラオであるとされる。


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