ビストロ・タルタルにいらっしゃい
ここはマルスのマリオネス峡谷、いまではフィヨルドのようになっていますが、その巨大な崖の上に建つシュノンソー城の一室です。
あれから早いもので、フランスのモンスターたちも、大半は惑星ヴィーンゴールヴへ移住できました。
ジャンヌもマルスのフランスメイドハウス・ハウス・バトラーを命ぜられ、今では夫人となっています。
そして、そのまま惑星ヴィーンゴールヴのモンスター地区の第二執政、さらにはモンスター・ハウスのハウス・バトラー兼務を命ぜられているのです。
これは滅多にない人事で、ミコがジャンヌを高く評価した結果ではあるのですが……
しかしジャンヌの能力に、皆、疑問を持っているのは確かです。
リュシエンヌさんもマルスへ移住、その時、シュノンソー城も解体して、移設したのです。
相変わらずリュシエンヌさんは、このシュノンソー城の管理人でもあります。
そして時々、ジャンヌ・マルグリット・ブリジット・マリー・ドルレアンがやって来ます。
一応、マルスのフランス地区の扱い、そこに務めるメイドさんは、ジャンヌの管理対象になっているからです。
「まったく失礼な話ですね!あのハルピュイアども!」
「ジャンヌ様に命を助けていただいたのに!ぺらぺらと要らぬことを吹聴して!」
リュシエンヌさんが結構怒っています。
「まぁいいではありませんか、おかげで皆、私の言葉に耳を貸しますから……」
ジャンヌはあれ以来、いつもあの『赤いソード』を身に着けています。
この刃渡り三十センチのスモール・ソードの威力を、惑星ヴィーンゴールヴのモンスター地区では知らぬものはいません。
「あれから、使われたことはないのでしょう?」
「そんなに使わないですよ、これは私の血を吸うのですよ……しんどいのですから……」
「でも不思議ですね、もう一人のアンネリーゼ様は、そのような物を使ったとは聞きませんが……」
「あの方は必要ないのですよ、本当のヴァラヴォルフ族、ヴァンパイア族とやり合えるほどの方ですから、私のような窓際のヴァラヴォルフ族とは意味が違います」
リュシエンヌは、このようにのんびりしたことを言うジャンヌが好きなのです。
「ところでリュシエンヌ、一度タナトス・シティへ来ない、私も家を貰ったの……美味しいご飯を用意するわよ」
「ヴァンパイアの都市、アルデアルではホモ・サピエンスの方は食事に困るでしょうが、モンスター地区にあるタナトス・シティなら『お肉』も食べ放題よ」
「勿論、ビーフとポークですよ、マルスではチキンばかりでしょう?」
「そうなのですよね……マルスではポークは高くて……ビーフなんて論外ですから」
「じゃあ週末にでもどう、ミート三昧をサービスするわよ、でも一つ注意してね、ヴィーンゴールヴでは野菜は高いのよ」
ジャンヌは週末に、珍しく休みを取りました。
モンスター地区の執政でもあるジャンヌは、休みは滅多に取れないのですが、プライベートの休暇ということでかなり強引にとったのです。
「珍しいわね、貴女がプライベートの休暇なんて、まぁいいわ、私に任せておきなさい」
と、頼もしい事をアンネリーゼが、云ってくれました。
タナトス・シティ一番の繁華街、ドラゴン・ストーリーのステーキ・ハウス『ビストロ・タルタル』では、食べ放題のサービスなどをしています。
モンスター族は皆お肉が好き、ただ付け合せの野菜は『もやし』ぐらいしかないのです。
大体モンスター族に栄養管理など必要ありませんから。
「それにしても美味しいわ……」
と、リュシエンヌさん。
どんどんとお肉をお腹の中に入れています。
「ヴィーンゴールヴ産なのよ、この星は牧場ばかりなのよ」
「知ってのとおり、ヴァンパイア族はミルクが必要、モンスター族はお肉が必要、どちらも牛が必要なの」
「もうすぐ輸出するのよ、マルスのスーパーにヴィーンゴールヴ産のビーフが並ぶわよ」
ジャンヌもどんどん食べます、なんせ食べ放題なのですから……
「ジャンヌ様、お味はいかがですか?」
オーナーがやって来て、ご機嫌など伺います。
当然ですよね……モンスター地区の執政の一人なのですから……
リュシエンヌがそんなことを思いながら、ステーキ皿から目を放しその人を見ると……
「貴女は……」
「その節は失礼しました、今では姉妹四人でステーキチェーン店を経営しています」
ビストロ・タルタルのオーナーって、あのアエローさんでした。
多少唖然としていたリュシエンヌでしたが、
「念を押しますが、今度こそは大丈夫でしょうね」
「大丈夫です、私どもの誓いなど軽いかとも思われますが、それでも信じてください」
「……」
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