可愛い糸女の為に


 糸女は、白鷹を亡き者にする覚悟を固めたようですが……

 そもそも糸女は阿波の妖怪糸引き娘、道端で糸引き車を回す美しい娘。

 それにつられた男がフラフラと近寄ると、老婆になり脅かすという。

 ただそれだけの妖怪……なんの力もないのです。


 相手は金長の四代目、化け物狸としてその力は折り紙つき、どう逆立ちしても糸女に勝ち目はないのです。


 田左衛門大明神は、糸女の心意気をありがたく感じましたが、娘とも呼べる糸女に、そんな危ない橋は渡らすわけにはいかない……


「糸女……」

 と、側によるなり当身を……

 気絶した糸女に「すまぬ……」と、一声かけた田左衛門大明神……


 熊鷹がそれを見て、

「儂もいこう……金長一家はこれにておしまい……消えようではないか……のお、田左衛門大明神」


「くさい話ですね……やれやれ……可愛い糸女の為に、狸の相手をすることになるとはね……」

 どこからともなく声が聞こえます。


 闇がゆがんでいきます……人型が浮かび上がります……

 漆黒の闇に浮かび上がる黒、例えればこのような表現になるのでしょうね……

 闇の濃度、焦度が違う……


 二匹の化け物狸は、背筋が凍りつく感じがしました。


 その人型は呟きました。

「死を司る我がしもべよ、我が命に応えよ」


 周りが急速に冷えていき、闇よりおぼろげに人影が浮かび上がります……

 ボロボロの白というより、灰色になった経帷子をまとい、ただ赤い二つの小さな眼が見え、白骨の手足が経帷子より出ています……

 死神です……


「藤の木の白鷹をつれてきなさい」

 死神はスーと移動を始めます……ただその後は全てが腐っています。


 ほどなくして、半狂乱の白鷹を引きずってきました。

「私の物を罵ったツケは重い……」


 死神が掴んだ白鷹の手が腐って落ちました……

「助けてくれ……」

「ならぬ……が、命は助けてやろう……」

 死神が白鷹を抱きしめました……


 すごい悲鳴の後……完全に狂った白鷹がいました……


「お願いです!慈悲を賜りたい!」

「慈悲?私にはそんなものはない……やっと作り上げたこの世界を、なんの努力もせずに、我が物顔でのさばった輩に慈悲?」


「ヴァンパイアはそのあたりは理解しているが、汝らは何と思っているのか」

「まぁいい……慈悲を呉れてやろう……意味は理解しているのだろうな……」

「死の安らぎ……」


「私も柔くなったものだ……」

 そして白鷹は息を引き取った……


「藤の木の熊鷹、田左衛門大明神……白鷹は急死した……心臓が止まった……金長神社設立要望書はなかった」

「ありがとうございます」


 夜が明け、糸女が目覚めた時には、白鷹の葬儀が始まっていた。

 藤の木の熊鷹、田左衛門大明神の二人の名で、藤の木の白鷹の急死と、それに伴い金長一家も解散すると発表した。


「お養父様が……」

「いや儂が行ったら白鷹が胸を押さえて倒れていた、白鷹には悪いが助かった……」

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