第7話 禁じられた種

 ────禁種。

 人類種にとってあまりに危険性が高いため、素材としての価値より、絶滅させる価値が優先される魔物のこと。


 これまで、人間はこれらの魔物の根絶に全力を注いできたらしい。

 そして、多くの犠牲を出しながらも、その大半を絶滅に至らしめてきた……らしい。

 冊子にはそう書かれてあった。

 確かに、冊子をめくるとほとんどの禁種に「根絶済」と、大きな印が押されてある。



 意外なのが、禁種は魔物のランクも高いとは必ずしも限らない、ということだ。


 例えば、【人骨樹ユーイング・シュラヴ】。

 コイツは生物を触れた部分から骨化させていくという厄介な植物だ。

 その速度は凄まじく、すぐに人間の形をした骨の像が出来上がってしまうほどらしい。


 魔物としてのランクはE。

 “強さ”というモノサシで見るなら、コイツはゴブリン並みの強さだ。

 ぶっちゃけ植物なので、自分から何かを仕掛けてくることはないのだろう。


 推測するに、「危険な割に素材としての使い道もないから絶滅させちゃおうぜ!」みたいなノリで禁種に指定されている。

 だが、黒い骸骨の印の数を見る限り、この植物にも相当数の人間がやられたらしい。


 ついでに、【人骨樹ユーイング・シュラヴ】は「根絶済み」ではなかった。

 冊子によると、今も時々森林地帯などに自生しているらしい。

 発見した際は中級以上の火魔法で焼却することが推奨されていた。

 ……やっぱり、魔法にもランクってあるんだ。


 もちろん、【曙光龍アークトゥルス】のように禁種であることと高いランクを兼ね備えている魔物も存在する。

 【亜神】というランクは、Sランクを超えた先にあるものらしい。

 ここまでくると、大災害と同じような扱いをされたりするんだろうな。

 悪いことに、【曙光龍アークトゥルス】のページにも、「根絶済み」の印が押されていなかった。


 コイツと魔王、どちらがより強いのだろうか。

 魔王とやらがもしコイツより強いなら、もう、元の世界に帰れる気がしないんだが……

 「化け物には化け物をぶつけんだよ」ということで、魔王と【曙光龍アークトゥルス】を同士討ちにしたりとか、できないのだろうか。



 また、禁種は単純な力量というよりも、特殊な能力を兼ね備えている魔物が多いことに気付いた。


 毒ガスを噴出し、広域を不毛の地に変えてしまう魔物。

 快楽物質を大量に放出し、人間を堕落させる魔物。

 禁忌の知識を人間に植え付け、異常行動を引き起こす果実。


 これらは全て「根絶済み」だが、これまで多くの犠牲を生んできたようだ。

 単純に「強い」という理由で禁種指定されていたのは、【曙光龍アークトゥルス】を含めごく少数だった。

 まあ、こんな化け物がウヨウヨしていたら、とっくに人類なんて滅んでるよな。



 そのまま冊子を眺めていると、気になる魔物を見つけた。

 【寄生粘体スライム・ネグレリア】。

 ランクCの魔物だ。


 スライムというと、有名なRPGのせいか弱いイメージがあったので、Cというランクは意外だった。

 魔物単体の力としても、シルバーウルフと同等ということか。

 オオカミと同レベルって、結構強いな。


 この魔物のページも、他の禁種と同様に黒い骸骨で覆い尽くされていた。

 魔物としての強さと禁種としての危険度は、本当にまったく関係ないんだろう。


 【寄生粘体スライム・ネグレリア】の詳細を見てみる。

 「あらゆる生物種に寄生し、その身を喰らい尽くす」と書いてあった。

 名前そのままのエグさじゃねえか。


 だが「根絶済み」の印を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 ────助かった。

 こんなヤツと、鉢合わせるのだけは御免だからな。




 一通り掲示板を眺めて、情報収集を済ませた。

 その後、俺は冒険者登録のために受付に向かった。


 受付に行くと、前髪を切りそろえたお姉さんが笑顔で対応してくれた。

 高級な苺のような、少し紫がかった赤の髪色だ。

 ……美人なので、ちょっと緊張する。


「おはようございます、本日はどのようなご用件で?」


「あ、あの、ギルドで登録を行いたいのですが……」


「あぁ、冒険者志望の方ですね。

 では、こちらの水晶に手をかざしてください」


 受付嬢は慣れた様子で案内してくれた。


 彼女の案内に従い、素直に水晶に手をかざした。

 水晶の下には、薄い板が何枚も備え付けられていた。

 水晶からビームでも出て、ギルドカードが出来上がったりするんだろうか。

 そうだったら、何気にハイテクだな。

 「ハイテク」って言葉自体が、もう古い気もするけど。



 ────ここでふと、重要なことに気づいた。

 とっても大切なこと。


 俺、名前バレたらヤバいんじゃね? 


 神殿には、既に俺の名前が知れ渡ってるわけで。

 ギルドに神殿から逃げてきたことがバレたら、下手すると一生無職なわけで。


 ここで本当の名前が板に刻まれるのは、マズい。

 一瞬で、身元がバレる自信がある。


 ────それに気づいて直ぐに、水晶が輝きだした。


 ……うわ、なんだこの色、キモッ。

 ヤンチャな小学生が水彩画を描き終えた後のバケツの水みたいな。

 エイリアンの体液を濃縮したみたいな。

 とにかく気持ち悪い、緑色の光。

 そのような光で、カードに文字が刻まれていく。

 受付嬢も、その色に若干引いていた。

 ……何でこんな汚らしい緑色が、俺から出てくるの?


 水晶はますます輝きを増していく。

 室内が濁った緑色に包まれる。

 壁面のすべてを、混沌とした緑色が埋め尽くす。

 一面のクソ緑。


 ────そうだ、そんな緑色に目をくれてないで、とにかく名前を誤魔化さないと。

 即席の偽名を思いついた俺は、それを頭の中で連呼した。


 俺はジョン・ドゥ、俺はジョン・ドゥ、俺はジョン・ドゥ。

 間にあえ、間にあえ。



 光が収まり、ギルドカードが完成した。

 それを誰にも見られないように、すぐに手に取る。

 出来立てホカホカのギルドカードは、ホカホカとかいうレベルじゃなく熱かった。


「熱ッ、熱!」


 焦げる、焦げる! 

 芸人ばりのリアクションをしながら、慌ててギルドカードを確認する。


 名前の欄には「拝村ケイスケ」と、自分の名前がそのまま刻まれていた。


「ハイッッ!!」


 それを見た途端、俺はギルドカードを思いっきりへし折った。

 パイ生地のお菓子のように、パキッと小気味のいい音が鳴る。


 受付嬢の方を見て、出来る限りのスマイルで頼み込んだ。


「……ギルドカード、もう一度発行することって、できますか?」


 口角がうまく上がらない。

 笑顔がすごい引きつっているのは自分でもわかった。

 表情を誤魔化すのは苦手だ。


「できるには、できますが……」


 受付のお姉さんは笑顔ままだ。

 ただ、目元は細めているのに、先ほどとは違う“スゴみ”を感じる。


「そう言って、暴れだす冒険者志望の方も多いんですよね。

 『自分の実力はこんなもんじゃない』って。

 ────だから、次こそは、お願いしますよ?」


 いつの間にか、受付嬢の背後にはボディビルダーみたいな体型の大男が二人並んで佇立していた。

 ギルドを出入りしている並みの冒険者よりも、明らかに体格がいい。

 なぜか、お尻の穴がキュッと縮みこんだ。


 「ワカリマシタ」と小声で返事をして、再び水晶に手をかざす。

 さっきは右手だったから、今度は左手だ。

 根拠のないおまじない。


 ────俺はジョン・ドゥ。

 頭の中で何度でも唱える。


 再度、緑の光が室内を染め上げる。

 出来ることなら、こんなキモい光は二度と見たくなかった。

 その色の出自が自分自身なのだから、なおさら気分が悪い。



 光が収まる。

 今度は、ギルドカードが十分に冷めたであろうタイミングで手に取った。

 きっと、もう一回作り直すのは不可能だろうから。

 受付嬢と二人のガチムチの視線が痛い。


 幾分かの焦燥を伴って、俺はギルドカードを覗き込んだ。



名前:ジョン・ケイ・ドゥムラ

レベル:1

HP:50/50

MP:180/500



 よぉしィッ!

 自分の本名ケイスケ・ハイムラとジョン・ドゥが中途半端に組み合わさっているが、一応名前の原型は分からないようになっている。

 しかも、まさかのミドルネーム付き。

 偽名だが、日本人の俺がまさかミドルネーム持ちになる日が来るとは思わなかった。

 「ドゥムラ」という言葉の響きが若干ダサいが、まあ良しとしよう。


 レベルと勇者二人よりHPが少ないのは仕方がないとして、気になるのはMPだ。

 最大値が桁外れに多いのは、嬉しいけど、まあいい。

 ……嬉しいけど!


 それより問題は、使った覚えもないのに半分以上もMPが減っているということだ。


「……カードの作成って、どのくらいMP使うんですか?」


 受付嬢にギルドカードを差し出して尋ねてみた。

 受付嬢は、先ほどの“スゴみ”が消えて、笑顔に戻っていた。

 ────あぁ、絶対、敵に回したらダメなタイプの人だ、この人。


「カードの作成には、MPは10しか使用しないはずですが……というか、MPの最大値がとても多いですね」


 受付嬢は俺のカードを見た瞬間、驚きの色を顔に浮かべた。

 食い入るようにギルドカードを見つめている。


 ガチムチ二人も受付嬢の後ろからカードを眺めている。

 お前らも見るのかよ。

 プライバシーだぞ、シッシッ。


「MPがかなり減少してますね。

 先ほど、すでに魔物狩りに行ったりはしましたか?」


「いえ、別に……田舎出身なんであまり詳しくないのですが、MPが500あるって、具体的にはどのくらいの量なんですか?」


 サラッと嘘をつく。

 本当はこの王国よりも都会の出身だ。

 東京だぞ、東京。


「……レベル1でこの数値は、私は見たことがないですね。

 レベル1の冒険者のMPは大抵が20、多くても30程度です。

 先ほどの水晶でのギルドカード作成は、ステータスが実戦レベルではない冒険者志望をふるいにかける、という意味でも重要な役割を持っているのですが……」


 受付嬢曰く、ギルドカード作成の際に用いた水晶は、個人の魔力から簡易的なステータスを再現するもの……なのだとか。

 通常は、ステータスを見るためには火・風・土・水の四元素、そして投影魔法の素質が必要らしい。


 この水晶は、それらの素質を限定的に肩代わりしてくれるという。

 そのため、たとえいずれかの魔法の才能が致命的に無くても、ステータスを部分的に見ることが可能になるんだとか。


 魔法に関する基本知識を持ち合わせてはいないが、大体のことは伝わった。

 これらの素質のどれかが俺には欠けていたから、「ステータス・オープン」できなかったわけか。


「最大値の、この500という数値は一般的な魔法使いが一生をかけて到達する水準のものです。

 レベル1でこの数値に到達する可能性がある者を、あえて挙げるとするなら────」


 ────勇者、でしょうか。


 勇者である、鷲峰や吉田のステータスを思い出す。

 彼らのMPは300や400だった。

 巻き込まれた俺が、MPで彼らを超えているというのは、少し違和感があるが……

 フフ、ちょっと、優越感。


 もう一度、自分のギルドカードに目を通す。


名前:ジョン・ケイ・ドゥムラ

レベル:1

HP:50/50

MP:140/500


 ────ん?? 

 あれ、さっきよりMP、だいぶ減ってない?

 受付嬢と話しているうちに、グングンMPが減っている。


 ……あ、今141に回復した。

 つまり、MPは回復するが、それを上回るペースで何かにMPを使い続けている状態ってことか。


 ここで思い出したのは、自分の“物をズラす魔法”だ。

 いや、でもまだ固有魔法を使った覚えがないし。

 何かが目の前でズレた、なんてことも起きていないし。


 ここで、ハッとした。

 ────もしかして、俺の感性がズレているせいで、考え事をするたびに固有魔法が発動されている、なんてこと、あったりして。


 そんなこと、ある? 

 いや、あるかもしれない。

 ……マジかぁ。


 突然凹んだ俺を見て、「褒めたはずなのに、なんでこの子は落ち込んでるの」と、受付嬢は目を白黒させていた。


 そうしているうちにも、MPは142、143と回復していった。

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