第1章 『魔物はよわい』
勇01 差出人不明の依頼書
その夜、にぎわいをみせるどこかの大衆酒場にて、世界中の名だたる勇者たちが一同に招集された。
小国から大国まで、自国の魔王を討伐した資格を持つ英雄のみが、代表国の勇者のお気に入りの酒場へと秘密裏に招集されたのだ。そこは、どこにでもありそうな大衆酒場で、胡椒を振りかけたスパイス入りワインがいちおしだった。
がやがや、どやどやと騒がしく入れ替わり立ち代わりする客足は、途切れることがなく、荒っぽい怒声やジョッキを叩きつける音、吟遊詩人の歌声が場内に入り乱れていた。
いま、この場で酒を楽しんでいる漁師や農民の傍らで、まさか各国の英雄たちが綺羅星のごとく居並んでいようとは、彼らは夢想だにもしなかったことだろう。
そんな世界各国の名立たる英雄たちが集うなか、この冒険の主人公である彼女も、ワールドワイドで活躍する歴戦の勇者のひとりだった。このなかでは紅一点の存在である女勇者であり、自慢の豊かな緑色の髪を腰のくびれまで優雅にさげていた。きりりと引き締まった眉に、碧眼の凛とした切れ長の吊り目で、注意ぶかく周囲をにらみつける様は、まるで警戒心の強い人見知りの野良猫のようだった。
突発的に招集されたので、服装はだれもがまちまちだった。甲冑をしっかりと装備して、まさしく勇者然とした風貌の者もいれば、普段着や寝間着等、ラフな格好の者もいる。なかには、バスローブしか着ておらず、手には自前のワイングラスを持っている者までいた。
かくいう彼女も、木綿のさらしにシルクのショーツのみ身に着けたのふしだらな寝間着姿だった。それでも、ましだったに違いない。実は湯船につかった直後だったので、もしも、強制召喚の時間が早まっていたら、この場でとんでもない醜態を晒していたことだろう。
粗末な丸テーブルに車座する七人の勇者は、お互いに初めて頭を突き合わせたが、招待状――強制的な召喚呪文による――を送りつけた超大国出身の勇者様、通称『白銀の勇者』は、ほかの六人の顔ぶれを知悉しているようだった。
この世界における勇者たちは、昔はいざ知らず、互いに本名を明かしたりせず、あだ名で呼び合うことがしきたりになっている。
ちなみに彼女の共通呼称は『若葉の勇者』。髪の毛が緑色だから、いつしか、世界各国からそうあだ名されるようになっていた。しかし、故郷では別の呼び名が使われている。特に仲間内では……。
「やぁ、みんな! とつぜん転移魔法で召喚しちゃって悪かったね。知ってる人もいるだろうけど改めて自己紹介をしておくよ。このおれこそが『白銀の勇者』。ドルマドン王国の専属勇者さ。まあ、実際いまは勇者業から身を引いて、女の子たちと世界中を旅してまわっている遍歴の旅人なんだけど、それは置い、とい、てぇ」
『白銀の勇者』は両手を向かい合わせて、アクセントに合わせて両手を横っちょへ跳躍させた。その仕草は、彼女の背筋を凍らせるほど不愉快極まりなかった。
「今宵、みんなに集まってもらったのはほかでもない。昨晩、おれのもとに奇妙な依頼書が届いてね。差出人不肖、書簡の内容もひどく簡明直截。おまけに、その依頼書はおれのもとに届いたのに、はっきりと宛名が書いていなかったんだ。興味がわくだろ?」
『白銀の勇者』は、ショートのつややかな黒髪の持ち主で、丸い顔立ちで、平面な顔つきで、無邪気と傲慢さを併せ持ったアーモンド型の瞳を持っており、どことなくなれなれしくて、鼻持ちならない男だった。
この世界に名を轟かせる白銀の勇者の好きか嫌いかの毀誉褒貶は、何度か彼女も耳にしたことがあった。なんでも、ニッポンという国から来た異世界人で、自分の世界の技術や知識を持ち込み、むやみやたらにひけらかしては、バカで愚鈍な女たちをはべらせて、盲信な民草たちの尊敬と羨望を集めているのだとか。
端的にいえば、彼女もこの青二才の男が嫌いだった。
"気に入らないわ……。この酒臭い場所も、傲岸不遜の勇者たちも、なにもかも……"
彼女は硬いテーブルに頬杖を突きながら、はやく故郷に帰りたい、と心のなかでぽつりとつぶやいた。それから、居心地の悪さをごまかすように、酒場の主人特製のハチミツ酒を何度も煽った。とろっとした蜜の舌触りが、口内にしつこくこびりついた。
「おい、白銀の勇者。もったいぶらずに依頼の内容を教えろよ。こちとら娼館巡りで忙しかったところを、わざわざ来てやったんだからなぁ!」
燃えるような赤い髪を肩まで垂らした、顔にバッテンの傷のある勇者――通称『薔薇の勇者』が、テーブルを叩いて怒鳴りつける。
この男の口調からは、薔薇のように刺々しく、自分の力に酔いしれており、我欲に囚われた下種の臭いがぷんぷんしてきた。彼女が嫌いな男のタイプの上位に食い込んでくる勇者の名折れのような暴漢だった。
「ああ、ごめんごめん。それじゃあさっそく手紙の内容を読むね。手紙の内容は以下の通りだったよ」
白銀の勇者は、もったいぶったように間を開けて答えた。
「"魔王、暗殺、求む、E130、N40"」
水を打ったような静寂が流れた。彼女の心に少しだけ動揺が駆け巡った。
「……おや、偶然ですね。その手紙なら、僕のもとにも届きましたよ。まさか、白銀の勇者さんにも届いていたとは驚きです。ということは、もしかすると、ほかの方々も……?」
メガネをかけた物腰の柔らかそうな勇者――通称『琥珀の勇者』が、困惑するように言葉を濁した。彼は首尾一貫して実に紳士的な態度を取っており、気配り上手で、彼女が飲んでいるハチミツ酒を注文してくれたのも彼だった。
彼の告白を皮切りに、ほかの勇者たちも次々に「自分も届いた」と暴露した。そして、最後に彼女も同じくとうなずいた。"あれは仲間のいたずらだと思っていた"彼女は昨晩のことを思い出す。自分の寝ているベッドの枕元に、忽然としてそれが置いてあったのだ。自分の仲間でなければ、決して自分の寝室まで侵入することはできないと、彼女は確信していた。"それなら、いったいだれがあの依頼書をよこしたのかしら……"
「すげぇな。こんな奇遇ある? ここにいる全員に同じ依頼書が届くなんてさ! ますます面白くなってきたぞ。手紙の内容は、みんな一緒?」
なれなれしい物言いで『白銀の勇者』は一同にたずねた。みなが同じだと答えると、彼は困惑顔でうなずいた。
「そうか、しかし困ったなぁ。差出人も不明だし、書いてあるのは、暗号のような依頼内容とその場所の座標だけ。ああ、いい忘れてたけど、じつは座標を事前に調べておいたんだ。そしたらなんと、その座標は、海のド真ん中だった! そこがどういう海域なのか、気になったから、僕の国の海軍を先遣させて、調査してもらったんだけど……そしたら、なんとも面白いことがわかってね! その海域には、"孤島"があった。つまり、手紙の座標が指し示した地点は、世界地図にも載っていない未開の島国だったのさ……!」
『白銀の勇者』は、ほかの勇者たちによる感嘆の声を待った。しかし、だれも声をあげないのできまりが悪そうに、ほかのいくつかの奇妙な点をあげつらっていった。
島に先行して上陸した先遣隊の半数が行方知れずになったこと。他国に比べて魔素の濃度が著しく高いこと。通りがかった外国船に事情を尋ねても、まったくその国の情報が得られないこと。唯一手に入れた情報は眉唾もので、その島には、一度足を踏み入れたら生きて古郷には帰れない呪いが掛かっている――というものだった。
「ふふーん、なによりもさ、魔王を"討伐"ではなく"暗殺"という単語を使っている点が気になるよねぇ。僕ら勇者への依頼って、たいていはギルドを通して綿密に精査された裏のない健全な討伐依頼がほとんどだろう? 暗殺なんて、政府の裏組織か、暗黒街の要人が請け負うような仕事じゃないか。それを国の顔ともいえる僕ら勇者にやらせるなんて、お門違いもいいところだよ」
今度は青色のバンダナを巻いた陽気そうな若き勇者――『青空の勇者』が笑いながら指摘した。
鼻根に大きな水平の傷跡があり、丸くて大きな瞳からは子供っぽい無邪気さを感じた。そして、言葉とは裏腹に、彼の口調には手紙の内容に興味深々といった感じがあった。彼女が『青空の勇者』に視線を向けると、彼はニコっと笑ってあどけない少年らしさをみせた。
「そもそもなぜ、この手紙の差出人は、自国の勇者に魔王討伐を任せないのでしょうね。異国者である私たちがわざわざ馳せ参じて、かの国の……名も知れぬ魔王を滅ぼすことにメリットがあるとは思えませんけど」
澄み切った川のようなブロンドの長髪を振り乱して、優雅にワイングラスを回しているバスローブ姿の勇者――『黄金の勇者』が言った。
彼は世界に名立たる資産家の五指に入るほどの金持ちで、ワインの愛飲家らしく、よく彼女の母国が産出するワインに投資していたので、その名前はよく聞き及んでいた。
「さしづめ、かの国の専属勇者たちが全滅したか、くだんの魔王が剛力無比であり、島国という弱小国で生まれた軟弱な勇者などでは、太刀打ちできなかった……という顛末であろうな。して、同文の手紙を複数作成し、藁にもすがる思いで我々に助力を懇請したのだろう。ゆえに、手紙の内容が簡潔かつ不明瞭なのだ」
目を瞑って、腕を組んだままの、髪を後ろに結んだ古風な長髪の勇者――『漆黒の勇者』が無愛想に言った。
『漆黒の勇者』は彼女と同じ下着仲間で、ふんどしひとつのいでたちである。おそらく、招聘されるまでは滝壺で修行をしていたのであろう。少し体や髪が濡れていた。手には愛用の刀が握られており、東洋の複雑な文字が銘打ってあった。このメンバーのなかでは、彼女よりも気難しそうな男だった。
みなの意見を聞き届けて、納得したようにうなずくと『白銀の勇者』は、純白のマントをはためかせて立ち上がった。給仕女が持っていたトレイのジョッキを優雅につかみ、何気ないしぐさで心づけを渡すと、白銀の勇者は、エールを呷ったあとにやりと笑った。
「断定はできないけど、おそらく『漆黒の勇者』の意見が最有力だと思うな。そこで、本題だ。この依頼、我こそは受けてやるっていう挑戦者はいるか? 手紙はみんなに届いた。それも正確丁寧に本人のすぐそばへ。だから、悪質ないたずらや単なる嫌がらせとは思えない。内容から察するに、きっと大勢の勇者が引き受けることを前提にした超難関の依頼だと思うんだ。どうかな、いまの逸楽した生活を捨てて、もう一度、一国を救うために剣を振るいたいと思ってる勇猛な戦士は――」
「おいおい、てめぇは行かねぇのかよ! 『白銀の勇者』さんよぉ……。うわさによれば、現在は遍歴の旅人として世界各国を巡礼しているそうじゃねぇか。え? なら、その島国は絶好のリゾート地だと思うけどなぁ!」
『薔薇の勇者』が、噛みつくように遮った。その血管が浮き出た顔は獅子のように獰猛だった。『白銀の勇者』は、話の腰を折られた不愉快さを毫も見せずに、かぶりを振ってしゃあしゃあと答えた。
「いやいや、残念だけど……おれ、最近は少し生物への殺傷に辟易してしまったのさ。魔物とはいえ、大地が血で染まるような血生臭い争いごとは、もうたくさんなんだよ。だから、おれは勇者業を近々引退するつもりなんだ。これからは各国の壮麗たる名所に赴いて、おれの妻……ドルマドン王国の元王女様と一緒に、美しい世界を楽しみたいのさ。もうすぐ子供も生まれるしねぇ」
どうやら、『白銀の勇者』は自国の魔王を倒した後のハッピーエンドロールを存分に満喫しているらしい。魔王の討伐後に美しいお姫様と結婚とは、ずいぶんと妄想的でファンタジーな世界を堪能しているな、と彼女は思った。
「だったら俺もパスだ! 地元の娼婦たちが股を広げて待ってんだ!」と『薔薇の勇者』。
「すみません、僕も……遠慮しておきます……。そんな得体のしれない国に行くのは、とても賢明とは思えませんから……」と『琥珀の勇者』。
「すっごく面白そうな話だけどさ! 遠慮しておくよ。ひょっとしたら、勇者を狙った闇の組織の狡猾な罠かもしれないし! あはは!」と『青空の勇者』。
「私も他の方と同様、キャンセルしておきます。報酬金が出ないのであれば、危険を顧みずにやる意味なんてありませんし。無報酬の労働ほど無益なことはありませんから」と『黄金の勇者』。
「勇者の仕事とは、自国にはびこる悪を膺懲すること。他国の国事には干渉せんのがしきたり。よそはよそ、うちはうちなり」と『漆黒の勇者』。
彼女――『若葉の勇者』以外の勇者たちは、にべもなく、ことごとく、依頼を突っぱねた。
やがて、彼らの視線は、一言も意見を飛ばしていない彼女のほうへ向けられる。
「きみはどうだい? セクシーな『若葉の勇者』さん。そういえば、きみは……あの最強の魔王と謳われた魔王アルマニマを倒したんだってね? それに余計なお世話かもしれないけど、はぁー、きみはなんとも勇者らしくない勇者さんだよね、『若葉の勇者』さん。きみの経歴を調べれば調べるほど、次々に真っ黒な情報が出てくるんだけどー……」
『白銀の勇者』は、訳知り顔で、薄笑いを浮かべながら言った。彼は自分にしか見えない魔法で、指先で空をなぞりながら言った。きっと、彼だけにしか使えない魔法なのだろう。"これだから異世界転生者は嫌いなのよ"彼女は初蜜酒を思いきりこの男の顔面にぶちまけて、どういう反応を見せるのか知りたくなった。"憐れね。自分を特別な人間か選ばれし神の子だと勘違いしている。力がなければ、ただの一般人と何も変わらない癖して"
彼女はハチミツ酒を啜るのをやめて、仏頂面を向けた。
実際問題、『白銀の勇者』は自国の民草からは「神の子」と呼ばれているらしい。天が世を平定するため遣わした救世主だと。しかし、彼女の目に映っている青年は、神でもなんでもない、極普通の人間にしか見えなかったが。
「ほう……彼女がですか? そんな風体には見えませんでしたがね。無礼を承知で言いますが、魔力や腕力も、そこいらの下々の民草と大差なさそうに見えますが……」
『黄金の勇者』が、面白がるように顔を覗き込んでくる。"本当に無礼よ"
デリカシーのない連中と関わるのは、彼女にとって魔王を倒すよりも骨が折れることだった。
個人情報を詮索されるのは腹立たしいし、じろじろと好奇の目で見られるのも不快だし、なによりもくだらない理由で依頼を拒絶する彼らに虫唾が走った。一刻も早くこの場所からおさらばしたい一心で、彼女は名乗りをあげた。二つ返事で。
「いいわ。その依頼、わたしが引き受ける」
「ほ、本当かい?」
言い出しっぺの『白銀の勇者』を含め、その場にいた勇者全員が驚いたような表情を浮かべる。
「わたしの経歴を齧っているなら、わたしがそういうタイプの依頼が大好物だって推し量れるでしょ? それに、平穏、淫欲、臆病、猜疑心、打算、無関心」彼女は指を折って数えた。「そんなちっぽけな理由で、困っている人々を見放すような、勇者の名折れであるあなたたちに、依頼を任せるわけにはいかないもの」
「なんだとこのクソアマ!」
「だったら、ついてくる?」
怒りに任せて殴り掛かろうとしてくる『薔薇の勇者』に対して、わたしは鷹揚に手を差し伸べる。すっかり威勢が削がれた赤髪の彼は、舌打ちをして、座椅子にどっかりと座り込んだ。
「彼女のおっしゃる通りかもしれません。他者の助命よりも、自分の都合を優先するようなエゴイストは、勇者を称するに値しない腰抜けも同然です。どうやら我々は、魔王を討伐してからというもの、すっかり気が緩んでしまったようですね」
豊かな金髪を小粋にたくし上げながら、『黄金の勇者』がワイングラスを掲げる。
「そして私は図らずも、『若葉の勇者』様の勇姿に感化されてしまったようです。微力ながら、私も依頼を受諾しましょう。この依頼、勇者の最後の仕事にふさわしい重大任務だとは思いませんか? こうして、各国の代表者である歴戦の勇者たちが居並んだのも何かの縁ですし。どうです? ここにいる一同でその謎の島国に向かい、ワールドクラスの勇者の実力を弱小国の連中に見せつけてやるというのは、なかなか乙なものだとは思いませんか?」
『金黄の勇者』の後押しに、陰気なムードだった空気ががらっと変わった。
「たしかに、面白そう! そっかー、代表国の勇者全員が同じ任務を請け負うなんて、なかなか実現できないもんね! 罠だとしても、この七人なら大丈夫そうだし。よーし、このぼく、『青空の勇者』も行っちゃうよー!」
「一介の勇者として、一国を救った英雄として、臆病者扱いされるのは聞き捨てなりません。この僕『琥珀の勇者』も同行させていただきます」
「異邦の文化に触れるも、此度の依頼で、それがしの剣技を世界に轟かせてみるのもまた一興か。うむ、不肖『漆黒の勇者』も帯同せん」
「なんだぁなんだぁ? この流れじゃ、断りにくいじゃねぇかよ。チッ……約束しろよ。その依頼を片づけたら、その国の女は一人残らずおれの……『薔薇の勇者』専有物にさせてもらうからな。いいな!」
それから、勇者たちはわいわいと盛り上がり、すっかり意気投合して酒を酌み交わしはじめた。
"なんなのよこいつら……"
女勇者の発言を皮切りに、急に態度を百八十度方向転換するなんて、ずいぶんと節操のない連中だと彼女は心底思った。きっと、勇者とはいえ女に先んじられることは、彼らの矜持が許さなかったのだろう。
"しかも、わたしを差し置いて、勝手に盛り上がってるし、本当に気にくわない連中……"
「はは、まあ、引退を間近に控えた勇者のラストミッションだと考えれば、たしかにいいかもしんないね。なんか、ひとりだけ参加しないのも面子が立たないしさ。まったくしょうがないなぁ。おれも尻馬に乗るとするよ! 一種の祭り感覚で楽しもうじゃないか!」
『白銀の勇者』は盃を掲げて、ぐっと酒を煽る。やいのやいのと囃し立てるような喚声が上がった。
それからの乱痴気騒ぎは、あまりにも不快だったため、彼女は記憶からその部分を消し去った。あのとき、少なくとも彼女の酔いは完全に醒めていた。色々な意味でさめていた。
「それじゃあよぉ、せっかくだから、みんなで競争するってのはどうだぁ? 魔王の首を最初に討ち取ったやつの勝利としようぜ。そんでもって、魔王を討ち取った勝者が、その島国の実権を握れることにすんだよ! 金も女も土地も、ぜんぶ意のままほしいままになぁ! まっ、もちろんこの俺様が勝利するに決まってるんだがなぁ!」
『薔薇の勇者』が怪気炎を上げて、グビグビとカップの酒を煽ると、となりにいた『黄金の勇者』が快さそうに微笑する。
「ほう、闘争心を掻き立てる面白そうな企画ですね。やりましょう! その競争、私は受けて立ちますよ。みなさんも、もちろん勝負に参加しますよね?」
すると、横合いから口々に賛意の声が上がった。そのまま話はとんとん拍子に進んでいき、あっという間にルールが決まってしまった。
一、冒険味を増幅するために、転移魔法は禁止。これより三日後にそれぞれの国の港から船一隻で出港すること。
二、仲間は基本的に忠臣である仲間に限り、自分を含めて計四名までとする。
三、現地での勇者同士の妨害は有効とする。場合によっては、殺傷も可。
四、窃盗、強姦、殺人、いかなる犯罪もその島国では許容される。それらの対象は男、女、子供、種族、亜人、魔物、貴賤を問わない。
五、危急の際は国を丸ごと消し滅ぼしても構わない。最後まで生き残り、魔王を討伐した者が島国の実権を掌握できる。
などなど、アルコールが多分に入っていたせいか、勇者にあるまじき最低かつ愚劣かつ滅茶苦茶なものになってしまった。
今頃になって、素直に自分も断っておけばよかったと後悔するも、先に立たず。当事者である彼女自身も三日後に船出することとなった。
かくして、辺境の島国で繰り広げられる魔王争奪戦がはじまったのだった。宴会がお開きになると、『白銀の勇者』は二回ほど手を叩いて音頭を取る。彼はすでにへべれけになっており、顔を真っ赤にして悪乗りしながら叫んだ。
「よーしよし、みんなー! くだんの呪われた島国で再会しよう! そのときはもう、おれたちは敵同士だ! 泣いても笑っても、この勝負で各々の勇者の階位と真価が問われることだろう。勇者の最強がだれなのか、三日後に証明されるわけだ!」
『白銀の勇者』は不敵に笑うと、自慢の転移魔法によって、有無を言わさず勇者たちを再び故国への帰還のゲートで送還した。消え去るとき、彼の傲然たる目線が、『若葉の勇者』にだけ注意深く、鋭い刃物のように突きつけられていた。
まるで、超大国の英雄である自分にとって、彼女が最大も要注意人物かつ、最恐の怨敵であるとばかりに……。彼女はこのとき、嫌な予感を予知していた。
これから自分たちが挑む旅路は、一杯機嫌で片づけられるほど、決して生易しいものではないということを――
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