第3話

 それから、わたし達は電話ボックスと昇降口の間ある古びたベンチで毎日のように会話をした。それはとても愛おしい日々であった。ある日のことである。信さんが校外にわたしが出られるか聞いてきた。その目は悲しげでとても寂しそうであった。わたしは首からかかるペンダントを握る。そう、信さんはわたしに別の女性を重ねていると感じられた。


「少し、スマホを貸してくれるかな……?」


 信さんは不思議そうにスマホを取り出す。わたしは信さんの手の中にあるスマホに触れてみる。……三年前……データあり。信さんと美沙なる人物とカラオケに行ったデータをわたしは読み込んだ。


『信くんはホント面白いね』

『硬派な信くんに本音を見せられるのはわたしだけなか』


 スマホに残った音声データをサルベージ出来た。三年前に死んでしまった、美沙との楽しそうなエピソードであった。わたしは心が痛んだ、何だろう?この気持ちは、とても悲しい……。信さんは悲しそうにわたしを見つめる。きっと、美沙の事が本当に好きだったのだろう、この想いのままでは素直に信さんの顔すら見られない。わたしは一旦、信さんから離れた。それから、朝のショートホームルーム前に信さんは再度、わたしに校外に出られるか問うてきた。

試してみないと分からなかった。そう、わたしの存在は余りにも不安定なのである。信さんは少し落ち着き、今の時間軸であるわたしを選んだようである。


 わたしは信さんの土曜補講の後に外に出られるか持ち掛けてきた。返事を曖昧にして昼休みに校外に出てみることにした。GPS情報によると裏門から五百メール先にコンビニが確認できた。お金は無く、行くだけであるが校外に出られるか試すには丁度いいと考えた。そして、裏門から勇気を出して一歩を踏み出すが何も起きない。どうやらわたしは外の世界に出られるらしい。住宅街をそろそろ歩くが不安を隠せないでいた。近所の人が自転車で通りかかるがビクつく。わたしの帰りたいパラメーターは限界ギリギリであった。


 中に入るがする事がない。一分と持たずに外に出ると大きく深呼吸をする。

実験は成功であった。しかし、外の世界は不安が大きく一人での行動はコンビニに行くのも大変だと実感した。コンビニからの帰り道も苦痛で小鳥のさえずりさえ怖かった。わたしは裏門に足を急がしていた。あと、もう少し、もう少し、と。勇気のデータをかき集めていた。裏門にたどり着くと、わたしは安心したのか今頃になって足がガクガク震える。一呼吸置くとわたしは信さんのもとへと向かった。

信さんにこころよい返事を返す為だ。


 そして、土曜補講の後である。わたしは信さんに連れられて校内にある二階建ての駐輪場に行く。信さんは自転車にまたがり、わたしは後ろに横から座る。校外に出て、自転車から眺める景色はとても華やかで、言葉が自然に出てテンションが上がり、わたしは子供のようにはしゃぐのであった。


「信さん、何処に向かうの?」

「丘の上に行こう、街が一望できる丘の上に」


 季節は夏の初め、蝉の声が響き、紫陽花が道を彩る。わたしは右手を信さんの背中に添えてみると想いの感情データが反応する。この夏が永遠に続くことを願っていた。


「ねえ、このまま、ホントに遠くに行きたいかな」

「あぁ、行こう、世界のはてだって、ミサと一緒なら行きたい」


 信さんも子供の様にテンションが上がっていた。幾つもの言葉が生まれ、わたしたちの言葉は一つになっていた。信さんが更にスピードを出すと風にスカートがめくれる。


「信さん、スカートが大変な事になっているかな。もう、調子乗りすぎ、乙女が乗っているのよ」

「わりい、わりい、俺って特技ないからさ、嬉しくさ」


 自転車の少しスピードが落ち、わたしは安堵の息を吐く。


「なあ、ミサ、自販機で休憩取っていいか?」

「疲れたの?わたし重いの?」

「空気の様に軽いが女子なんて乗せたこと無いからよ、要は気を使うから、鉛みたいに感じるからだよ」

「もう、鉛は酷い表現だよ」

「へへへ、気にするな」


 信さんは優しく笑い自転車は自販機の前で止まるのであった。

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