第17話 ここはゆうしゃのむら

 逃げるようにして、シルバーウルフとその子供から去った。


 早歩きで木々を抜ける。

 サチコは静かに、俺の後ろをついてきた。


 ……昔、あんなことが一度あったような。

 頭がうまく回らず、思い出せない。


 雨脚が、弱くなってきた。

 ……明日は、晴れるといいな。

 そのようなことを考えつつ、森の中を進んだ。



 

 先が見えない。 

 ずっと、同じ場所を回っているような気分。


 やはり、俺は方向感覚が鈍いらしい。

 でも、歩いたおかげで頭が冷えた。

 

 シルバーウルフとの戦いの後も、何度もスライムやゴブリンといった魔物に遭遇した。

 彼らは、シルバーウルフとは比にならないほど弱かった。


 魔物に遭遇するたび、できるだけ殺してしまわないように戦った。

 牽制で少しダメージを与えて、それでも向かってくるときは行動不能になる程度まで相手をした。


 特に、ゴブリンと戦うときは、上手に想像力を遮断することを練習した。


 ゴブリンには村があるのだろうか。

 家族はいるのだろうか。

 苦痛は感じるのか。


 そういったことを考えず、剣を振れるようになるには訓練が必要になるだろうから。


 殺さないようにはできても、傷つけるのを避けることは難しい。

 殺さずとも、傷つける。

 それが、この世界で生き残るためのギリギリの線引きだろう。

 今のうちに、慣れておかないと。


 対するサチコは、容赦なく魔物をボコボコにしていた。

 影で串刺しにしたり、押し潰したり、切り裂いて三枚おろしにしたり。

 バリエーション豊かな死に方を見たおかげか、俺にもかなりグロ耐性がついてきた。

 ……何回も、それを見て吐きかけたけど。


 魔物を殺さないのは、俺のエゴだ。

 サチコにまで、強制するつもりはない。

 


 森から抜けられる気配はない。

 暇つぶしに、ギルドカードを眺めた。


名前:ジョン・ケイ・ドゥムラ

レベル:14

HP:56/89

MP:664/670


 レベルの上昇幅は、やはりシルバーウルフと戦った後が一番大きかった。

 ……彼との戦いのダメージは今でも引きずっている。

 HPはMPより、それほど回復に融通が効かないようだ。


 それと、冒険者ギルドの受付嬢の言う通り、魔物を殺さなくなってからレベルが上がらなくなった。

 このようなことを続けるなら、レベルに頼らずとも強くなる方法を、いずれ見つけなければならないだろう。



 そんなを考えていると、サチコが急に走り出した。

 慌てて、彼女の後を追う。

 草むらの間を器用に抜け、サチコはどんどん進んでいく。


「ちょ、ちょっと待って! サチコ!」


 木の枝に肌を引っ掻かれながら彼女の名前を呼ぶも、まったく聞き留めてくれない。

 え、ついに俺、見捨てられたの?

 ……魔物に甘すぎるから?


 少し泣きそうになって、フラれた浮気男のように彼女の後を追いかけていった。




 サチコが突然走り出した理由は、それから少し経ってから分かった。

 目の前に、王国の道と同じような石畳の街道が現れたのだ。

 

「────やった、やった!! でかした!!」


 大喜びしながら、サチコの頭を少々乱暴に撫でる。

 無言で、柔らかめの影のハンマーで殴られた。

 ピコッと、音がした。


 サチコの冷たい視線が痛い。

 「この程度で嬉しがらないでよ」と言ってるのだろうか。

 まったくもう、サチコはツンデレだなぁ、ムフフ。



 サチコに頼んで、影の中から仮面を取り出してもらった。

 この仮面は森林地帯で夜を迎えたときに、暇だったので短刀で丸太から削り出して作製したものだ。

 個人的には般若をイメージして作ったつもりなのだが、そこまでの技量がなかったので、ゴブリンの顔にそっくりな仮面になってしまった。

 これを被って身元がバレるのを防ごう、という訳だ。


 これまで旅をしていて分かったことだが、サチコの固有魔法の応用性は凄まじい。

 影を自由に変形させる能力から、影に潜り込んで影から影へと移動する能力、影に荷物を仕舞い込んで自由に取り出す能力まである。

 戦闘から荷物の持ち運びまで大活躍だ。

 実際、泥だらけになった制服やランタンなどの重たい荷物は、今はサチコの影に仕舞ってもらっている。

 ……ちょっと、便利すぎて嫉妬しちゃいそう。

 俺の【摩擦車ツァンラート】とは大違いだ。



 仮面を身につけて街道を進む。

 今の俺は、ゲスのような表情を浮かべた仮面に、乾いた血のへばりついたローブを着込んだ姿だ。

 正直、無茶苦茶怪しい。


 黄昏時という時間帯も相まって、怪しさが際立っている。

 子どもと鉢合わせば、きっと泣き出すであろう怖さ。

 ……俺でもこんなヤツと出会えば泣き出す自信がある。


 ────ここだけの話、ローブの下はパンツ一丁だ。

 替えの服がなかったのだから、仕方ない。

 

 このような怪しい格好の男と、この世界ミグリットに存在しない猫という動物が揃って歩いているとどうなるか。


「「……」」


 通行人からの視線を、尋常じゃないくらい浴びることになる。 

 すれ違う旅人すべてから、怪訝そうな目を向けられている。


 まだ人が少ないのでマシだが、より大勢からこんな目線を向けられたときは耐えられる自信がない。

 時間がある時に、もうちょっとマシな仮面を作っておこう。

 あと、カッコいい服装の調達。


 まずは、衣食住を安定させたい。

 冒険はそれからだ。




 人からの視線に我慢しつつ、ようやく街に辿り着いた。

 ……いや、街というよりは村に近いか。


 木材で作られた、装飾の少ない素朴な建物が十数軒立っているのが見える。

 王都のような堅牢な外壁ももちろん無く、村の入り口にあたる場所に兵士が一人だけいた。


 目立つような、高い建物はあまり村にはなかった。

 ────際立って高い、純白のゴシックな雰囲気を漂わせる建物を除いては。

 

 村に入ろうとすると、王都の騎士よりも軽装な兵士がこちらに近づいてきた。

 関節や胸など、弱点のみを鎧で守っている。

 兵士に手を少しだけ挙げて、軽く挨拶して素通りしようとした。


「おい、そこで止まれ」


 ア〜〜〜やっぱりかぁ!

 だが、問題ない。

 こういうこともあろうかと、信用されるような作り話を考えておいたのだ。


「お前の職業は?」


 あっ、この質問、進◯ゼミ────もとい森林ゼミでやったやつだ!

 森林ゼミとは、サチコに対してひたすら話しかけるだけのゼミのことである。

 というか、俺が心の中で勝手にそう呼称していた。


 その際に、暇つぶし程度にこの世界で必要そうな受け答えを練習しておいたのだ。

 サチコは俺の言葉にまったく耳を傾けず、ずっとごろ寝していたが。

 ……素直に寂しかった。


「職業は、仮面屋です」


 堂々と、仮面屋だと俺は言い張った。

 とにかく、態度だけは堂々とする。


「仮面屋なら、商品の仮面はどうした?」


「それが先日火事に遭い、商品がすべて焼けてしまったのです……」


 俯き、グスグスと鼻を啜って泣いているような音を出した。

 涙を流せるほど役者じゃないので、それは仮面を被っていることでカバーする。


「そ、それは災難だったな……」


 兵士は簡単に同情してくれた。

 ヘッ、こんなしけた村に住んでる田舎モンを騙すことくらい、屁でもないわッ!

 グスグス言いながら、仮面の中でほくそ笑んだ。

 

「────では、顔を窺いたいのだが、よろしいか?」


「えっ、顔!?」


 驚愕。


「あくまで念のためだが、ここを訪れる旅人や商人の人相を覚えておくことは大事だからな」


 冗談抜きに焦った。

 ここで顔を見られれば、賞金首であることが一瞬でバレる。

 何とか誤魔化さないと。


「じ、実は、火事のとき、この仮面が、焼けただれた顔の皮膚と癒着してしまって」


「……本当か?」


 口から出まかせに、グロテスクな作り話を語った。

 ……流石に仮面屋といっても、火事のときになってまで仮面を被ってるヤツはいないだろ。

 心の中で自分の発言にツッコミを入れる。


 流石に疑った兵士が、引き締まった腕を俺の顔目掛けて伸ばしてくる。

 兵士が仮面を掴んで、少し引いた。

 

「────痛い! 痛い痛い!!」


「あっ、ああ! すまなかった!」


 仮面にくっ付いた俺の顔が、そのまま兵士の手に引かれた。

 声を張り上げて、痛みに喚くフリをする。


 ────【摩擦車ツァンラート】で、仮面を俺の顔に向けてズラして、固定しておいたのだ。


「どうやら、話は本当のようだな……。

 すまなかった、通っていいぞ」

 

 兵士は正直に謝ってきた。

 ────勝ったッ!

 ローブの中で思いっきりガッツポーズをする。

 

「だが、この魔獣は別だ」


 そう言って、兵士はサチコの前に立ち塞がった。

 ……ヤバイ、この質問、森林ゼミでやらなかったやつだ。


「……えっ、こんなに可愛いのに通してもらえないんですか!?」


「ここを通すのに可愛さは関係ないだろ……」


 俺の必死の弁解に正論をぶつけてくる兵士。

 なかなか真面目だな。


 サチコのキュートさを知らしめるために、持ち上げて空中でぶらぶらさせてみたが、兵士は頑に通してくれない。


「ほら、こんなに猫ってこんなに体が伸びるんですよ! 通してくださいよ!」


「体が伸びるかどうかはもっと関係ないだろ!」


 その後も、数分にわたって俺と兵士はガミガミ言い争いを続けた。


 サチコの可愛さを全力でアピールする俺。

 それをすべて否定していく兵士。


 俺たちの言い争いに愛想をつかせたのだろうか。

 サチコはくるっと回転して俺の拘束から逃れ、着地するとともに俺の影に吸い込まれるように消えてしまった。


 後には、呆気にとられる兵士と俺が残された。


「……きっと俺たち、疲れてるんですよ」


「……そうだな」


 兵士は釈然としない様子だったが、サチコが消えてからはあっさりと通してくれた。


 そのまま、サチコは俺の影からしばらく出てこなかった。

 



 仮面の中で大きく深呼吸する。

 胸が空くような自由の空気。


 ここから冒険が始まると考えると、胸が躍った。


 村に立てかけられた看板を読み上げる。


「ここは勇者の街、ホッキア」


 どう考えても“街”というほど栄えている所ではないのに、そう言い張るところに意地とプライドを感じた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る