第23話 緑髪危機一髪

 ローブの人物の後をつけて、しばらく経った。


 彼は村から出て、森の方へと進んでいく。

 さらに追いかけるべきか悩んだが、警戒心に好奇心が勝った。


 これだけ距離をとったら、大丈夫だろう。

 そう思いつつ、10mほどの間隔を保ちながら後ろを追った。



 ついに森に入っても、彼の歩みは止まなかった。


 思わず後ろを振り返る。

 空は暗くなり、遠くに家々の窓から漏れる光がポツポツと見えた。

 ……これ以上は、マズいだろ。


 魔物とも遭遇したくないし、そろそろ戻るか。

 踵を返し引き返そうとした、その時だった。


 ────先程まで視界に入っていた、ローブの人物が消えた。

 彼はどこへ。



 ────そう思った瞬間、喉元に銀色に光るものが突きつけられた。


 ナイフだ。

 そのまま、それを首に添えられる。


 冷たい。

 背中が痺れる。


 切られないように、後ずさる。

 間もなく、背中が木にぶつかった。


 追い詰められた。

 

「……魔力がダダ漏れだったよ。

 もしかして、追跡がとんでもなく下手っぴなのかな?」


 ローブの人物はナイフを俺の首元にあてたまま、そう問いかけた。


 若々しい、澄んだ女性の声だ。

 俺と同じくらいの身長だから、女性だと気づけなかった。


「この魔力の質、どこかで感じたことがある……。

 ────あぁ、そうだ、思い出した。

 この間の火柱は、君だったんだね」

 

 目の前の人物は一人でごちり、一人で納得していた。


「……敵意は、ないです……」


 全身から冷や汗が滲み出る。

 かろうじて、言葉を絞り出す。


「じゃあ、どうして私を追ってきたの?」


「……あの、その、髪の毛がすごいキレイだな、って、それで」


 正直に、理由を説明した。

 煩悩はあるが、悪意も害意もない。


「……ウソは、ついてないみたいだね」


 その言葉とともに、彼女はナイフを降ろした。

 緊張が解け、俺はへたり込んでしまった。


「それで追ってきたのなら、いいよ。

 許してあげる」


「あ、ありがとうございます」


「────この顔を知っていなかったら、だけど」


 そう言って、深く被ったローブのフードを、彼女はまくし上げた。


 その端正な顔つきには、見覚えがあった。

 知っているが、生き残るためには……


「……だ、誰……?」


「知ってるんだね、ウソつき」


 再び、喉元にナイフが突きつけられる。


 理知的で冷徹さが奥に潜んだ翡翠色の瞳。

 瑞々しい唇。

 アイドルに負けず劣らずの美貌。


 ────報酬金、金貨100枚の大悪人、オトハ・シラカワ。

 目の前の人物が、その人だった。


 教会で祈ってすぐに、これかよ。

 ……泣き出しそうだ。




「それで、この村に着いて、ゆっくりしてただけなんです。

 そのうちロフェメからも、出ていきます。

 あの、髪フェチで、俺、だから、何も悪いことしてません! 

 だから、だからっ、オトハさん、許してくださいッッ!!」


 完全に心の折れた俺は、涙目でオトハ・シラカワに命乞いをしていた。


 様々なことを彼女に問い詰められたので、仮面を外して、召喚されてからこの状況に陥るまでの一切合切をすべて説明した。


 顔が熱くなり、後頭部がぐわんぐわんする。

 泣きそうになるのを必死で堪えているからだ。


 そんな俺の話を、彼女はナイフを持ったままで、微笑みを浮かべながら聴き続けていた。

 ……殺す前の余興だとでも、思っているのだろうか。


 ────もちろん死にたくないので、【摩擦車ツァンラート】のことだけはバラしていない。


 これは、本当に切り札だ。

 生き残ることのできる可能性が1%でも上がるなら、この情報は出さない方がいい。


「────それで、君の固有魔法は何なの?」

 

 そんな俺の考えを、この女はことごとくへし折ってきた。


 ……何で。

 何で、知ってんだよ!


 回答を言い淀む俺に、ナイフを押し付けられる力が少し強くなる。

 喉に鋭い痛みを感じる。

 少し、皮膚を切られたのだろうか。


「……【摩擦車ツァンラート】。

 物をズラす、だけの、固有魔法です」


「ということは、概念操作かぁ。

 強いね、その魔法は」


 そう言って、彼女は納得したような様子を見せた。

 【摩擦車ツァンラート】が「強い」という評価は意外だ。


 てか、その言い方だと、俺が弱くて魔法だけ強いみたいじゃないか。

 ……こういう状況になってる以上、俺は弱いんだろうけどさ。


「────うん、気に入った」


 オトハ・シラカワはナイフをおもむろに離した。


 腰が砕けたように尻もちをつく。

 気を抜くと、このまま倒されたスライムのように、地面に溶けていってしまいそうだった。


「じゃあさ、連れて行ってよ、私も一緒にロフェメの外へ。

 ……キミたちの旅にね」


 ────そして、彼女はそのようなことを言い出した。


 思わず「はぁっ!?」という声が出る。

 一体、何が目的で。


「ケイスケ・ハイムラ。

 キミと、そのサチコって子に興味が湧いたの。

 だから、連れて行ってよ」


 俺の心を透視したように、彼女はその理由を述べた。


 ────コイツ、絶対やばい。

 連れて行ったらダメだ。

 国家反逆罪、殺人罪……彼女の罪状を否が応でも思い出す。


「……そうだ。

 キミが秘密をいっぱい教えてくれたお礼に、私の秘密も2つだけ教えてあげる」


 おもむろに、悪戯っぽくオトハ・シラカワはそのようなことを言い出した。


「まず一つ目、私はオトハ・シラカワじゃない」


 ……え?


「だから、君の思ってる人とは人違いだよ」


 脳が爆発するかと思った。

 パニックになりそうだ。


 髪色は違うけど、顔と髪質はそっくりだぞ、オトハ・シラカワに。

 髪フェチの目は誤魔化せない。


「私の名前は、ヴェロニカ・リーベル。

 長いから、気軽に“ヴェラ”って呼んでね」


 オトハ・シラカワ改め、ヴェロニカ・リーベルは、突然名乗りを始めた。

 やばい、意味が、目的がわからない。

 ……怖い。


「二つ目、私は肉体を変化させる能力を持っている。

 だから、こんな風に……ね?」


 俺の首からナイフを離す。

 マジシャンのように手をナイフにかざした瞬間だった。


 ────ヴェラの持つナイフが、ドロリと溶けた。


 怪しく輝く緑色の粘体になったナイフは、そのまま彼女の肌に吸い込まれるように消えていった。


 そして、彼女はいつの間にか、円板のようなものを片手に持っていた。

 それを自分の顔に覆い被せる。


 ────ゴブリンのような、荒っぽい彫りの仮面。

 俺の仮面と、寸分も違わずそっくりだった。


 自分の仮面は、そばに転がっている。

 ……盗まれたわけじゃない。


「秘密を知ったからには、いいよね?」


 ヴェラは、そのまま俺に一歩踏み出して、上目遣いで問いかけた。


「キミたちの旅に、連れて行ってよ」


 もう一度、同じ問い。

 俺に、それを断る選択肢は残されていなかった。




 「いつ出発するの?」とのヴェラからの質問に、「明日の昼過ぎ」と答えて、彼女と別れた。


 ヴェラは村のそばの森で野営しているらしく、そのまま木々の間に歩み去っていった。

 可憐な見た目と対照的に、かなりアウトドア的だ。


 それにしても、いや、やばい、やばすぎる。

 何が目的で、俺たちに同行しようとしているのか、まったく分からない。


 おそらく、彼女は身体を変形させる魔術が使えるんだろう。

 それでいて、サチコの変化魔法とは明らかに異質だ。

 その魔法で、オトハ・シラカワの姿をとっている。


 ────では、それは何のために。

 得体が知れなさすぎて、考えれば考えるほどドツボに嵌まりそうだ。


 ……このまま、深夜のうちに村からさっさと逃げ出してしまおうか。

 それも考えたが、ヴェラの言い分からして「魔力の質」とやらを覚えられているようだし、あんな危険な輩から逃げ切れる自信が無い。


 ────打つ手なし、か。

 鬱屈とした気分のまま、すでに真っ暗になった空の下、宿屋へと戻った。 




「……おかえりなさい」


 扉を開けると、ソフィが小声で出迎えてくれた。

 手のひらを下に向けて、口の前に人差し指を添えている。

 「静かに」というサインだろう。


「────さっき、1組の新しいお客さまが来たんだけど、様子がおかしいの」


「……おかしい?」


「一人は長身の女性で、もう一人は子供、みたいなんだけど、女性の手荷物にイーラ教の印が刻まれてたのよ。

 チラリと見えた程度だけど、きっと見間違いじゃないと思う」


 イーラ教の印。

 確か、杭のような形の中に複数のシンボルが刻まれたような見た目だった。

 神殿にいた頃に、何度か見かけたことがある。


「なら、教会に参拝に来たイーラ教の信者じゃないのか?」


「印と言っても、剣を模したものだったの。

 きっと、いや、少なくとも教会直属の、騎士団の関係者よ」


 俺の素朴な疑問に、ソフィはハッキリと答えた。


 騎士団。

 できるだけ証拠を残さずに逃げおおせたつもりだったが、もう追っ手が差し向けられたらしい。

 こんな田舎にいても、バレてしまうのか。


 金貨3枚の報酬の俺に、そこまでするか?

 そんな疑問が浮かんだが、それでも来てしまったものは仕方がない。


「……サチコは?」


 そんな俺の声に反応してか、ソフィの影からサチコが音を立てず浮き上がってきた。

 その姿は黒猫に戻っていた。

 

「荷物は取っておいたから。

 ……あと、魔術書もあげる。

 サチコちゃんの影に、もう仕舞っておいたから」


 そう言って、ソフィは俺の目の前に革袋を置いた。

 

「……ありがとう、お世話になりました」


「気をつけてね。

 ……今度会ったら、また料理を振る舞ってあげる」

 

「次は、じゃがいも料理以外でお願いしたいな」


 そんな俺の小言にソフィは少し笑って、小さく手を振ってくれた。


 ……また、会えるよな。


 突然の別れになったが、きっといつか、出会える気がする。

 そのような予感のおかげで、別れが悲しくはなかった。


 唯一の心残りはヴェラをどうするかだが、それはまずこの状況から逃れてから決めよう。


 一抹の不安と胸に満ちた暖かさをもって、俺たちは宿屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る