第19話 魔法少年はいむら☆ドゥムラ

 窓から差し込む光で眠りから覚めた。


 ……やっぱり、追っ手や魔物の心配がいらない朝は最高だ。

 当たり前のことだけど、当たり前って大事だよな。


 こんなに平和な目覚めは、いつ以来だろうか。

 不意に、二度寝がしたくなった。


 ────そう思っていたら、扉を三回ノックする音。

 朝食の合図だ。


 さっさと朝ごはんを食べに行こうかな。

 ……ソフィを怒らせたら面倒くさそうだから。


 あれは、いかにも委員長タイプの人間だ。

 規律を守れない人が嫌いで、合唱祭で「ちょっと男子!」って怒ったりする。

 そして、お尻の穴が弱い。

 委員長タイプの人間は大体そんな感じ。

 それが世界の真理。


 気合を入れて、布団から身体を起こした。

 横で眠っているサチコを軽く揺すってみる。


 ……無反応。

 サチコは寝起きが悪い。


 ここで無理やり起こして、黒いハンマーでけちょんけちょんにされても困るので、そっとしておいた。

 ……俺と同じように、心と体が疲れているかもしれないしな。




 階段を降りると、鼻を優しく撫でるような良い匂いがしてきた。

 バターの香りだ。


 机の上には、すでに料理が並べられている。


 じゃがいものガレット。

 じゃがバター。

 じゃがいものスープ。

 

「ジャガイモばっかりじゃないか!」


 思わずツッコんでしまった。

 全体的に黄色すぎるだろ。


「不満があるなら食べなければ? ドゥムラさんっ」


 ジトっとした目で、この料理を準備したソフィはこちらを見てきた。

 いつの間にか、年下に呼び捨てにされている。

 まぁ、偽名だから良いんだけどさ。

 ……良いんだけどさ!


「昨日は野菜もあったじゃん……」


「当宿は地域の食材を活かすことがモットーですので」


 それに、じゃがいもは野菜でしょ?

 ソフィはスカしたように言って、ガレットをスープに浸して口に入れた。

 太っている人の台詞だろ、それ。


 そう思いつつも、俺もソフィの食べ方を真似してみた。

 

「……悔しい、おいしい!」


「ふふっ、お粗末様です」


 彼女の料理の腕は本物だ。

 材料はジャガイモだけのはずなのに、手が止まらない。

 どんどん料理を平らげていく。


 ソフィはそんな俺を見て、クスクスと小気味よく笑った。




「初代勇者パーティの逸話について、ねぇ……」


 じゃがバターをもちゃもちゃと食べながら、ソフィは俺の問いかけに返事をした。


「もっと言えば、カオリ・ヨナガについて知りたい」


「あぁ、あの僧侶ね。

 回復魔法が得意だとかいう。

 ……ん、ちょっと待ってね」


 口の中のものを飲み込むと、彼女はそそくさと席を立った。



 しばらくして、彼女が持ってきたのは一冊の分厚い本だった。

 焦げ茶色の革で装丁がされている。


「これ、イーラ神学の本。

 ……親のだけど」


 『イーラ神学概説』と、細かい装飾のされた表紙には書かれていた。

 ソフィは慣れた手つきでページを次々めくっていく。


「……あった。

 カオリ・ヨナガについて詳しく書かれているのはこの部分ね」


 彼女の方に行って、本を横から覗き見た。


「初代勇者パーティの僧侶職。

 強力な回復魔法で勇者をサポートした……」


 目についた文章を音読していく。


「旅の道中で多くの病に喘ぐ人々を助けた功徳から、死後は熾天使セラフィムに魂が昇華したと言われている……せらふぃむ?」


 急に言葉の難易度が上がったな。


熾天使セラフィムは、主神イーラの次に神聖な存在のことね。

 勇者や戦士といった初代勇者パーティの面々も、死後はこの位に就いたと言われているわ」


「……そんなの、本当に存在するのか?」

 

 ふと思ったことを口に出した。


「伝承にはよく登場するけど、実際に見たことがある人というのは……」


 ────流石に、異世界といえども天使は存在はしないか。

 死後天使になったとして、おいそれと地上に降りてこられても困りそうだしな。


 天使がわんさかいる世界というのも、それはそれで不気味だ。

 その中にもし、自分の母親が混じっているとしたら、なおさら気味が悪い。




 結局、本からそれ以上の情報を得られることはなかった。

 二人で同時に、大きな溜息をつく。


 ────そうだ。

 少し、思いついたことがあってソフィに尋ねてみる。


「もしかして、魔法に関する本を持ってたりする?」


「えぇ、持ってるけど、どうしたの?」


「ちょっと、貸してくれたり、してくれないかなー、なんて……」


 「そんなに気負わなくていいのに」と言って、彼女は再び席を立った。



 しばらくして、ソフィは山のように本を抱えて持ってきた。


 『イーラ神学概説』の比にならない厚さの本が十数冊。

 それらが勢いよく机に置かれた。

 ミシッと、床が軋む音がする。


「これらが火魔法概説と、水魔法概説と……ま、基本四元素の概説書ね。 

 次に、これが特殊魔法概説。

 で、これが複合魔法概説。

 それからこの本は火魔法爆破系統の各論で────」


「……なんでこんなに魔法の本を持ってるの?」


「え、えーっと、親のもの?」


 彼女はこちらの顔色を伺うように首を傾げた。

 ……いや、俺に聞くなよ。


 ソフィにも、色々と事情がありそうだ。


 


 2冊ずつ自室に運んで、その動作をようやく終えたのは10分ほど経った後だった。


 腕がぼんやりとした疲労感に包まれている。

 良い筋トレになったと、ポジティブに捉えておこう。

 ……これを一気で運んできたソフィ、ヤベェな。


 早速、魔法の本を開いてみる。

 俺が最初に本の山から選んだのは『魔法総論』というタイトルのものだ。

 一番基礎っぽい題名だし、これを読み進めればいいだろう、きっと。


 ベッドの上に本を置いて、ワクワクしながらページを開くと、サチコがこちらに寄ってきた。

 熱心そうに本を眺めた後、俺の顔をジッと見つめてきた。


「……もしかして、文字が読めないのか?」


 そんな俺の言葉に、サチコは少しだけ頭を傾けて返事をした。

 まぁ、猫だもんな……。


 仕方がないので、サチコにも分かるように音読することにした。

 


「面白そうなページは……これからいくか」


 「魔法の全体像」と書かれたページを開く。

 先にどのような魔法があるのかを理解しておいた方が、学習も進みそうだと感じたからだ。


 ……そもそも、自分で意欲を持って勉強するのが初めてなので、あまり効率の良い勉強法が分からない。

 向こうでは、テストのために何となく勉強をする毎日だったからな。

 こんなことなら、「真面目系クズ」になるんじゃなくて、ちゃんとコツコツ勉強しときゃよかった。



「『魔法の基本系統は四元素に分けられる。

 火・風・土・水の4つが四元素だ。

 火はエネルギーの生成、風はエネルギーの流れ、土は物質の生成、水は物質の流れをそれぞれ司る。

 誤解して欲しくないのは、この四元素がそのまま名前の通りの魔法のことを示すわけではない、ということだ』……」


 目を輝かせるサチコを傍に、音読を続ける。


 予想よりもはるかに、魔法は理路整然としていた。

 

 まず、この本によると、「魔法」は大枠として魔素マナによって引き起こされる物事すべてを指す言葉だという。

 魔素マナによって何かが起こる道具があるならそれは魔法道具だし、魔素マナによって何かが起こる剣があるならそれは魔法剣、という感じに。


 実際のところ、「魔法」という言葉は魔術の総称としても用いられているみたいだし、ハッキリとした定義はないのかもしれない。



 魔法の元になる魔素マナはこの世界のあらゆる場所に満ちているものらしい。

 言葉の響きからして、元素に似ている気がするな。


 この魔素マナを人間が扱えるように加工し、発動するものが「魔術」だ。


 魔術を発動する方法は二種類存在する。

 一つが詠唱によるもの。

 もう一つが魔法陣によるものだ。

 詠唱は言葉によって、魔法陣は幾何学的な紋章によって魔素マナを制御し、魔術として発動させる。


 魔術の強度や、どの程度の制御をおこなえるかどうかは個人の魔力量にや技量よって決まるらしい。

 そういう意味では、俺の魔力量の多さは大きな武器になり得るかもしれない。



 魔法は基本魔法、特殊魔法、複合魔法、そして固有魔法に大きく分類される。


 基本魔法は火・風・土・水の計4種類だ。


 火魔法はエネルギーを生成する魔法だ。

 火を燃やしたり、爆発を起こしたり、エネルギーを生み出す魔術はこの魔法に分類される。


 風魔法はエネルギーの流れを操る魔法だ。

 風を吹かせたり、真空状態を作り出したりする魔術は全てここに入る。


 土魔法は物質を生成する魔法だ。

 土壁を作ったり、鉱石を錬成したりするにはこの魔法が必須らしい。


 水魔法は物質の流れを操る魔法だ。

 これを使えば、大気中の水蒸気を広範囲から集めて、いつでもどこでも水を生み出すことができるという。


 これらの魔法の呼び名は決まっているが、それぞれの魔法に明確な区分があるわけではない。

 例えば、火を発射する魔術ではエネルギーの生成と流れを操る必要があるため、火魔法のみならず、風魔法の要素も組み込まれる、と本に書かれていた。

 それぞれの要素が大きい方で、火魔法・風魔法などと分類されるらしいが、詳しいことは書かれていなかった。


 


 ここまで読んで、俺はへばった。

 特殊魔法についての記述を読む寸前まできたが、もう限界だ。


 音読しすぎてアゴが怠いし、頭がぐわんぐわんする。

 これまでロクに勉強してこなかったツケが回ってきたのだろうか。


 サチコが先を急かすように、腕に猫パンチを連打してくる。

 ちょっと待って、と言おうするが、言葉が口から出てこない。


 ……なんだこれ、もうれつに、ねむい。


 睡魔に負けて、俺は間もなく柔らかいベッドに沈んでいった。




 日差しを感じて、目蓋を上げる。


 まだ外は明るい。

 昼過ぎくらいだろうか。

 うっかり勉強特有の眠気にやられて、うたた寝してしまったようだ。



 ────ふと、後頭部に違和感を感じる。

 温かみのある、ほっそりとした、丸太のような?


「……起きた?」


 小さな、鈴を鳴らすような心地の良い声。

 正面に見知らぬ少女の顔。


「────え?」


 俺は、謎の少女に膝枕されていた。

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