ジル・ド・レエの記憶


 ククチは血に陶酔していた……

 エントリーしたものは十六名……そのメンバーで『鮮血推戴』が始まった。


 決勝まで勝ち上がってきたククチは、三人を惨殺してきている。

 素手で殺し合いをするのだが、ククチの手刀は相手の内臓を抉り出してきた。


 手に伝わる肉の感覚、相手の苦痛にゆがむ表情……その首を手刀で切り落としてきた……


 ジル・ド・レエの記憶がよみがえってくる……快楽殺人……男色……小児性愛……

 ……もうすぐだ……ヴァンパイア共を支配し……食糧牧場を……そこで屠殺する前に……餓鬼どもを……

 たまにはヴァンパイアの餓鬼も……死刑囚の餓鬼なら構わぬか……


 ジャンヌとともに、フランスを救ったのに……馬鹿どもはジャンヌを売り渡した……

 人は下らぬ者たちだが、生きていく限り、その下らぬものにならなければ……ジャンヌのようになる……


 下らぬものになれば悩みなどもない……この血のぬくもりは快感だ……死にゆく者の苦痛にゆがんだ顔……支配者の優越とはいいものだ……

 エクスタシー……腰から全身に身震いが走る……快感が走る……

 これを私は求めていたのだ!

 ヴァンパイア至上主義?部族の者を従わせるためのお題目さ……

 私はこの興奮を求めていたのだ……


 ベルタ・ドンはささやかに勝ち上がっていた……その力を誇るでもなく、かといって誰もがその強さを認める……

 つまりは横綱相撲の勝ち方といえるだろう……


 開始早々、すぐに相手の心臓に手刀を突き入れ、それで終わりである。

 ククチのように首を切り離すこともない。


「ベルタ様、相手は予想通りククチですが……」

「当然でしょう、そのようにトーナメントを仕組んだのですから」


「しかし……ククチは……」

「強いですね、私と同じ匂いがします……ダンピールかもしれません……ヴァムピーラの私では不利でしょうが……勝ちますよ……ルシファー様の『ブレスレット』がありますからね」


 そうはいわれてもゾーイは不安でたまらない、本来なら、すぐに主であるルシファーに相談したいのだが、いまはそれもできない……


 いくら『ブレスレット』があるといわれても……『チョーカー』ではない……はたして同じ力があるのだろうか……


 そんな不安を抱えながら、ゾーイは『鮮血推戴』のコロシアムの観客席に座っていた。


 ククチが、

「元総族長の妻といえど、『鮮血推戴』の掟どおり命を貰い受ける、ここに出たのが貴女の間違いだ」

 ベルタ・ドンは何もいわない。


「遺言があるならその時間を進呈するぞ」

 ベルタ・ドンは沈黙を守っている。


 さすがにククチが頭に来たようで、

「分かった、その口から、悲鳴を絞り出してくれる!」


 ここで試合開始の合図、ククチは跳躍した。

 合図と同時だ。

 蹴りがベルタの頭を捕らえたが、空を切ったククチである。

 ヴァンパイア族は、飛べるものも多くいるのだ。


 ベルタも上空に跳躍したものと思われた。

「チッ」と舌打ちし、真横にそのまま跳躍した。

「俺は騙されんぞ!」

 今度は間違いなく、ベルタの胸に手刀を突き入れた。

 あったかい血のぬくもりが伝わってくる……


 目の前のベルタの顔が苦痛にゆが……?

 薄ら笑いのベルタの顔があった。


 ククチの手刀は、ベルタの周りの空気層に止まっていたのだ。

 正確にいうと赤い空気層、血の塊に突き刺さっていた。


 その血の細かい粒子が漂う空気は、ククチの手をがっちりと掴んでいるというか、張り付いている。

「これがどうした!」


 ククチはそのまま、血の粒子が張り付いた手で、殴りかかるが……

 その手がバキッと折れた。


 見ると手が干からびている……

 張り付いた血の粒子が、ククチの血管から血を吸っている。

 ベルタの胸元が、少し赤く色づいている……


 全身に血の粒子が飛び散り始めククチは急速に干からび始める。

「力が……」

 そのままククチは崩れ落ちた。


 こうしてベルタは、『鮮血推戴』にあっさりと勝利し、ヴァンパイア族の頂点にたった。

 見ていた者は、『名誉夫人待遇女史』のブレスレットの力によるものと確信した。

 お陰でベルタが、ヴァムピーラであるということに、気付いた者はいない。

 誰もが総族長になると思ったが、ベルタは六支族族長の最年長の者を指名した。


 実質的には、ベルタがキングメーカーであることは、誰もが承知していることとなった。


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