最終話 平賀さんはヒーラーなんですけど!?

前回のあらすじ


ザ ッ ケ ン ナ オ ラ ー !






 ダークソーンの脅威が排され、感極まった挙句、いろいろな緊張が解けて男泣きもとい乙女泣きに泣きだしてしまった結弦が落ち着き、作戦に参加した兵士たちが怯えながら回復魔法を受けてしばらく。


 いま、結弦の身柄は代官屋敷の立派な応接室にあった。

 ふかふかのソファはかつての世界でもそうお目にかかったことのない上等な物だったし、触れるだけで割れるのではないかと思うほど薄い高級なカップに注がれた茶は、香りだけで結弦のお小遣いが丸まるとんでいきそうなほどの上物だ。


 勿論そんな環境に放り込まれた結弦は今にも死にそうである。

 むしろ殺してくれと言わんばかりのところを、かろうじてノマラが支えてやっているのである。


「この度は、我が街に忍び込んだ茨の魔物を討伐していただき、感謝の言葉もありませぬ」


 そしてこの、代官である郷士ヒダールゴジェトランツォ・ハリアエート直々の感謝の言葉に、感性自体は小市民でしかない、むしろ半端な小市民よりよほど卑屈な結弦は逆に頭を下げそうになったほどである。というか、実際下げて、ノマラのしっぽではたかれて慌てて頭を上げた。


「い、いえいえ、たまたまと言いますか」

「ふっふっふ、たまたま我が町を訪れ、たまたま街を救ってくださったか」

「あう、いえ、そのう……」

「これも何かの縁だったのでありましょう。或いは神々の思し召しかもしれませんな」


 神々の思し召しという言葉には、結弦もそうかもしれないと密かに頷いた。何しろこの世界には実際に神がいるらしいというのは、言葉の神エスペラントの加護を受けて実感したところである。或いは結弦がこの世界に来たのも、またダークソーンがこの世界にいるのも、全ては神々のもたらしたことなのかもしれないと、少し思うようになっていた。


「ともあれ、癒しの術と言い、此度の件と言い、ユヅル殿には大いに借りを作ってしまった。何かお礼をと思うのだが」


 礼と言われて反射的に断りそうになったが、ノマラのしっぽが頭を叩いたので、結弦は我に返った。

 貰えるものは貰っておくべきである。少なくとも、先の知れないこの異世界においては。


 結弦はゆっくりと考えて、それから答えた。


「では市民権を」

「なに?」

「いまのわたしは、アルコさんが保護し、そしてまた郷士ヒダールゴ様が保護してくださっている身分にすぎません。市民権を得て、いましばらく施療所を続けたいと思います」

「かまいませぬが……」


 郷士ヒダールゴは困惑した。

 というのも、市民権くらいは代官からすればどうとでもなることで、いままで市民権を特別与えていなかったのも、代官の客人という立場は余程強力にその身分を保証するものだったからである。

 むしろ、今回のような件があった後となっては、郷士ヒダールゴの方が頭を下げて、街に残ってくれることを願い出たかったほどである。それをしなかったのはあくまでも郷士ヒダールゴの人の好さからくるものでしかない。


「あれが最後の茨の魔物であったという保証はありません。それにどこからやってくるかもわかったものではありません。できることであれば、責任を持って対処したく思います」

「責任とな」


 結弦は少し迷ってから、しかし腹をくくって自身の本当の事情を話した。

 つまり、自分は異世界からやってきて、ダークソーンもまたその異世界の魔物であるということである。


 異世界などという突拍子もない言葉に郷士ヒダールゴもアルコもしばらく困惑していたが、しかし、結弦がダークソーンに対抗する術をもつこと、またダークソーンに関して詳しいことなど、少なくともダークソーンが元居た場所から来たというのは、嘘ではないように思われた。


「では、茨の魔物はユヅル殿が連れてきたと申すか」

「それはわかりません。わたしがやってくるよりも先に、ダークソーン、茨の魔物はやってきていたようですから」

「それでは逆かもしれん」

「逆?」

「ユヅル殿、そなたがために茨の魔物がやってきたのではなく、茨の魔物に対抗するために、神々がそなたを呼び寄せて遣わしてくれたのかもしれぬ」

「それは……それはわたしにはわかりません」

「わからぬことは、そうだと言っても差し支えまい」

「ええ?」

「その方が、郷士ヒダールゴにとっても都合がいいのさ」

「ええ?」


 結弦がわけがわからないという顔をしていると、アルコが笑った。


「身元不詳の少女が代官の兵士を差し置いて茨の魔物を撃退してくれたというより、神々の遣わしてくれた奇跡の聖女様がやってくれたという方がずっと聞こえがいいのさ」

「で、でもわたし、聖女様なんかじゃ」

「そう言っているのは君だけさ」

「ええ?」


 郷士ヒダールゴもまたくすくすとおかしそうに笑った。


「街の施療院でも癒せなかった病人や怪我人を、いともたやすく癒してしまったということで、すでにユヅル殿は方々で聖女と呼ばれ始めておったのですよ」

「えっ」

「それが今回の茨も魔物の件で、傷だらけになりながら人々を救おうとする姿を見て、ますます聖女の株は上がったというわけさ」

「あ、あれでですか」

「人は見たいように見るものさ」


 悪鬼羅刹のような形相でダークソーンに挑んだのを目の当たりにしているアルコは夢も幻想もないようだが、市民にとってはそうでもないようである。聞けば、聖女様がまばゆい光とともに茨の魔物を消し去ってしまったとか、そのように捏造されているようである。傷だらけの下りはどこへ消えたのか。


「その聖女様が我が街に滞在してくれるというのならば、こちらこそお願いしたいところだ。施療所も茨の魔物退治も、これからもよろしくお願いしたい」

「あ、その件なんですが」

「と、申すと」

「施療所なんですが、他の施療院のお手伝いもできないかな、と」


 というのは、最初にダークソーンの宿主となって訪れた男性が、話を聞く限り施療院に勤めるもので、結弦の施療所が優秀過ぎるために風評被害を受けていたということが分かったからである。


「わたしには医療の心得はありませんから、大したことはできませんが」

「ふーむ、どうしたものかな」

「いけませんか?」

郷士ヒダールゴ殿は聖女様を安売りするかどうか悩んでおられるのさ」

「えっ?」

「これこれアルコ殿、商売のように言わんでおくれ」

「これは失敬」

「しかし、実際、そうなのだ」


 郷士ヒダールゴが言うには、まず施療所の格を上げて、本当に重篤な者だけ治療するという風にした方が、結弦の聖女としての格が上がるのではないかと考えている事。しかしまた一方で、どんなものにでも献身的に治療してくれた姿こそが聖女としてのいまの結弦を作っているのも確かであること。

 聖女という看板を掲げていきたい郷士ヒダールゴとしては、悩むところであるという。


「わたしとしては、今まで通りやっていきたいだけなんですけれど……」

「うーむ。まあ、ユヅル殿もそう仰ることですからな」


 なによりもユヅルの意思を尊重するということで、こうなった。

 つまり、いままで通りに施療所を続けると同時に、いままでは距離の問題でなかなか来ることもできなかった患者たちのためにも、各地の施療院の声に応じて往診をすることにしたのである。


 郷士ヒダールゴとの面会を辞して、ずいぶん馴染んだ施療所に帰り付き、結弦はすっかり脱力して座り込んだ。


「ふえぇ……疲れたぁ……」

『はいはい、もう少し慣れないとね聖女様』


 ついにはノマラにまで聖女扱いされて、結弦は叫んだ。


「わたし、ヒーラーなんですけど!?」






用語解説


・ヒーラー

 信じようと信じまいと、私はヒーラー。

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