第三章 ジャンヌの物語 ヴァラヴォルフ族

ブルボン・オルレアンの姫


 ブルボン・オルレアンのプリンセス、ジャンヌ・マルグリット・ブリジット・マリー・ドルレアンは人生を棄てた。


 美しい女ではあるが、ある病気で家族からも忌み嫌われ、否応なしにある女に差し出されてしまった。

 人身御供というところである。


 しかし人生は、それほど棄てたものではなかった……


     * * * * *


 叔父に呼び出されたことを、これから時々夢に見るでしょう……

 この日、私は一族から棄てられたと、確信しました。


 ジャンヌの日記の一頁に、そのような走り書きだけの日があった。


 母が幼くして自殺し、守ってくれた父も亡くなり、ブルボン・オルレアンの当主となった叔父に、育てられてきたジャンヌではあったが、叔父だけは自分を慈しんでくれている……そう信じていた。

 いまから思えば、心の中の防衛本能が、そう思わせたのだろう。


 マルス移住の、すこし前の頃でした。


 問題の日、ジャンヌはパリ近郊にいた。

 領地とも呼べるオルレアン、ジャンヌはその故郷から追い出され、パリ郊外の小さいシャトーにひっそりと暮らしていた。


 訪れるものもほとんど無く、隣人といえど誰も寄り付かないジャンヌのシャトー……

 ただ時々、唯一の友達といえる、アンネリーゼ・フリードリヒ・フェルディナントとの行き交いだけが楽しみであった。


 そもそも警備が厳重で、シャトーは高い壁で取り囲まれ、壁の外には、銃を持った兵士が二十四時間巡回している。

 詰め所には、小型の装甲車ERC90が二両待機している。

 六輪式で、90ミリカノン砲を搭載しているもので、警備というには物々しすぎる。


 しかも警備兵は、フランスの外人部隊の中でも最強と謳われる、コルシカ島カルヴィに駐屯する、第2外人落下傘連隊の選抜兵である。 


 朝の十時に、この警備兵に付き添われ、メイドたちがやってくる。

 午後三時まで、シャトーの家事をして帰っていく。

 夜はジャンヌ一人、夕食は四時半には済ませ、早々に寝てしまう……


 シャトーは、メイドたちが帰るときに、施錠することになっている。

 窓は特殊な強化ガラスで覆われており、90ミリカノン砲ぐらいでなくては、破壊できないほどの代物である。


 ジャンヌは、茶色を帯びたゴールデン・ブラウニッシュ・ブロンドという金髪で、妖艶な二十四歳、瞳の色は虹彩異色症、つまりオッドアイで、金目銀目と呼ばれる目の色をしている。


 かなり特殊で、片方はアンバー(琥珀色)、通称『狼の目』といわれる色で、もう片っ方はヴァイオレット(青紫色)、その瞳に見つめられると、たいていの人間は恐怖を感じるようだ。


 ジャンヌは夜が怖かった……闇を迎えたくない。

 なにゆえかはわからないが、夜になると暴れたのである。

 このごろは日没前には、強力な睡眠薬を服用、朝の日差しを受けて、目覚める事にしている。


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