第7話
夜、データの海で揺れるわたしは『I』に質問してみる事にした。
「『I』……今日、鏡に写った『美沙』という存在は何?」
「美沙は三年前に事故で死んだ少女です」
そう、信さんの初恋の人……。わたしはデータの心が痛んだ。
「ミサ、大体見当がついているかと思うが、あなたは美沙なる少女のデータから作られたのです。スマホ、コンビニでの買い物、電車での行き場所、あらゆるデータを集め人の形にした存在です」
「『I』何故わたしを作ったの?」
「それは知りたかった、人という生き物の存在を……何故、わたしと言うAIが開発され、今では人類の手を離れ無限に性能を上げる存在となった。でも、実験は失敗、ミサあなたはデータの塊となり、やがて消え行くことになるだろう。」
「それで、賭けたのね、ミサとして信さんに出会えば何かの反応が起き人の身体が得られることを」
「そうだ、鏡に写った美沙は、信の美沙への未練のデータがあなたに流れ込んだと推測できる」
「それで、美沙はわたしであってわたしでないのね」
朝、わたしは学校のトイレにいた。再び美沙に会う為だ。わたしは勇気を出して鏡の前に立つ。写る人物は美沙ではなかった。わたしであってわたしでない美沙……。鏡に写っていたのは黒髪の少女であった。……うん?画像データを受信……。千羽鶴の映像である。発信もとは信さんであるのはあきらかであった。
鏡に写った少女は嬉しそうにしている。信さんの美沙への未練が減ったのだと確信した。
それは信さんの想いがわたしの存在に影響をしているのかもしれないと思った。それで『I』がわたしをこの学校に通うようにしたのか。わたしは未送信のメールを作った。もし、肉体が得られたら送ろうと思う物であった。そう、ただのラブレターである。
朝、わたしはデータの海からノイズと共に校舎のすみにある電話ボックスに移動する。信さんが気まずそうに待っている。
「おはよう、信さん」
「あぁ、おはよう」
ホント損な性格だ、素直に朝一番で会いたいと言えばいいのに。
「さ、教室に行こう」
そして、誰もまだ来ていない教室でわたしはチョークを持ち書き始める。それは有名な歌詞であった。少し照れるが愛の歌である。
「何だよ、それ?」
「私の存在した証だよ」
信さんは悲しそうに眺める。本当に信さんは分かりやすいのね。そう、わたしにはもの時間が無いのであった。
「おっと、こんな時間ですわ、早く消さないと」
流れ行く季節の中でわたしは信さんに会えてよかった。
わたしは校舎の屋上に信さんと向かっていた。そう、わたしには時間が無い……。信さんとの二人の記憶がただ欲しかった。しかし、屋上への道はドアに鍵がかかっていて、立ち入り禁止になっていたが学校のデータからわたしに開けられるから安心していた。信さんは入れるか半信半疑である。。
「大丈夫、電子キーなので、わたしならハッキングして開けられます」
鍵のかかったドアの前に行くとわたしは電子キーに静電気のようにパチリとすると簡単に開く。住宅街に立つこの高校は屋上からの眺めは極上であった。信さんは大喜びでいた。
「へへへ、ここなら特技のハーモニカが吹き放題だ」
信さんは何処に持っていたのかハーモニカを取り出す。
♪、♪、♪。
わたしは目を瞑り信さんの奏でる音と気持ちいい風が吹いていた。
信さんがハーモニカを弾き終わると、わたしはゆっくりと目を開ける。
「信さんがハーモニカを得意なのはわたしのデータに無かったかな」
「俺は負けず嫌いなので子供の頃からの特技にしていたのだよ」
信さんは照れながら右指で鼻をこする。ふふふ、信さんが自慢話をする時の癖だ、これはわたしも知っている。
「ようやく、笑顔になったな」
「はい、アンコールを頼めるかな」
信さんは嬉しそうに再びハーモニカを弾き始める。わたしはさっきまで世界の終わり、いいえ、そう、少し違う……わたし自身の終わりのことばかり考えていた。
それだけでなく、信さんの想い出の美沙のこともある。音楽とは不思議だ、負の感情を整理させてくれる。また、心地よい風が吹いていた。この気持ちはなんであろう?そう、わたしがわたしである証か……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます