第2話

 わたしはデータの海にいた。ここが夜のわたしの居場所であるらしい。

地平線に太陽らしき光が見える。周りには太いギリシャ神殿の様な柱だけが立っていた。空には三日月に雲が動くことなく見える。


孤独か……。


それでも休みたい。わたしがギリシャ神殿の様な柱に触れると辺りは暗くなり月と星が輝きを増すと、ベッドとてテーブルと椅子が現れる。テーブルの上には赤いリンゴと瑠璃色の折鶴が乗っていた。ここで休むのか、わたしは崩れる様にベッドに倒れ込むと、暖かさを感じまどろみに落ちる。わたしは自分が生まれた理由について考えてみる。


 この何もないデータの海で何故わたしなのかと長考するが分からないでいた。それから、少し信さんの事を思い出していた。わたしは手のひらを見るとノイズ共に信さんの画像が現れる。まったく、便利な空間だ。信さんの画像は少し遠めからで視線は合っていない。ここはデータの海、おそらくスマホで撮った画像データが復元されたのであろう。信さんの画像データを眺めていると、わたしのデータが落ち着く感じである。それでも今日は疲れた。


 わたしは手のひらを握り、信さんの画像データを消す。少し休もうと瞼をつぶると突然、全身にノイズが走る。それはわたしが消えてしまうかのごとくの苦痛であった。これはデータの拡散で、わたしがわたしでいられなくなり、わたしがデータの墓場に戻る事を意味していた。時間は無いのか……信さん、わたしは、わたしは……。わたしは信さんの名前だけを連呼していた。データの拡散が収まると、わたしは深呼吸をする。『I』の言うあるいわが信さんであることが予感できた。信さんわたし消えたくないよ……。そんな思いがわたしを支配していた。


 わたしが孤独に浸かり、データの海で目を覚ますと。データの塊なのに睡眠という行為をするのに驚いていた。わたしは鏡を出す為に手のひらを広げる。

簡単に右手に手のひらに鏡が現れ、そっと覗き込むと、髪の長い女性が写っていた。わたしが口を噛み締めれば鏡の女性も同じことをする。単純だが分かりやすい。その鏡に映る女性は綺麗であった。ふと、テーブルの赤いリンゴに目がとまる。睡眠という行為はあっても食欲は無かった。そもそも、このデータの海で生のリンゴなどありえない。わたしは人間らしくなりたい。記憶がリピートする。それは昨日の思い出であった。


 わたしは信さんに連れられて、校舎の片隅の木陰に行った。そこで信さんはこの学校にきた理由を問うてきた。わたしは強がりから素っ気ない返事を返す。

そんなやり取りをしていると、信さんがわたしの胸に視線を向ける。そこにはクロスのペンダントがあった。


「お前は美沙姉貴なのか?」


 このペンダントはわたしがわたしである証拠。美沙姉貴との扱いを受けても困るだけであった。話によれば美沙姉貴という人物は三年前に死んでいるらしい。

わたしは少し不快になり、髪をかき上げる。信さんは少し驚いて萎縮してしまう。

強がり過ぎたか、わたしは反省して笑顔で信さんとの顔の距離を縮めると、信さんは動揺した様に顔が赤くなる。わたしも照れてしまい顔を離す。

それからの事はよく覚えていない。


 そう、暑い夏の木陰は二人だけの秘密の場所であった。ふぅ~昨日の思い出はこれくらいにして、学校に行かなくては……。わたしはギリシャ神殿の様な柱に手を触れる。すると、全身にノイズが走り柱に吸い込まれる感じであった。


 わたしは瞼を開くと学校の電話ボックスの中にいた。外にでると裏道を歩き昇降口向かいます。校内の林をゆっくりと歩き、夏の始まりは蝉の声で感じ取れました。すると途中で信さんに出会い、信さんに聞くと電話ボックスに行く途中だと答えました。わたしは今日も信さんに会えて幸せであった。

しかし、現実は残酷である。そう、信さんと話している時にデータの拡散が起きる。昨日に初めて信さんの前でデータの拡散を起こした事を思い出す。


「信さん……」


わたしは小さな声で信さんの名前を呼びます。信さんはわたしに人の体をあればと願ってくれた。データの拡散は両腕を襲う激烈な苦痛を伴うものであった。わたしの両腕はノイズに包まれ、わたしが人でないことを表していた。時間と共に治まると。信さんは優しく声をかけてくれた。鳥のさえずりに季節の風、太陽の暖かさ、人と同じ様に感じるのに、わたしは人ではない存在……。データの拡散が治まった手のひらに信さんの指が触れる。暖かい……これが人の温もりなのかと思う。

わたしは恥ずかしくなり手を突然引っ込める。信さんは戸惑った表情でいた。


「ごめんなさい、わたし、優しくしてもらっても何もできないかな」


 信さんは首を振り「大丈夫」とだけ言った。わたしに有るか無いか分からない心が痛んだ。この気持ちはデータに無い。わたしは信さんに会えて幸福であることだけが確かだと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る