第三章 ジャンヌの物語 ヴァラヴォルフ族

ブルボン・オルレアンの姫


 叔父に呼び出されたことを、これから時々夢に見るでしょう……

 この日、私は一族から棄てられたと確信しました。


 ジャンヌの日記の一頁に、そのような走り書きだけの日があった。


 母が幼くして自殺し、守ってくれた父も亡くなり、ブルボン・オルレアンの当主となった叔父に育てられたジャンヌではあったが、叔父だけは自分を慈しんでくれている……そう信じていた。

 いまから思えば、心の中の防衛本能がそう思わせたのだろう。


 マルス移住の、すこし前の頃でした。


 問題の日、ジャンヌはパリ近郊にいた。

 領地とも呼べるオルレアン、ジャンヌはその故郷から追い出され、パリ郊外の小さいシャトーにひっそりと暮らしていた。


 訪れるものもほとんど無く、隣人といえど誰も寄り付かないジャンヌのシャトー……

 ただ時々、唯一の友達といえるアンネリーゼ・フリードリヒ・フェルディナントとの行き交いだけが楽しみであった。


 そもそも警備が厳重で、シャトーは高い壁で取り囲まれ、壁の外には、銃を持った兵士が二十四時間巡回している。

 詰め所には小型の装甲車ERC90が二両待機している。

 六輪式で、九十ミリカノン砲を搭載しているもので、警備というには物々しすぎる。


 しかも警備兵は、フランスの外人部隊の中でも最強と謳われる、コルシカ島カルヴィに駐屯する、第二外人落下傘連隊の選抜兵である。 


 朝の十時に、この警備兵に付き添われメイドたちがやってくる。

 午後三時までシャトーの家事をして帰っていく。

 夜はジャンヌ一人、夕食は四時半には済ませ、早々に寝てしまう……


 シャトーはメイドたちが帰るときに、施錠することになっている。

 窓は特殊な強化ガラスで覆われており、九十ミリカノン砲ぐらいでなくては、破壊できないほどの代物である。


 ジャンヌは茶色を帯びたゴールデン・ブラウニッシュ・ブロンドという金髪で妖艶な二十四歳、瞳の色は虹彩異色症、つまりオッドアイで金目銀目と呼ばれる目の色をしている。


 かなり特殊で、片方はアンバー(琥珀色)、通称『狼の目』といわれる色で、もう片っ方はヴァイオレット(青紫色)、その瞳に見つめられると、たいていの人間は恐怖を感じるようだ。


 ジャンヌは夜が怖かった……闇を迎えたくない。

 なにゆえかはわからないが、夜になると暴れたのである。

 このごろは日没前には強力な睡眠薬を服用、朝の日差しを受けて目覚める事にしている。

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