第6話

……――。


 それからわたしは科学史の本を読みふけっていると。


「ミサ、その難しい本、楽しいか?」

「私はあらゆるビックデータにアクセスでる存在。大量のデータがあるゆえに、一冊の本がこいしくなるのかな」


 少し信さんが寂しそうな顔をしていた。それはわたしのデータが空回りを起こし、信さんへの想いと探求心が複雑に交差していた。信さんがわたしの存在を遠くに感じているのは一目瞭然であった。そんな時である。テーブルの上に小さな蜘蛛が現れる。


「キャー」


 わたしは解析より悲鳴の方が先に出た。周囲が騒然とするなか、わたしは信さんに助けを呼んでいた。蜘蛛は信さんの手によって追い払われ、わたしは正気を取り戻す。また、信さんに借りができた。素直にお礼を言い、自分の人間臭い仕草に驚いていた。わたしは信さんに出会って変わったのかもしれない。


 夜、わたしはデータの海の中を漂っていた。それはわたしの体が拡散して消えゆく感じであった。寂しい……。そんな想いからわたしは信さんのスマホにアクセスしていた。信さんは今、折鶴のサイトを開いている。わたしの為に折ってくれているのか。すると、わたしのメールアドレスに信さんからのメールが届く。信さんは独りの寂しさを感じる内容であった。わたしたちは繋がっているようで繋がっていない現実を突きつけられて、返事を返そうか迷った。この気持ちが寂しいのね……データを更新……しかし、データの更新という行為事態虚しかった。

多くのかっとうのなか、わたしは素直に『消えそうだよ』と送る事にした。

信さんからの返事は添付メールで信さんの折った画像を送ってきた。


『まだまだ、ミサには負けるけど俺の気持ちだ』


 と、添えられていた。わたしは信さんの声が聞きたくなっていた。しかし、『I』それを許さなかった。わたしのメールアドレス自体あやふやな物で何処かと契約している訳でもなく。仮設メールアドレスなのである。現代においてメールアドレスが古風なので『I』が許してくれたらしい。日々、力を増す『I』は静かにデータを処理していた。


 土曜補講の後である。わたしは電話ボックスに行こう席を立つと信さんが何か言いたそうにしている。


「ミサ、俺のわがままを聞いてくれないか」


 また、自転車で遠出したいらしい。信さんはわたしと海が見たいとのこと。天気は快晴で日射しは暑く自転車で外を走るのは微妙ではあるが信さんの頼みだ、素直に行くことにした。わたしは位置情報を検索すると海まで自転車で30分……急な上り坂は無くても結構な距離だ。素直か……本当なら大喜びで一緒に行くのであろうが、わたしは迷っていた。信さんとの一緒の思い出はデータ無い感情ばかりだ。

この感情は時に寂しいとの感情と一致する。夜、データの海の中でわたしは独りになり、信さんを求めてばかりだ。愛しい人に会えない感情データは……。

そう、苦しいのである。しかし、校外に出るのには目的が無く、信さんが誘ってくれなければ出られない状態である。


 わたしはもう一度、素直な気持ちのデータをスキャンしてみた。答えは……信さんの自転車の後ろで幸せな気持ちで乗っている流れる景色であった。


 わたしは信さんの自転車の後ろにいた。信さんの肩を掴み流れる景色を見ていた。お昼ご飯がコンビニのおにぎりだけの信さんはお腹の音が鳴り響く。くぅーと聞こえるのであった。


「信さん大丈夫?」

「あぁ」


 と、言って、信さんは軽やかにスピードを出す。データの塊のわたしは重くないらしい。それでも汗だくの信さんのことが心配になる。そう、朝の通り雨が蒸し暑さをましていたのだ。


「信さん、海の何処まで行くの?」

「日本中と言いたいとこだけど、ちと、キツイかな。街の海浜公園まで行こう」


 楽しげに話す信さんは本当に日本中旅をしそうな勢いであった。きっと、きっと、幸せとはこの事を言うのだろう。それは夏直前の暑い土曜日の思い出になるデータと言えた。


 海浜公園に着くとわたしは『I』にアクセスしていた。信さんは靴を脱ぎ波打際に入っていた。


「ミサも来いよ」

「ちょっと待って」


 『I』へのアクセス途中である。わたしは『海』入る為に靴を脱ぐと言う状態をダウンロードしなければならない。No、本当の目的は『DG』ことデータ墓地ではなく海に帰るように消えることはできないかである。信さんとの思い出は海に帰る様に消えたいからである。Yes、わたしの存在はデータの拡散の苦痛の大きさから考えて長くはない。


「どうした?」


 どうやらわたしは悲しそうに海を眺めていたらしい。


「わたし、消えたくないよ。信さんに出会えて、データの塊だったのに……」

「俺もだ、お前を……」


 裸足のまま近づいてくる信さんに、わたしは無力に消えていく自分に嫌気がさしていた。そして、重なる手のひら……。このまま、信さんの腕の中に行きたい。でも、わたしはデータの塊……信さんは否定するけど消え行く存在に悲しい運命を感じていた。


 海浜公園からの帰り道のことである。路地の交差点で、わたしはふと、カーブミラーに写る自分見ていた。データの塊であるわたしは鏡に写るのであろうかと興味があった。しかし、何か嫌な予感がした。わたしは学校に着くとトイレの鏡を見に行った。予感は当たった。


「わたしは美沙……あなたは誰?」


鏡の中の何かがわたしに話しかけてきた。幻覚?違う、わたしの何かが分離して鏡に映っているようだ。


「貴女は信さんに甘えてばかり、ズルイ女のくせにいい子ぶって」


 鏡の中のわたしはとても嫌な女であった。それともわたしが否定するのだから、わたしが嫌な女なのかも……。鏡に写るモノは美沙と言っていた。わたしはミサであって美沙ではない。混乱するわたしに美沙は嫌味を言い続ける。検索……美沙なる存在……。検索終了、信さんの初恋の人。すると、データの拡散が起きる。分かり易い体調異常だ。信さんへの想いはわたしを支えている。


 そして、鏡の中の美沙も苦しそうにしている。そう、美沙はわたしの写しの姿、いいえ、わたしを構成するデータの塊……。美沙は言った。


「貴女が消えても誰も困らない。信さんはわたしとの想い出の方が大事よ」

いけない、鏡から離れよう。


 わたしは体を引きずるようにトイレを出た。わたしは……。

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