第6話 ギルドに行こう

 まだ早朝なのに、様々な店が既に開いていた。

 異世界の朝は早い、といったところだろうか。


 大通りを歩いていると、ときどき馬っぽい生き物とすれ違う。

 ────というか、馬そのものだ。

 この世界ミグリットにも、馬っているのか。

 土埃を巻き上げながら鞭打たれて、彼らは荷物を運んでいる。

 マゾヒストなら喜ぶだろうが、マゾヒストな馬がいるなんて聞いたことがない。

 朝から大変なものだな、と心中で馬に労いの言葉をかけて、路傍の店々に視線を移した。

 

 探しているのは道具屋、食堂、そして冒険者ギルド。

 この3つだ。


 歩いていると、ギルドといっても様々な種類があることを知った。

 鉄工ギルドや食肉ギルドなどの建物を道中で見かけたからだ。

 様々な職業にそれぞれギルドが存在しているようだ。

 中には靴磨きギルド、なんてものもあった。

 ……生活は、大丈夫なのだろうか。


 異世界といえども、流石“王都”と言うべきか。

 薬屋や本屋など、様々な種類の店が目につく。

 多くの建物が立ち並ぶ様は、日本の地方都市顔負けのレベルだった。


 少し首を上げれば、遠くに朝靄にかすんだ神殿の尖塔が見える。

 通りを振り返れば、神殿より遠く、王城の瓦が朝日を反射して光っている。

 きっと、あの二つの建物がここの住民にとって、精神的な支えにもなっているんだろうな。

 ────俺からすれば、災いの象徴でしかないが。

 純白の尖塔の眩しさに目を細めて、最初に見つけた道具屋に入っていった。



 道具屋でローブ、ナイフ、羊皮紙とペン、非常食やランタンなど、万が一の時に必要そうなものを買って、店を後にした。

 金貨を店員に手渡すと、「金貨入りまーす!」と店の奥まで大声で報告されたのにはビビった。

 飲食店で一万円札を出した時と、まったく同じ店員のリアクションだ。

 こういうところは、この世界ミグリットでも元の世界と変わらないらしい。


 金貨は相当価値のあるもののようで、革袋の中でお釣りで渡された大量の銀貨と銅貨が、歩くたびにジャラジャラ鳴った。

 このことも相まって、荷物は金貨を渡す前より、かなり重くなってい

た。

 今は「スラれたらどうしよう」と、ひたすらキョロキョロ周りを見渡しながら街道を歩いている最中だ。


 惜しかったのが、道具屋にマッチが置いていなかったことだ。

 魔法が存在する世界だからだろうか。

 火魔法を使えない俺にとって、少々痛い。

 このままでは、ランタンも無用の長物になってしまう。

 早く、どこかで火魔法の使い方でも学びたい。

 ……ま、後でもいいか。

 



 路地裏でローブに着替えて、今は出店で買ったサンドイッチに似たものを食べながら、ギルドを探した。


 この食べ物は“サルコン”というらしい。

 二つに分かれた柔らかいパン生地に、大雑把に野菜や肉が詰め込まれている。

 ソースなどはかかっておらず、素材の味そのままといった感じだ。

 すごく草っぽいし、すごく肉っぽい味がする。


 一口齧るたびに、胃にストンと落ちていくのを感じた。

 やっぱり、空腹は最高のスパイスだな。



 ────今頃、神殿内は俺の不在で大騒ぎになっているだろうか。

 サルコンを味わいながら、そんなことを考えた。

 髭面の騎士が不真面目で、あのまま繁華街で豪遊したりしていたら嬉しいんだが。

 報告が遅れるほど、俺が見つかりにくくなるから。

 それは、ちょっと期待しすぎか。


 ……吉田はともかく、鷲峰は悲しむだろうな。

 落ち込んだ彼の姿を想像して、少し申し訳なさを感じた。

 それに、このまま一人で旅をすることにどこか心細さを感じている自分がいる。

 彼の気楽な性格が、異世界に来たばかりの俺を助けてくれていたんだな。


 あとは、吉田が上手いことやってくれていたら喜ばしい。

 「まだ神殿にいるんじゃないですか?」とか「トイレにずっとこもってましたよ」とか言って、時間を稼いでいてくれたらありがたいんだが。

 いや、アイツの性格だと、むしろ俺が逃げたことをダシにして、自分が脱出するための足がかりにするかもしれないな。


 ────魔王討伐を2人に投げ出した俺が、いろいろ邪推するのも悪いかな。

 割り切って、俺は俺の道を行こう。




 冒険者ギルドの建物は、非常にわかりやすかった。


 ────ドラゴンの顔に剣がクロスされているような模様。

 それが描かれている盾が、軒先に吊るされていた。

 さらに、軽装の防具を身につけた屈強な男が出入りしているのだ。

 これでギルドじゃなかったら、逆に驚きだ。


 暖簾をくぐって中に入る。

 受付があり、酔い潰れた壮年の男がうなだれている机があり、多くの武器が壁に立て掛けられている。

 間違いなく、冒険者ギルドだ。


 特に壮年の男が酒に酔っているのが高ポイントだ。

 ギルド感マシマシアブラカラメ。


 ふと、入り口の側にある巨大な掲示板に目が入った。

 横に5mメートル以上はありそうな掲示板。

 そこには、多くの依頼が無造作に貼り付けられていた。


 掲示板の正面に立って、それらを読み上げていく。


 Fランク、クシャナ草の採取。

 Eランク、ゴブリン三頭の討伐。

 Cランク、シルバーウルフ一頭の討伐。


 ────おぉ、いかにも冒険者ギルドっぽい。


 依頼を受けられる母数が異なるからか。

 それとも、単に強力な魔物が少ないからか。

 ランクが上になるにつれて、依頼の数は少なくなっていった。


 最低ランクであるFランクから、Cランクまでは依頼の量がさほど変わらない。

 だが、B-ランクになると依頼は少なくなりはじめる。

 B+ランクより上の依頼は、両手で数えられるほどしかなかった。

 また、難易度が上がるにつれて、報酬金も上昇するようだった。


 それぞれの依頼には、骸骨の形をした印がされているものがあった。

 ゴブリンだと、赤い骸骨の印が三つ。

 シルバーウルフだと、青い骸骨の印が一つと、赤い骸骨の印が八つ。

 その魔物のせいで、亡くなった人の数らしい。

 それぞれの骸骨が表す人数は、まだわからないけど。

 それを見て、俺は「なむなむ」と両手を合わせた。



 建物の中をぐるりと見渡す。

 朝だからか人はまだ少ないが、紫のローブを羽織った魔法使いっぽい人や、金具を握りしめて握力を鍛えているマッチョまで、様々な人がいた。

 ……あれだけ強キャラ感を漂わせている人たちが冒険者をしているのに何人も亡くなるなんて、Cランクでも相当強いんじゃないか?


 こうなると、一番難しい依頼を探したくなるのが男のサガといったものだ。

 人が死んでいることを考えると不謹慎だが、強い魔物にワクワクしてしまう自分もいた。

 この世界ミグリットの情報収集がてら、掲示板の依頼を次々に眺めていった。



 掲示板は大きいが、一番高いランクの依頼はそれほど時間をかけずに見つけることができた。

 その依頼だけ、骸骨の印の数や、種類が際立っていたからだ。


 ────A+ランク、アトラク=ナクア1頭の討伐。


 これが、現在依頼されている最高ランクのもの。

 もはや、魔物の名前からどのような外見なのかパッと思い浮かべることができない。


 依頼主は、なんとロフェメ王国の国王その人だった。

 「プシェミスル・ヴァーツラフ」という名前らしい。

 ……メッチャかっこいい名前してるな。

 国王が依頼しているということは、魔物一頭で国家レベルの災害ということか。

 報酬金は、破格の金貨50枚。

 肝心の骸骨の印は、黒い骸骨が一つ、青い骸骨が三つ、赤い骸骨は十五つだった。

 

 他の依頼を見ていて気づいたことだが、赤い骸骨が20個で青い骸骨一つになるようだ。

 ────ということは、このアトラク=ナクアなる魔物は、少なくとも75人プラス黒い骸骨の人数、冒険者を殺めているということになる。


 ……仮に黒い骸骨一つで100人の犠牲だとすると、175人が亡くなったのか。

 考えていたらゾッとしてきた。

 半ば強引に、想像をシャットアウトした。



 ────そのとき、ふと、掲示板の右端に置かれている冊子が目についた。

 「禁種一覧」とだけ、記されている。

 なんとなく手にとって、冊子のページをめくってみる。


 ページをめくって、自分の目を疑った。

 冊子は、依頼の用紙が束ねられたものだった。


 それはいい。

 ただ、骸骨の印が尋常じゃない。


 ────溢れんばかりの黒、黒、黒。


 依頼文が見えなくなるほどに、黒い骸骨で用紙が埋め尽くされていた。

 冊子を持つ手が汗ばむ。

 一体、何千人、何万人が、コイツの前に命を散らしてきたのか。



 次のページに進むと、魔物の詳細がこと細やかに書き込まれていた。


 名前は【曙光龍アークトゥルス】。


 超弩級の駆体を持つ。

 アハト帝国領土内に生息。

 闇夜に出現する。

 その際に、橙色に発光する胸部を垣間見せる。

 それが、この名の由来だった。

 ランクは【亜神】────。


 箇条書きにされた特徴を読んで、絶句した。

 桁外れ過ぎて、イメージできない。

 ただ、分かることがある。


 この世界ミグリットは、こういう化け物が跋扈するところなのだ、ということ。


 これが、禁種。

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