第4話
信さんは水とレモンジュースを買い自販機横のしげみにできた木陰に座り、わたしにレモンジュースを手渡す。
「わたしは冷たいというデータだけでいいかな」
頬に冷たいレモンジュースを押し当て暑いとのデータに上書きする。信さんは顔に浸たる汗を拭き、買った水をイッキに飲み干す。夏の初めの太陽の日差しと、
ここまでの自転車で走った距離を考えると水は美味しいはずなのは当たり前である。わたしは携帯を取り出して『I』にアクセスする。それは『わたしのデータは飲み物を飲めるかな』であった。返事は直ぐ来た。携帯の画面をかざすことでデータへの変換可能とのこと、わたしは早速試してみる。レモンジュースは一瞬の鈍い光と共にわたしの飲めるデータの塊になった。わたしはレモンジュースをひと口飲むと、不思議な気分で、それは美味しいとの感情であった。
「信さん、ありがとう、わたしに美味しいとの感情をくれた」
「あぁ、そうだな、この暑さだ、冷たい飲み物が美味しいのはいいことだ」
信さんは再び汗を拭き、目を細めてわたしのお礼に答える。しげみの木陰が風で揺れる。小さいけれどここは天国に思えた。信さんはわたしに色々な感情を教えくれて、わたしがわたしであることを認識できた。
気が付くと信さんはうとうとしている。土曜補講をきっちり受けて疲れが出たのだろう。
「疲れているの?」
「あぁ、昨日も遅くまで、勉強、勉強、であって、土曜補講もみっちりだからな」
信さんはふらふらしながらわたしに答える。それから、自販機に向かい強炭酸水を買う。
「
効くなーこのジュース、眠気が吹っ飛ぶよ」
信さんはバシバシと頬を叩いて気合を入れる。その顔を見るたびに胸がドキドキする。なんだろう?このデータは?わたしが答えを探していると。携帯で謎のデータのやり取りをする。『I』と送受信したデータは、どうやら、感情制御のデータらしい……。もじもじしていたわたしは落ち着きを取り戻す。しかし、信さんに近づくと再び胸が熱くなる。
「さて、行くか」
信さんが勢いよく立ち上がると自転車に乗る。わたしも自転車の後ろに腰かけるが動揺している。
「信さん、後ろからぎゅーとしていいかな」
「あぁ」
信さんも鼻をかき、少し照れているようだ。走り出す自転車は夏前の日差しを受けわたしたちの想いを熱くしていた。
信さんの走る自転車は住宅街を抜けていく。塀の上に三毛猫が座っている。走る途中で信さんは猫に触れようと手を伸ばすがとどかないでいた。
「信さん、降りてみようよ」
「あぁ、そうか?」
少し猫から行き過ぎた場所に自転車を止めてわたしたちは猫を見直す。猫は関係ないといった雰囲気で顔をそむける。
「可愛げの無い猫ね」
「猫なんてそんなものだよ」
わたしは自転車を降りて猫に近づくが猫との視線は合わない。そこでわたしは、ちっちっち、と、指を動かすが、猫は塀の反対に降りてしまう。
「あ~ぁ、行っちゃった」
「大丈夫、スマホに画像で撮れている」
信さんはいち早く猫をカメラで残していしたのだ。わたしは信さんのスマホを覗くと視線の合っていない三毛猫が写っていた。三毛猫は顔が横に広く、お世辞にも可愛いとは言えない。
「わたしがデータを加工して可愛くしようか?」
「要らないよ、猫の本質が写っていていい画像だよ」
不細工猫の本質か……。わたしは自分のデータを書き換えてみる。すると、再び信さんの足元に猫が現れる。わたしはこれでもかと、ちっちっち、と、指を動かして近づく。猫は信さんの隣をすり抜けて、何処かに行ってしまう。
「ミサが怖いのかな」
「信さん、酷いかな、わたしも猫になつかれたいよ」
信さんは鼻をならして笑う。もー。と、わたしが怒ると信さんはさらに笑う。仕方なく、自転車の後ろに乗ると信さんは先ほど自販機で買っておいた水を飲み干す。
そして、再びわたしたちは住宅街を走り出す。
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