第18話 アイアンバイブル
「ケイスケ・ハイムラ。
報酬金、金貨3枚……」
教会の掲示板の前に立って、自分の手配書を読み上げた。
沢山の極悪人面の中に、自分の顔が混ざっている光景はなかなか心にクるものがある。
しかも、報酬の金額はそのなかでも上の方だった。
……一番じゃないだけマシか。
こりゃあ、
窃盗、暴行、背信罪。
そこに記されている罪状を一通り読み終える。
よくもいけしゃあしゃあと、嘘の罪状をここまででっち上げられたものだ。
……いや、すべて当てはまっているかもしれないけど。
窃盗は神殿で物を盗んだから。
暴行は黒装束や騎士を倒したから。
背信罪は、えっと……なんだ?
……見ようによっては軽めの犯罪ばかりなのに、金貨3枚の報酬金は高すぎるだろ。
なんで、5人の殺人を犯したこのイカツイ賞金首の報酬金が金貨1枚で、俺が3枚なんだよ。
そう考えると、理不尽だという不満がムクムクッと湧き上がってきた。
……もしかして、そんなに背信罪ってマズいのか?
こんな田舎にまで追っ手を差し向けられるとは考えづらいが、ちょっとだけ用心しておこう。
手配書を見渡すと、一人だけ、その場に似つかないような人物がいた。
その投影画に、眼の焦点が絞られる。
自分と同年代くらいの、麗しい美少女。
名前からして日本人か、その子孫だろうか。
────いや、顔が良いことや特長的な名前は置いておいて、問題は髪だ。
黒曜石のように、艶やかな黒い髪。
想像するに、その長さは腰にかかるほど。
痛んでいる毛は一本として存在しない。
まさに天上の髪が座す、エデンの園。
指名手配書からでも分かる、分かるぞ。
俺が探し求めていた髪そのもの。
理想の黒髪ロングが、そこにはあった。
────そんな俺の興奮は、詳細を読むにつれて急激に萎えることになった。
「オトハ・シラカワ。
報酬金……金貨100枚ィ!?」
罪状は殺人を始め、国家反逆罪、背信罪、エトセトラ、エトセトラ。
こ、怖すぎか?
見かけたとしてもチラ見するか、落ちている髪を拾うくらいにしとこ……。
心を少しだけ改め、疲れを癒すための宿屋を探しにいった。
村を軽く散策して気づいたことがある。
この村、宿屋が一つしかない。
しかも、客室が二部屋だけの、こじんまりとした宿屋だった。
宿屋に上がり込んだら、客は俺たちしかいなかった。
正体が明らかになる心配が少ないのはいいが、本当にこんな辺鄙なところで宿屋をやって儲かるのだろうか?
「ここがあなたの部屋ね。
夕食が出来たら扉を三回ノックするから、準備ができたら降りてきて」
案内してくれたのは、俺より明らかに年下のお嬢さんだった。
外見からして、年齢は元の世界での中学1年生くらいだろうか?
背丈は低く、肌に白粉を軽くはたいただけの素朴な化粧をしている。
童顔の可愛らしい顔立ちをしていた。
肝心の髪型はツインテール。
外見によく似合っている。
金色の髪の毛は肩にかかるほどだが、癖っ毛がひどく、乱雑に飛び跳ねていた。
シャンプーやリンスは
王都で泊まったスイートルームに石鹸は置いてあったが、シャンプーなどは見る影もなかった。
「えっと、お父さんとお母さんは?」
「……王都まで出稼ぎ。
10日に一度、帰ってくる」
素朴な疑問を口にしたら、少しムッとしたように答えられた。
少々、図々しかったか。
「そもそもお客さんもあまり来ないから、こうして宿を任されてるんだけどね」
「外にはもうちょっと、旅人がいたような気がするんだけど……」
「みんな王都まで一晩で行っちゃうか、テスかミグアヌの方に行っちゃう。
ここより大きい村なら、もう少し先にもあるから。
石畳に魔物除けの効果があるから、危険でもないし」
────それに、この村には何にもないから。
少女は退屈しているかのように、言葉を吐いた。
宿屋の夕飯は固いパンと、ジャガイモのようなものが入ったスープ、それと生野菜のサラダだった。
菜食的なメニューだが、温かいものを食べるのは久しぶりなので、かなり食欲がそそられた。
俺が机に座ると、ようやくサチコが影から這い出てきた。
彼女は食事の時に必ずそばにやってくる。
野良猫時代の経験か、食事はとれる時にとっておこうという考えがあるのかもしれない。
……できるなら、飢えるような経験はこの子に二度とさせたくないものだ。
「あっ、可愛い魔獣ね、ペットなの?」
「……いや、仲間だよ」
「そう?」と言って、少女は俺の正面に自分の分の料理を置いて、そのまま椅子を引いて座った。
……えっ、ここで食べるの?
「なに? 宿屋で働いてる人が、泊まる人と一緒に食事をとっちゃダメなの?」
「え、ぜんぜん、大丈夫だけど」
考えが表情に出ていたか。
これまで、そういう経験をしたことがなかったからビックリした。
「────というか、いつまで仮面を付けてるつもりなの?」
とうに食前の祈りを済ませてスープを口にしていた彼女は、そのようなことを尋ねてきた。
そう、俺は仮面を付けたままなので、食事に手をつけることが出来ないままでいたのだ。
食事を前に佇む、一人の仮面の男。
……めっちゃバカじゃん。
我ながら、かなり滑稽な姿だと思う。
「いや、これはその……」
「このまま、私の料理を無碍にするつもり?」
俺が戸惑っていると、少女は身体をこちらに乗り出してきて、そんなことを言った。
ランタンの灯りに照らされて、彼女の顔が赤みがかって見えた。
怒っているのだろうか。
「────仮面を取っても、ビビらない?」
「逆に、ビビるぐらいの何かが隠されてるの?」
……仕方ない。
存分な前振りをしてから、俺は仮面を取った。
「……誰?」
彼女は俺の顔を知らなかったのか、首を傾げた。
少し、返答に違和感を覚える。
本当に知らない顔なら、普通は「知らないわ」とか「なんてことない顔じゃない」とか言いそうだけどな。
……ま、相手が知らないのなら問題ないだろう。
むしろ、自意識過剰だったことが恥ずかしく思えてきた。
その気持ちをかき消すように、先ほどの彼女の祈りを真似て、発狂した指揮者のように人差し指を空中でブンブン振り回す。
「ひどい祈り」と言って、少女はパンをちぎった。
「うまっ、美味!」
「美味しい? そのスープは自信あるの」
「口の中で芋がボロボロ崩れて、それがなんかぶっとりした美味しいスープと合わさって、すごい美味しい」
「……それ、本当に褒めてる?」
「は? 全力の褒め言葉だが?」
心外な言葉を受け取って、ちょっとムッとする。
少女から白けたような視線を向けられながら、サチコに冷ましたスープとパンを分け与えた。
サチコはそれを見ると、すぐに勢いよく食べ出した。
俺とサチコ、二人してまともな食事は久しぶりだ。
少女の料理の腕前もあって、いつまでもご飯をお腹に放り込めそうだった。
世間話がてら、少女────ソフィという名前らしい────から、
ホッキアが寂れているのにはもちろん理由があった。
ここには、“召喚されるたび勇者が必ず通り過ぎる”ということしか、取り柄がなかったのだ。
その勇者の召喚も、100年前が最後だったらしい。
勇者が通り過ぎた後の足跡はそれぞれ石膏で形どられ、教会に聖遺物として安置されているという。
ソフィ曰く、この村で一際大きい白いゴシック調の建物は、やはり教会らしい。
……ただの足跡なのに、すごく大層な扱いだな。
過去の勇者って、どんな人がいるんだろうか。
気になるし、そのうち教会に見に行くことにしよう。
「ということは、勇者は100年に一度の周期で召喚されているのか」
「……え? 勇者召喚の合間は、50年だったり30年だったり、まちまちな筈だけど」
ドキッとした。
前の召喚が100年前だからと言って、100年周期で勇者が召喚されるわけではないのか。
「言葉の綾だよ、言葉の綾!」
そう言って、ジトっとした目線を向けてくるソフィから思わず顔を逸らす。
────まだ、賞金首であることはバレてないよな?
仮面を付けたままだったり、変なことを言い出したり、かなり怪しい客になってるぞ。
「……まぁ、魔王が現れるたびに勇者が召喚されている、といった方がイイのかもね」
スープを啜りながら、ソフィはそのようなことを言った。
ふと、「100年前に魔王が復活したから勇者を召喚した」という女神の言葉を思い出す。
……前回召喚された勇者は、魔王に負けたのだろうか。
気になることは多かったが、これ以上ボロを出すのも怖いので、俺は黙って野菜を口に入れた。
そのまま、しばらくソフィと雑談を続けた。
彼女の様子を見るに、勇者の召喚が成功したことは少なくともこの村にはまだ知らされていないようだ。
王都の方で何が起こっているのか、もはや俺には知る術もない。
「ここには勇者の足跡と、ほくほくのジャガイモしかないのよ」
そう言って、ソフィはミニトマトを手に取って口に運んだ。
ソフィに聞くところ、これらの野菜はジャガイモであれトマトであれ、元の世界にあるものとほとんど同じものらしい。
野菜の名前について聞いたとき、「ジャガイモも知らないの?」と馬鹿にされてしまった。
ついでに、豚や牛、馬といった動物も、自分たちの世界と同様に家畜として飼われていることを知った。
でも、鶏はいないらしい。
……卵とか、どうしてるんだろうか。
「今度はそっちの話を聞かせてよ、ドゥムラさん。
それだけが、宿屋をやっている楽しみなの」
そんな彼女の言葉に致し方なく、出自は隠して森林地帯での様々な出来事を語った。
……流石に、シルバーウルフの子供のことは言えなかったけど。
俺の語りに、ソフィは心底楽しそうな様子で耳を傾けていた。
「44......45......ゔっ」
腹筋をつった。
王都からの脱出や、森での戦闘で思い知ったことだが、俺には筋肉が圧倒的に足りない。
それで腹筋を今日から始めたのだが、50回にも届かないうちに限界が来てしまった。
帰宅部の割には結構できる方なんじゃないか、と自賛しつつも、ギルドの筋骨隆々な冒険者達を思い出し、まだまだ筋肉が少ないな、と感じた。
ジンジンという痛みを感じ、お腹を手でさする。
……これだから筋トレは嫌いだ。
痛いし、面倒くさいし、しんどい。
ソフィとは結局、かなりの時間話し込んでしまった。
人とまともに話すのはプレインさん以来だから、会話に飢えていたのかもしれない。
丸くなるサチコを膝の上に乗せながら、彼女から
こうして自室に戻ってきたのは、またまた頭痛に襲われたからだ。
気づかないうちに、相当疲労が溜まっているのかもしれない。
……少し、疲れたな。
ベッドに横になって、聖書を手に取った。
暇な時間があれば、シルバーウルフの子供のことや、ゴブリンの肉を裂いた感触が今にも生々しく蘇ってきそうだった。
それを避けるために、筋トレや聖書を読むことで気を紛らわそうとしていた。
この聖書は、イーラ教の教えを様々な逸話をもとに書き連ねたものらしい。
イーラ教とは、勇者を召喚した女神を信仰している宗教のことだ。
女神の名前をそのままとって、イーラ教と呼ばれている。
イーラ教の影響力は大きい。
ソフィが食前に捧げていた祈りも、この宗教のものらしい。
なにせ、
人気があるのにも頷ける。
聖書を開く。
イーラ教の根本には、勇者の神聖視や、魔物と魔族への敵対心がある。
目次を見るに、聖書にもその思想が反映されているようだ。
聖書にはこれまでの勇者の活躍や、魔族の悪行が短編としてまとめられていた。
……とりあえず、初代勇者の伝説から読み解いていくことにするか。
ページを一枚めくって、文字を流すように読んでいく。
────レナード・オルシュタイン。
それが初代勇者の名前だった。
彼は女神イーラに命じられ、3人のパーティで当時世界を支配していた魔王の討伐に向かったらしい。
パーティのうち一人は、戦士のアリシア・オルシュタイン。
名前からして、勇者の親族だろうか。
もう一人は僧侶。
その名前を見て、自分の目を疑った。
──カオリ・ヨナガ。
世永、カオリ。
俺の母親の旧姓と名前が、そっくりそのまま僧侶の本名だった。
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