第4話 リデュース・リリース・リサイクル
俺たちはその後も、元の世界での部活や勉強の話など、そういった他愛のない会話に花を咲かせた。
人一倍社交的な鷲峰や、召喚時の印象に反して意外と饒舌だった吉田との会話は想像以上に弾んだ。
特に、鷲峰の人たらしっぷりは凄かった。
明るくて、言葉にトゲがなくて、気が使える。
話をしていてわかったが、彼はイケメンなだけでなく、男女共に好かれるような性格の持ち主だ。
元の世界でも、
人の性格の良さを“モテるかどうか”でしか判定できない自分が、かえってみじめになってきた。
この中で、一番勇者らしいのは、彼だろうな。
話が盛り上がっても、俺たちが召喚されるとき、どういう状況だったのか、ということは誰も口に出さなかった。
いや、出せなかった、と言うべきか。
────おそらく、俺と同じようにこの2人も、召喚される瞬間が死に際だったのだろう。
そういう意味では、「トラックに轢かれる」という死に方は相当マシな部類なのかもしれない。
なにせ、痛みも時間も一瞬なのだから。
さらに言えば、痛みも感じなかったわけで。
重い病気で亡くなる間際に召喚されたなんて人も、これまでの勇者の中にはいるのかもしれない。
それを考えると、とても自分からその話題を出すことはできなかった。
窓から空を見ると、いつの間にか日が暮れていた。
結構な時間が過ぎたが、女神はまだ神殿に帰って来ていないようだった。
国王と、今後のことについて意見を交わしたりしているのだろうか。
それとも、召喚成功を記念した宴会でもあるんだろうか。
……“勇者”と言うくらいだから、国家自体の戦力にもこの召喚が大きく関わったりするんだろうな。
そうすると、結構真剣に
ようやく、緊張が解けてきたせいか、少し用を足したくなってきた。
勇者の2人に断りを入れてから席を立つ。
護衛の騎士にもトイレに行くことを伝えると、ざっくりした場所は教えてくれた。
しかし、彼らに付き添われることはなかった。
「どうせ逃げ出さないだろう」とか、考えているのだろうか。
……確かに、俺からしてみても、逃げ出す理由はないんだけどさ。
股間に嫌なものを感じ取って、せかせかと俺は部屋を後にした。
神殿は、今の俺にとって殺人的に広かった。
膀胱が破裂寸前だ。
まったく、トイレが見つからない。
……あの騎士、ざっくりと教えすぎだろ。
何が「まっすぐ行って右」だよ。
曲がり角が多すぎてどれがトイレに着く道なのか、てんで判別がつかなかった。
「────アイツは……だな」
内股で歩いていると、野太い声が次の曲がり角から聞こえてきた。
尿意を抑えつつ、曲がり角にピッタリと張り付いた。
気分はさながらニンジャだ。
この世界に、ニンジャはいないだろうけど。
「確かに、勇者が自分のステータスを見れないはずがないよな」
そう言って、甲高い笑い声がした。
角の向こうに、もう1人いるようだ。
────ステータスの見れない勇者。
俺のことを、話している。
「ま、坊主共によると、確かにアイツは勇者じゃないらしい。
巻き込まれ、だとよ。
『別の場所に召喚されたはずの勇者を捜せ』だってさ。
早速大勢が駆り出されてるらしいぜ」
「俺らもそのうち捜索入りして、退屈なここからシャバへ出られると良いけどな」
俺は尿意も忘れて、彼らの雑談に釘付けになった。
────自分が勇者じゃないと知って、正直安心した。
魔王討伐なんて、冗談じゃない。
一度死にかけたのに、何でまた死に行くようなことを、わざわざしなくちゃいけないんだ。
そのようなことを、考えていたからだ。
それにしても、巻き込まれ、か。
……こっそり、元の世界に返してくれないかな。
「で、結局アイツはどうなんのよ」
「アイツはきっと、【再利用】だな」
「こちらの世界にまで連れてこられて気の毒だが、まぁそうだろうな」
────【再利用】。
人間に対して、普通は使わない単語が聞こえてきた。
心臓が、静かに脈打つのを感じる。
「一度死にかけた身だ。
大人数の役に立つなら本望だろうよ」
「案外、勇者じゃないのに強力な魔法持ちだったりしてな」
「流石にそれはないだろ」
野太いツッコミが入る。
そして、そのまま俺のことを話題にすることはなくなった。
冷たいものが、後頭部にまで昇ってきたような感覚がした。
少し、くらくらする。
音を立てないように、ひっそりと俺はトイレに向かった。
トイレで透明なションベンを出しながら、物思いにふけった。
洋式に似たものしかなかったが、トイレは水洗式だった。
水魔法を利用して云々、といった感じなのだろう、きっと。
多勢の役に立つ。
別の勇者。
そして【再利用】。
これらのキーワードが、頭から離れない。
まるで自分が犠牲となることで、多勢の人が助かるような。
そんな騎士の発言が、ずっと頭の裏でループしている。
俺は、死ぬのは、嫌だ。
それがどれだけ、人を救うことになろうと。
身体が変に浮いているような感じがする。
首に手をずっとかけられているように、息苦しい。
トラックに轢かれてさえ、俺はまだ死ぬ覚悟ができていなかった。
何もかも白いトイレに響き渡る水音は、どこか寂しかった。
……寝れない。
ベッドの柔らかさは、身体を満遍なく包み込むように申し分ないのだが。
やけに、目が冴える。
ありがたいことに、寝室にまで見張りがつくことはなかった。
今の俺は、真っ青な顔をしているんだろうな。
この様子を見られれば、何かを勘づいたと思われてしまうかもしれない。
正直、見張りがいなくて助かった。
窓からは、月明かりが優しく差し込んでいる。
月といっても、
一つは黄金のような色で、もう一つは透き通った海のような青さをしている。
どちらも、元の世界の月とは違うクレーターの模様があった。
黄色と、水色と、それらが混ざった黄緑色。
それらの月明かりが、部屋をうっすらと照らしていた。
美しいが、それを堪能できる気分じゃなかった。
結局、女神は夜になっても神殿には帰ってこなかったらしい。
“別の勇者”の捜索のせいか、神殿内の騎士の人数は昼間よりも目に見えて少なくなっていた。
そもそも、一番守られるべき存在である女神がいないのだから、捜索の方に人数が多く割かれて当然か。
……召喚に成功したことは、どれほどの人が知っている情報なのだろうか。
“別の勇者”が見つかれば、俺は確実に【再利用】になるだろう。
────
そんなことを、俺は考えていた。
ハッキリ言って、【再利用】が何なのか分からないし、別の勇者が見つかるかもしれない以上、自分の身を守るには神殿からさっさと離れた方がいい気がした。
【再利用】が、もし命尽きるまで魔力を吸い取ることだったりしたらシャレにならない。
逃げるなら、今が一番の好機なのも事実だ。
もう一人の勇者の捜索で、神殿の騎士の数はかなり減っている。
それに、召喚したその日に逃げ出すヤツがいるとは、あまり考えないだろう。
だんだんと、逃げる方向に考えが偏りつつあった。
「寝れないのか?」
突然の声にハッとする。
吉田がこちらを向いていた。
彼の後ろに、心地良さそうに寝息を立てている鷲峰が、ちらりと見えた。
俺もこんな風に気持ちよく寝れたらな、と少し彼が妬ましくなった。
「……逃げようかなって、今、考えてた」
吉田に、素直な気持ちを吐露した。
「────いいと思う」
吉田は俺の意見に反対しなかった。
鷲峰なら、大声を出して反対しただろうけど。
「異世界では、王道的な勇者ルートより、邪道的な生き方をする方が良い、っていうのがセオリーだからな」
「それは、アニメの話?」
「……案外、この世界でも、現実でも同じことが言えるかもしれない」
吉田はポツリと、言葉を漏らした。
「俺もそのうち、ここを出る」
マジか。
「魔王、とやらは倒しに行かないのか?」
「魔王」と口に出すのは、まだちょっと恥ずかしい。
あまりにファンタジー的すぎて、その現状に慣れていない自分がどこかにいる。
現実は、命が危険にさらされているのだが。
「行かない。
メリットがなさ過ぎる」
吉田は断言した。
魔王の討伐をするメリット。
一つ目は「元の世界に戻るための魔王討伐」という目的が、偶然
二つ目の「身の安全の保証」というメリットは、どちらかと言うと脅し。
俺達に与えられたメリットは、固有魔法の習得のみ。
それも、もう済んだこと。
吉田は女神の提示したメリットを一つ一つシラミつぶしにしていった。
確かに、と思わざるを得ない。
「それに、せっかく生き延びたんだ。
もっと、この世界を見てみたい」
「……吉田は召喚のとき、なんというか、どういう状況だったんだ?」
彼を不快させるかもしれない、と思いつつも、尋ねずにいられなかった。
「────通り魔に刺された」
刺された瞬間に目の前が明るくなって、気がついたらこの世界にいた。
吉田はそう続けた。
そうか、通り魔か。
コイツもなかなかシンドい死に方してるな。
「俺は、交通事故。
トラックにボォーンって弾かれた。
……トラックに轢かれる方が、死に方としてはエグいだろ?」
「死に方でマウントを取るなよ」
あえて、おどけたように自分の死因を説明すると、マトモなツッコミが返ってきた。
「俺ら、典型的な死に方だよな」
そう言って、吉田は笑った。
昼飯のときより、その表情は柔らかかった。
会話が途絶える。
静寂。
鷲峰の小動物的な寝息だけが聞こえる。
「────物をズラす魔法」
吉田は言う。
「それが拝村、お前の固有魔法だ」
「……って、え、何で知ってんの?」
不意を突かれた。
「実際に試したから」
「試したって、お前……」
「……ま、頑張れよ」
そう言ったっきり、彼は反対側に寝返りを打って、何も言わなくなってしまった。
これ以上は手助けしない、というサインか。
ここで吉田をひっくり返して、色々聞き出したいのもヤマヤマだが、あまり騒いで鷲峰を起こしたりしたらマズいだろうな。
それで騎士が見回りにやってきたりしたら、本末転倒だ。
その後は二人の寝息を聴きながら、脱出の計画を静かに頭の中で練り上げた。
夜が更け、双子の月が真上に登った頃、俺はベッドから抜け出した。
優しい月の光は、なんだか俺を応援してくれているみたいだった。
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