第2話 捨ータス


 勇者のみが素質を持つ、非常に強力な魔法。

 それが固有魔法。


 女神によると、【女神の加護】とやらを施すことで、固有魔法の発動が可能になるという。


「それでは、手の甲を私に向けて差し出してください」


 女神の言葉に、俺は戸惑った。

 いくら何でも、ここで力を与えるのは早すぎないか? 

 もし召喚してきた勇者が大悪人だったら、その力を悪用されるかも、とか考えないのだろうか。


 そんなことを思っていると、イケメンが何の躊躇もなく女神に向かって手の甲を差し向けた。


 あ、コイツあれだ。

 髪フェチなんじゃなくて、ただ単に超がつくほどのお人好しなだけだ。


 ……でも、確かに固有魔法は気になる。

 ここで【女神の加護】を受けることで、何かしらデメリットが生まれるということも、ちょっと考えづらい。


 少し悩んで、結局は俺も手の甲を女神に向かって差し出した。

 俺たち二人が手を前に差し出すと、最後の一人だった黒髪の男も、渋々といった様子で手を伸ばした。


 それを確認してから、女神はそれぞれに【女神の加護】を施し始めた。

 俺が最後に、女神に手のひらをかざされる。

 ……女性からこういうことをされた経験があまりないので、少しドキッとした。


 俺の手の甲と彼女の手のひらの間から、緑白色のおぼろげな光が漏れているのが見えた。

 痛みなどはなく、ほんの数秒で【女神の加護】は終わった。


「……はい、これで【女神の加護】はおしまいです」


 それぞれに【女神の加護】を施し終えると、女神は一息ついた。


 ────そして、突然その場に崩れるようにして倒れた。

 一瞬のことだった。


「大丈夫ですかっ」


 一人の老いた僧侶が女神に素早く歩み寄る。

 女神の息は荒い。

 元々色のない肌が、さらに白くなっているのが見えた。

 病的な白さだ。


 反応は三者三様だった。

 ざわつく僧侶や騎士達、心配そうに見つめるイケメン、考え込んでいるような仕草をしている黒髪の男。


 女神はそのまま、神殿の奥の方へ二人の僧侶に介抱されたまま連れられていった。

 少し心配になりつつも、「卒業式の練習のとき、貧血になってこんな風に倒れた女子生徒がいたなぁ」とか思ってしまった。




 しばらくすると、豪奢な装飾の法衣を着た僧侶が一歩、こちらに歩み寄ってきた。


「勇者様がた、驚かれたようなら、申し訳ない」


 彼は左手を前に出して、縦に切るような動作をした。


 僧帽に輝く八芒星。

 他の僧侶にはこのような装飾はない。

 せいぜい五芒星くらいだ。

 女神が去った今では、間違いなく彼がこの場において、最も権威を持つ者だろう。


「まずは、己の手の甲を確認してみてくだされ」


 自分の右手の甲に目をやる。

 そこには、三叉の槍と円形や四角形が組み合わさったような紋が、うっすらと光を帯びていた。

 ……槍が何重にも図形に縛られているように見える。

 これが【女神の加護】だろうか。


 なんにせよ、いろいろと情報が欲しい。

 他の勇者にならって、俺も質問してみることにした。


「はい、質問です!」


 ピン、と俺は挙手した。


「固有魔法って、どのようなものがあるんですか?」


「私が知る限り、先代の勇者は熱を操ったり、“長さ”という概念自体を司ったりと、そういった固有魔法を使えていたようですな」


 えっ、なにそれ。

 マジでチートばっかじゃん。


 今更ながら、自分がその勇者であるという事実に胸が踊ってきた。


「これに関しては、自分で見ていただいた方が早いかと」


 僧侶は説明を続ける。


「『ステータス・オープン』と、声に出してみてくだされ」


「ステータス・オープン!」


 溌剌と、イケメンは僧侶の言葉に素直に従った。


「……っ、すごい! 

 名前、鷲峰わしみねハルト、は合ってるし。

 うわ、HPとかMPとかもある!」


 やたら興奮しながら、イケメンが何もない空間に対して息を荒げている。

 違和感がすごいな。

 側から見れば、ただのおかしな人だ。


 しかも、“鷲峰”って。

 名前までイケメンかよ。


「ステータス、オープン」


 噛みしめるように、もう一人の勇者も続いた。

 イケメンとは違い、彼は情報を味わうかのように、無言で自分のステータスを眺めていた。



 ……置いてけぼりになっている感じがある。

 俺も「ステータス・オープン」してみるとするか。


 ソシャゲの10連ガチャを引く時の要領で、グッと念じる。

 こういうのは、やっぱりドキドキする。

 少なくとも、赤点ギリギリのテストが返却されるときよりは。


 チート級の固有魔法、来い!


 願いを込めて、俺は唱えた。


「ステータスゥ……オープン!」


 ……

 …………


 あれ? 

 出ない。


 いくら待っても、目の前に光の板だったり、数字だったりが現れることはなかった。


「おお! 固有魔法、オフルマズドの……」


「……」


 呆然としている俺に気づいたのか、2人の視線がいっせいにこちらに向く。

 八芒星の僧侶に至っては、「あちゃー」といった感じで顔を手で覆っていた。


 異世界で、こういう状況になった時に言うセリフは。

 ほら、アレしかないだろ。


 一拍置いて。


「────もしかして俺、なんかやっちゃいましたァ!?」


 キマッた。


 ドヤ顔で、勇者2人と僧侶に目配せをする。


 いずれも、無反応。


 ……あぁ、これ、マジでやっちゃったやつだ。




「なんで俺だけ何も出ないんだよ!」


 謎のお肉を思いっきり咀嚼しながら、勇者2人に向けて愚痴った。


 それにしてもこのお肉、無茶苦茶美味しいな。

 消しゴムみたいな弾力だ。

 なんか茶色い酸っぺえソースとよく合う。


 現在、俺たち3人は昼飯をとっている最中だ。

 「転移の疲れもありますでしょうし」と、俺のステータスが出ないことについてはナアナアにされ、この部屋に案内されてきたわけだ。


 後ろには、護衛の騎士が2人付き添ってくれている。

 彼らはきっと、俺らの見張り役でもあるのだろう。


「お腹が膨れたら、出来るようになるかもしれないよ?」

 

 鷲峰はそう言って、俺を慰めた。

 整った顔でそう慰められると、なんだか余計に悔しくなってくる。



 僧侶の一人に尋ねて聞いた限り、女神は体力がある程度回復した後、俺たちの召喚が成功したことを国王に報告しに行ったらしい。

 “女神”なんて大そうな肩書きながら、案外忙しそうだ。

 ふんぞりかえっている暇がないというのも、なかなか大変そうだな。



 ロフェメ王国。

 それがこの神殿の座する国の名前だった。


 女神と国王、どちらの地位が上なのか知ることは、まだできていない。

 だが、もし自分たちの世界と同じならば、女神の方が高貴な身分なのだろうな。

 王権神授説や法皇などなど。

 神であれ宗教であれ、それらは権力の正当性を主張する根拠となってきたはずだ。

 


 俺が様々に想像を繰り広げていると、「あ、そうだ」と、鷲崎は唐突に手を打った。


「自己紹介していかない? 

 僕たち、まだお互いのことをよく知らないからさ」


 相当こういったことをやり慣れているようで、俺らの返答も聞かずに「じゃあ僕からね」と彼は自己紹介を始めた。


「僕の名前は鷲峰わしみねハルト。麹町高等学院に通ってます。

 ……あー、通ってました!」


 麹町高等学院、どこだよ。

 高校受験の時に、自分の学力に近い偏差値帯の高校はあらかた調べたけど、そんな高校あったっけ?


「固有魔法は【オフルマズドの翼】。

 触れたものの順位を操る魔法、らしいです!」


「えっ、強ッ!」


 思わず声を上げる。

 順位を操るということは、長さの概念を操れる先代の勇者と同じ感じか。

 順位を操れるとか、絶対強いじゃん。

 自己紹介に乗り気じゃなさそうだったもう1人の勇者も、明らかに反応している。


 ……というか、魔法名って全部こんな感じなの?

 なかなか中二病みを感じる。

 実際、口に出すときは恥ずかしいかも。

 強さが伴えば、それもまたカッコよく思えてくるのだろうが。


「じゃあ、その魔法でなんかやってみてよ」


 俺の言葉に「えー」と返しつつも、満更でもなさそうに、鷲峰は蒸した芋のようなものが乗った皿を手に取った。


「えーと、【オフルマズドの翼】!」


 魔法名を唱えると、鷲峰の右肩に一つの翼が形成された。

 翼は光の粒で構成されていて、それぞれが少し揺れているのが見える。


 光の片翼は、鷲崎の容姿が整っているからか、なかなかサマになっていた。

 だが、その容姿で片手に芋の乗った皿を持っているので、シュールさが勝っている。

 そういう現代アートみたいだ。


 鷲峰は少し息を吸ってから、魔法を続けた。


「じゃあ、このお芋を上位に!」


 芋が少し輝いたと思った、瞬間のことだった。


 轟音。

 芋は皿の底を突き抜けて。

 大理石のぶ厚い机をも突き抜けて。

 白い大理石の床さえ突き抜けていった。


 物が折れる重々しい音が、連続して鳴り響く。


 沈黙。

 後に残ったのは、芋の形をした穴だけだった。


 机も床も、芋の形に綺麗にくりぬかれている。

 突然のことに、後ろにいた騎士2人も思わずのけぞっている。


「どこまでいったの、これ」


 底の見えない穴を覗きながら鷲峰に尋ねた。


「……わかんない」


 彼は頬を赤らめて答えた。

 ……照れとる場合か。

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