クロウ・ジャンヌ


「待っていたよ……ジャンヌ」

「貴男がルー・ガルー?」

「そうさ、ヴァラヴォルフ族のジャンヌ」


「なぜ、私をヴァラヴォルフ族と……」

 ルー・ガルーが笑いながら、

「やはり、お姫様は世間知らずだな、おい、そろそろいいぜ」


 突然、背後から何かが突っ込んできました。

 『赤いソード』が小さく転移しましたので、事なきを得たジャンヌ。


「ちっ、しくじったか」

 その声はアエローさん、みればジャンヌの頭上に、四羽のハルピュイアが待っていました。

「アエロー姉さん、下手ね……ヴァラヴォルフ族といっても、アンネリーゼとは違うのよ、お馬鹿なお嬢さんでしょう」

「じゃあ、オーキュペテー、やってみなさいな」


 オーキュペテーは物もいわずに、鷲のように飛びかかってきました。

 ここでジャンヌのチョーカーが真価を発揮します。


 ジャンヌの周りの空気が、瞬時に氷結、氷の壁を作ったのです。

 オーキュペテーはその壁に激突して……そのまま凍ってしまったのです。


「オーキュペテー姉さん!」

 ポダルゲーが叫びましたが、その時はもう遅く、ポダルゲーとケライノーの翼は根元が氷結、そのまま翼がとれます。

 アエローが信じられないような顔をしましたが、アエローも全身が氷結して、氷の彫刻のようになったようです。


 ジャンヌがハルピュイア姉妹に気を取られている隙に、ルー・ガルーが飛びかかってきました。

 再び『赤いソード』が小さく転移しました。


 ……ミスト・オンと唱えなさい……


 ジャンヌは素直に唱えました。

「ミスト・オン!」


 『赤いソード』の刀身が薄くなっていきます。

 赤い霧になったようで、それが拡がっていきます。

 ルー・ガルーが、その合間にも飛びかかってきます。

 『赤いソード』の転移はなく、チョーカーがジャンヌを護ります。


 ジャンヌに触れた瞬間、ルー・ガルーの指が斬り落とされたのです。


 ルー・ガルーの反応は素早く、瞬時に飛びのき、中指一本で済みました。

「防御結界か……ならば、これでどうだ!」

 ルー・ガルーが、巨大な岩を投げつけてきました。


 氷壁が守りますが、巨大な岩の運動エネルギーは、氷壁を押し倒します。

「キャー」と、悲鳴をあげながら一歩引いたジャンヌ。


 ルー・ガルーが連続して岩を投げます。

 チョーカーが輝き、周囲が振動を始め、地中から土壁が盛り上がります。


 そんなことをしている間に、赤い霧がルー・ガルーを取り囲みます。


 と、ルー・ガルーが悶え始めます……

 霧はさらに赤く染まり始めますが、良く見るとルー・ガルーの全身から、血が滲みだしているのです。

 皮膚に小さな擦過傷が出来、それがじりじりと蝕(むしば)むように、傷を深く切り刻んでいるのです。


 ルー・ガルーは悲鳴を上げ始めます。

 半分ぐらいの皮膚がはぎとられ、その下の筋肉があらわになっています。

 赤い霧はさらに鮮やかに染まり、筋肉を切り刻みます。


 見るも無残な光景ですが、赤い霧は確実にルー・ガルーを切り刻みます。

 そのうち腕の骨が見え始め、その骨を切り刻んでいます。


 ルー・ガルーの悲鳴が途絶えます、見ると喉が……

 そして動かなくなりました。


 赤い霧はそれでもとまりません。

 ルー・ガルーの死体を切り刻み続け、刻むものがなくなると、ポダルゲーを取り囲み始めました。


「お願い……やめさせてください……助けて……」

 ジャンヌが、

「止め方、知らないの……ごめんなさいね」


「そんな……お願いします……何でもいたします……お助け下さい……」

「だって本当に知らないのですから……でも、やってみましょうか……」


 ジャンヌは考えました、確か『ミスト・オン』で赤い霧が出たのだから……ミストって霧ですから……オフと唱えればいいのよね……


 のんびりとジャンヌが考えている間に、ポダルゲーが刻まれ始めました。

 悲鳴がジャンヌをあわてさせます。


「ミスト・オフ!」

 効きません……


 ポダルゲーが、ものすごい悲鳴を上げ始めます。

「オフ!」


 赤い霧は消え、『赤いソード』に刀身が戻っていました。

 ポダルゲーはかなりボロボロでしたが、幸い命に別状はありませんでした。


 この話は瞬く間に、フランスの人外の者たちにひろまりました。

 優しいジャンヌなのに、クロウ(Cruel)・ジャンヌ、残酷なジャンヌなどと、呼ばれるようになってしまいました。

 もっともこの出来事はジャンヌにとって、良い教訓とはなったようです。


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