第6話
今日は、羽織から濃紺のシャツと黒いズボンが覗いている。首元には、包帯。彼女の包帯は、小指。それもそのうち、父のように首に巻かれるようになるのだろうか。
「それで。何か変わったことは」
「ありませんよ。結界は多少網を粗くするようにとのご指示に従って、精緻なものは施していません。迷い込んだ妖は、彼女が始末するか、自滅しています」
「そうか」
ゆっくりと歩いても、成人男性二人の足だ。さほど歩いてもいないと思ったが、店の灯りが少なくなってきた。駅から順調に遠ざかっているらしい。
隣を歩く男はいつも通り表情に乏しい。朗らかに仲間を支えてくれ、的確な支援が頼もしいと慕われていた。7年前、彼の息子、理音の兄が姿を消すまでは。しばらくして仕事を増やすようになった彼は、単独、乃至彼の妻との仕事が中心になり、滅多に表情を変えることがなくなった。
彼や自分は、一般的に「術者」と呼ばれている。対外的には半妖――彼の妻も半妖だ――も含むが、内輪で術者と呼称するとき、そこに半妖は含まれない。主従契約の有無に拘らず妖を屠ることのできる者。それが、術者だ。対して半妖は、主たる術者なくしては妖を屠ることはできない。
主従契約のない半妖は少ない。そもそも術者と半妖の間にしか生まれないし、成長するにつれ害される機会が増えるため、主のないまま成人年齢を迎え、子を成すことのできる者が稀だからだ。3年生にも一人、佐倉がいるが、彼とて両親の守護が厚くともたびたび襲われているようだ。
一方、主従契約のない術者は、それなりにいる。突然変異的に能力を得て、主従契約について知らないままに、妖を屠り続けている者。出会う前に番となる半妖が妖に害され、死んでしまった者。そして、滅多にいないが、理音のように聖痕のない者。
術者は半妖との契約がなくとも妖を屠ることができる。ただし、短命だ。妖を屠るごとに術者のうちに蓄積される残滓は、術者を内から蝕む。
以前のことは知らないが、いまの乃木家では最低限の屠り方しか教えていないらしい。日に日に蓄積される残滓が、遠目に見える理音の姿を揺らめかせていた。
あのままでは、分化も何もないうちに、遠からず死んでしまう。それでもいいのか。
言外に問いかけたことも、言葉にしたこともない。答えを聞いたら、担任の分を超えて彼女を気にかけてしまうだろうことは目に見えていた。既に関わりすぎているくらいなのだ。これ以上踏み込んではいけない。
「他にも何かあるのかい」
いつの間にか足を止めてしまっていたらしい。視線は前に向けたまま、訝しげな声だけをこちらに寄越した男に、頭を振って返す。
踏み出した足は、アスファルトから毀れた砂利をガリ、と踏んだ。
「いえ、特には」
「そうか。ではまた再来週に」
缶コーヒーを持った手を上げて、男は先へ行く。
コーヒーの飛沫に触れた空気が小さく震えて、結晶を成す。掴み取った手をそのままズボンに突っ込んで、男は去って行った。
乃木
吉と出るか、凶と出るか。
(まぁ、そこまで関わることでもないな)
腹も減った。帰ろう、番の待つ家へ。
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