最悪のテロリストまたは救国の英雄と呼ばれた男の告白

kaizi

第1話 告白

 この文章が読まれているということは、俺は計画を無事に実行したということだろうな。だって、そうだろう。名のないただの男の残したブログなんて、誰も興味を持って、わざわざ読む訳がない。

 これを読んでいるお前が、一番知りたいことはわかっている。

 お前は、社会学者か歴史学者か。それとも怖いもの見たさのただの野次馬か、そのどちらかだろう。前者だったら、まさに最高だが、まあそれはどっちでもいい。どのみち俺には確認のしようがない。ただ、そうであってほしいと妄想するだけだ。

 どっちにせよ、なぜ、あんなことをしたのか、その動機を知りたいんだろう。

 ちなみに、マスコミでは俺が事件を起こした動機はどういう風に報道されたんだ。死を目前にして、精神的にマイってしまい、自暴自棄になった上での行動、そんな感じじゃないか。

 あるいは、背後に何らかの大ががりな組織がいて、その命令を受けての行動・・・そういった陰謀論めいた話しになっているのかもな。

 もちろん、俺は、そんな一時の感情から破れかぶれになって行動を起こした訳ではないし、一方で、何かご大層なイデオロギーや正義のために動いた訳でもない。

 もっと、単純な動機だ。たぶん、お前のような普通の価値観を持つ人間でも理解できる極めてまっとうな理由からだ。


 俺は永遠に生きたかったから、あんな行動を起こしただけだ。


 なんだ、やっぱり、ただの頭がイカれた男の凶行だったかと興ざめしたか。まあ、すこし待てよ。

 今から、俺がいう説明を聞けばお前も納得するはずだ。

 お前がこれを読んでいるのが何年後か何十年後かはしらないが、少なくも俺がいた時代より未来であることは確実だ。

 だから、俺の同時代の人間より理解が早く進むはずだ。

 今これを書いているのは、2020年だから、なかなか「永遠に生きる」ってことを理解できる人間がいないが、未来ではそうではないはずだ。

 今の時代にだって、大きな声には出さないけれど、そういう思考の人間はけっこういるはずだ。

 あと数十年生きていれば、けっこうな確率で、永遠に近い寿命を獲得できそうだと・・という希望を抱いている人間が。

 それほど、技術の進歩は凄まじいものがある。もちろん、俺は専門家ではない。だが、専門家でなくとも、ある程度の知性と好奇心があれば、進んでいく方向性くらいはなんとなく理解できる。

 俺は、いわゆる学者や知識人たちが出しているそういった分野の本を読み漁っていた。

 そこで、出した結論はこうだ。

 未来がどうなるかはわからない。だが人類は、指数関数的な技術革新によって、数十年で、人類の生活環境は未曾有の変化を遂げることになる・・・とね。

 まあ・・・正確に言うと、これは俺が出した結論ではない。

 俺が生きている現時点で、多くの知識人たちが、そう予測しているというだけのことだ。

 もちろん、未来を正確に予言することはどんな学者にも不可能だ。だが、自分より多くの情報を持っていて、そういった研究に時間を割いている頭の良い連中が揃って同じようなことを言っていたら、その意見を参考にするのは当然だろう。

 天気予報で、明日は、90%の確率で雨が降るとなっていたら、たとえ、朝晴れていても、傘を持っていくだろう。つまり、そういうことだ。

 まあ、これを読んでいるお前が、まだ俺の時代から数年しか経っていなかったら、こう疑問に思うかもしれない。


 いったい何言ってるんだ、そんなこと聞いたことがないぞ・・と。


 それは、お前が見たり、考えていることが、あまりにも近い未来だからだ。どこかの芸能人や政治家のスキャンダルだったり、あるいは自分の好きなアニメ、ゲーム、漫画、はたまた会社や誰かの炎上記事ばかり見ているんじゃないのか。

 まあ・・・別に責めている訳ではない。俺だって、似たようなものだ。

 明日の仕事の締め切りを考えてウンザリして、毎月の給料が数万円でも上がらないかとコスパの良い副業ネタを探して、土日が来るのを心待ちにしていた。で、肝心の土日は結局、アニメの動画を見たり、ゲームをして、無為に過ごしていた。

大半の人間は、明日や一ヶ月後、せいぜい一年先の未来しか考えないものだ。だから、当然、多くの注目、PVを集めたかったら、そういうネタを書いた方がいい訳だ。ニュースサイトで、「科学」のタグなんて、誰もクリックしないだろう。

 ただ、世界には色々な人間たちがいる。そういう目先の話しではなくて、経済的余裕を持ちながらも、もっと先の未来を考えているインテリたちが少数いる。

 もっとも、そういう科学者たちは、高度に専門的で細分化された自身の研究をするのに日々忙しくしていて、何かを発表するとしても、せいぜい論文を出すだけだ。もちろん専門外の人間・・・俺みたいなエセエリートが、そんな論文を見ても、内容は到底理解などできない。

 ただ、中にはそういう研究をしながら、大衆を啓蒙したいという変わり者もいる。そして、大衆向けにそういう小難しい話しをなるべく簡単に訳して、ひとつの本にまとめていたりする。

 もちろん、簡単にしたとはいえ、テレビのワイドショーやドラマを見るよりは大分頭を使う訳だから、マスに売れる本ではない。

 そもそも、文字しかない本を読む人間ってだけで、だいぶ少数派だ。

 だから、そういう本は、当然、値段はそこそこするし、たいてい著者は欧米圏の先進諸国の人間だから、日本語に訳されて書籍になるのはごく僅かだ。

 それでも、ありがたい事に今でも、数千円払えば、年に数冊はそういう本を日本語で読める。

 俺は、日々の会社での仕事にウンザリしながらも、それを変えようと思うほどには待遇が悪くなかったから、時間があれば、気軽な現実逃避として、そんな未来について書かれた本ばかり、読み漁っていた。

 そして、前述の結論に巡り会えた訳だ。だから、俺は、今の生活に不満を感じながらも、未来に大きな希望を抱いていた。

 あと、二十年ほど、このストレスよりも、満足感がわずかに上回る生活を続けてさえいれば、「すばらしき新世界」の住民以上の生活を永遠に送れるようになるとね。

 その世界での暮らしが、仮想世界の中だろうが、相手をするのが人間ではなくAIだろうが、脳をハックされた末の偽物の幸福感に浸るだけだろうが、そんなことは些細な問題だ。

 なんであろうと、脳がそれを現実だと認識しているのならば、それはリアルな体験と何ら変わらないのだから。

 現実の大半の人間は、マトリックスのネオと違って、名前は思い出せないが・・あの裏切り者のように、永遠に目覚めないことを望むはずだ。ましてや、完璧な幸福感を与えてくれるマトリックスなら、なおさらだろう。

 世界中の最先端の学者や巨大IT企業たちが、日夜しのぎを削って、そんな技術を実現しようとしている。

 凡人の俺ができることといえば、そうした奴らの邪魔をしないように、せいぜいスマホ片手に、ググって、ユーチューブやインスタを見て、アマゾンでショッピングをして、お布施をするくらいだ。

 そんなことを想いながら、日々をやり過ごしていた。いや、今思えば、それなりに充実していたのだろう。だからこそ、行動を起こさず、現状維持の生活を続けていたのだろう。


おいおいなんだそりゃ?いくらなんでも、頭がお花畑すぎやしないか?


 そう、思ったか。

 そりゃ、俺だって、そんな未来が100%おとずれるとは思っていなかったさ。温暖化や核戦争で、もしかしたら、人類の文明が後退する可能性だってそりゃあるだろう。

 あるいは、中国やロシアのような国家がそうした技術を使って、二十一世紀版の「1984」を実現するかもしれない。

 だが、俺は人類の叡智の方に賭けていた。だって、それは歴史を振り返れば、あきらかだろう。

 つい百年前まで、世界の列強のインテリたちですら、「戦争は精神を高揚させる素晴らしいものだ」と声高に唱えていたのに、今はどうだ?

 北朝鮮の独裁者だって、「やむを得ない自衛のために攻撃をする」って言い訳するだろう。

 それに、どんな国の指導者だって、建前では「人種差別や男女差別」に反対するだろうし、「人権」を重視するだろう。

 つまり、人類の倫理観はこの一世紀で、大きく向上したという訳だ。そして、それを裏付けるように、紛争の数も、暴力犯罪も明らかに減っている。


おいおい適当なことを言うな!毎日ニュースで紛争やテロのことを言っているぞ!


 そんな反論が聞こえてきそうだ。

 そりゃそうだ。酒に酔っ払って、階段で足を踏み外して、死んだ人間の方が、先進諸国において、テロで死んだ人間よりはるかに数が大きくても、誰も前者の話しには興味がないだろう?

だから、お前は、あんな事件を起こした俺が書いた文章を今こうして読んでいるんだろう。

 恐怖や不安を煽り、将来がヤバいことになるっていう記事はPVを伸ばすための上等手段だからな。

 「未来はユートピアになります」では、人々の注意を惹くことはできない。映画、漫画、アニメとかのフィクションだってそうだろう?

 たいてい未来では、ゾンビや核で文明が崩壊していたり、意思を持ったロボット〜人類を上回る知性を持ったAIが人類を排除すると決めたら、わざわざ人類に理解できる目に見える戦争など起こさないだろうが〜が人類に反逆したりしている。

 まあ、つまりだ。

 俺はこの数世紀の人類の発展ぶりを冷静に見て、未来はディストピアではなくて、ユートピアになると考えていた訳だ。

 それにだ。たとえ、「1984」のような全体主義社会になってしまったとして、二十一世紀ではダブルシンクを駆使して、自分自身を洗脳する苦労は必要ない。

 その時には、政府は、人の脳の趣向、つまりアルゴリズムを完全に分析していて、簡単に脳をハックして、心底ビックブラザーを尊敬し、崇拝するようにしているはずだ。

 だから、まあ・・・ディストピアになってしまっても、そこまで最悪なことにはならないはずだ。

 俺は、そのファシスト政府に対して、心底忠誠を抱くというシングルシンク状態になっていられるはずなのだから。


 いったい何が言いたいんだ!未来がユートピアになると思っていたから、あんな事件を起こしたってのか!


 まあ・・落ち着けって・・・まだ、話しは終わっていない。とにかく、俺は、未来はユートピアで、その世界で永遠に近い寿命を得て、幸福に生きられる・・・そう思っていた訳だ。

 それなのに・・本当についてないことに、いきなりあんなことに・・まあ、報道で知っているだろうが、末期がんで余命一年・・・なんてことになっちまった訳だ。

 その時の俺の落ち込み様はわかるだろう。

 もし、俺が30年前の世界に生きていたら、まだ納得できたかもしれない。

 「人はいずれ死ぬもの」「死は遅いか早いかに過ぎない」なんて、決まり文句で、なんとか気持ちを抑えられたかもしれない。

 だが、2020年はそうではない。

 永遠に生きられるチャンスがもう目の前まで来ているのだ。

 五十年後には、人類は寿命を数百年伸ばすことができている可能性が高い。そして、その数百年で、人類は寿命を克服し、永遠に生きられるようになるはずだ。

 俺は、その永遠の楽園で生きる権利を、奪われたのだ。

 悔しくて、眠れない夜がしばらく続いた。だが、もはや結果は変えられない。俺は必死になって、考えた。

 どうすれば、俺は永遠に生きられるのか・・と。死後、自分の体を冷凍してくれるという財団を見つけて、一瞬希望が見えたように思えた。だが、残念ながら、俺にはそこまでの金を持ってなかった。

 本当に、あの時は、絶望しかなかった。

 俺は、このまま死んで、無になるしかないのか・・・と。そんな時・・・ふと昔聞いたあることが頭に浮かんだ。

 いわく、人は、死から逃れるためには、3つの手段、「子供を作る」、「宗教を信じる」、「歴史に名を残す」を取ると・・・

 「子供を作る」ということは、知っていると思うが、既に俺は達成している。俺にはまだ三歳になったばかりの幼い子どもがいる。

 だが・・・それが何になる?

 子供は俺の遺伝子を50%共有しているとはいえ、所詮は別の人格を持つ他人に過ぎない。

 だから、俺は、自分の遺伝子を残すことが重要だとは思えない。それは、単に遺伝子が呼び起こす本能に近い原始的な感情に過ぎない。

 子供の命を犠牲にする代わりに、自分の命が助かるのなら、喜んで、子供を差し出すだろう。

 自分以上に大事な存在などこの世にはいないのだ。酷い男だと思うだろうか。

 だが、もしそういう選択肢を迫られたのなら、多くの人間は実際俺と同じことをするはずだ。

 なぜなら、少なくとも人類の数万年の歴史の中で、つい100年ほど前までは、大半の人間は実際そういう行動を取っていたからだ。

 まあ・・・結局のところ、「子供」は、死から逃げるための解決策にはならない。

 では・・・「宗教」はどうだろか。

 これも、ダメだ。死んでも、魂が残って、全治全能の神の判断によって、天国や地獄に行くだのという発想は、あまりにも楽観的過ぎてとても受け入れることはできない。

 突然だが、この宇宙の大きさを知っているだろうか。

 俺も正確なところは知らないが、今ググったら、えっと・・・・太陽のような恒星が、まず天の川銀河に数千億あって、さらにその天の川銀河と同じ大きさの銀河が数千億ある・・・らしい。

 地球の人口は現時点でも、数十億いるわな。

 この宇宙を創造した神とやらがいたとして、そんなとんでもない力を持った神がなぜ、そんな砂粒以下の星にいる、これまた砂粒以下の個人を監視していて、さらに、現代の人類の一部の価値観に基づいて、善悪を判断するんだ?

 そりゃ俺だって人間だ。自分は特別だという意識はある。だが、そこまで選ばれていると思えるほど楽観的にはなれない。

 日本人ならば、唯一神を信じていなくとも、魂や輪回転生を漠然と信じているかもしれない。だが、何故人間にだけ特別な魂があるんだ。そもそも、人間はサルから進化しただけの存在だ。その進化は数百万年の月日を経て、起きたものだ。

 さて、いつ、特別な魂を持つに至ったんだ?

 いや・・・哺乳類には魂があるんだ〜来世は一ヶ月後に出荷を待つ鶏になる可能性があるならば、魂がない方がマシだが・・・〜としても、ではそれ以下の下等生物との間を分けているのは何だ。

 まあ、そんな哲学をしなくとも、人は、結局のところ構成している物質が違うだけの複雑なコンピューターに過ぎないってことで、おおむね科学者連中の結論は出ている。

 もちろん、頭が良い連中だ。そんなことを言ったところで、大衆に非難されるし、得にもならないから、黙って、一応神の存在を信じているフリをしているにすぎない。

 さて、神もいない、魂もないとなると、残された道は、人類の歴史の中で生きるしかない。

 これが俺が出した結論だ。

 とんでもない技術的革新がこの数十年で起きることを考えれば、人類の文明は永遠に近い時間存続するだろう。

 もちろん、その過程で、今の現代の人々が描く人類とはまるで異なる存在になる可能性が高い。

 それでも、祖先の歴史は情報として一応保存するだろう。俺は、その中に、情報として残ることができる。

 だが・・・問題はただの凡人の俺が、あと、数ヶ月でどうやって「歴史に名を残す」ができるかだ。

 お前は、歴史上の有名人というフレーズが脳裏に浮かんで、思い浮かべるのは誰だ?

 カエサル、チンギス・ハン、ナポレオン、ヒトラー・・・まあそんなところか。

共通していることと言えば、みな数万人の人間を観察的に殺した虐殺者だ。

 さて・・・今お前が使っているコンピューターの理論を築いた人間は?

 頭に浮かばないだろう。今、ググったら、その偉大な人物は、同性愛の罪で投獄されて、自殺に追いやられている。

 どうやら、大衆の記憶に残るには、良い影響ではなく、悪い影響を与えた方がよいらしい。

 それに、大衆は、だいたいが適当だ。

 ヒトラーは悪の権化で意見が一致するだろうが、ナポレオンやチンギス・ハンはなんとなく英雄と考える人間も多いはずだ。

 善悪はどうても良いが、問題なのは、彼らはそれなりの規模の国家、組織の指導者だったから、あれほどの影響力を残せた。

 俺が、今から日本の指導者になるのはどう考えても無理だ。

 だとすれば、一個人の力しか持たない俺が今から「歴史に名を残す」ためにできることはなんだ。

 俺は、ここでも、先人の知恵、人類の歴史を参考にした。

 見事にあったのだ。そんな例が。

 単なる一個人に過ぎない人間、何ら偉大な功績も残していない凡人が、人類の歴史に大きな影響力を残した例が。

 という訳で、またちょっと歴史の話しをする。

 読み飛ばさないでくれよ。すぐ終わるし、俺の動機の核心部分なのだから。

 第一次世界大戦はさすがに知っているよな?

 言うまでもなく今に至る世界の歴史に大きな影響力を及ぼし、何十億人の運命を変えた大戦だ。

 そして、その直接的な原因は、一人の男が指導者を暗殺したことだ。

 おめでとう。ようやく、答えにたどり着いたな。そう、これが、俺が事件を起こした動機だ。

 もちろん、俺は第三次世界大戦を起こして、人類を滅亡させたい訳じゃない。そもそも、日本の指導者を一人暗殺したところで、その影響力は、国内にとどまるだろう。

 だが、日本の人口は今でも一億人はいるし、衰退著しいとはいえ、ひいき目に見ても、一応まだまだ世界の国家の中で影響力が大きい部類の国だ。

 それに、先進諸国の中で、国の指導者を暗殺した事例は、戦後では、日本では皆無だし、他の国でもケネディくらいだろう。

 つまり、俺の情報は残りやすい環境にあるわけだ。

 しかも、ありがたいことに、最近では、日本国内の政治は安定していて、今の首相は、歴代トップの在任期間、支持者もアンチも熱烈だ。

 さて、以上が、俺が日本国首相を暗殺した動機の全てだ。

 まあ・・・後は蛇足だが、こんな文を書いているほどに、俺が自分の計画、つまり、暗殺が成功すると思っている根拠を一応説明しておこう。

 自分の命を捨ててまで、ある目的を実行に移そうとするマトモな知性を持った人間は、極めて少ないし、そんな人間が起こす計画的行動を止めることは困難だからだ。

 計算ができて合理的な人間はリスクが高い犯罪を起こさないし、通常、自分の命という最大のリスクを犯してまで得るリターンはないはずだ。

 俺の場合は、既に自分の命がないに等しいのに、頭も体力もまだ十分働いているという珍しい状況に直面したから、行動を起こせただけだ。


お前はイカれている!残された家族のことを考えろ!


 という非難にも先回りして、答えておこう。

 死んだ時点で、全てが終わるのだ。その人間の意識、想い、感情、そんなものは死と同時に全てが終わる。

 先程の動機と矛盾するようだが、俺は死んだ後のことなど本音ではどうでもいいと考えている。

 死んだ後のことは観測できない。だから、今俺が想像することが全てだ。

 両親、妻、幼い娘・・・確かに家族がテロリストでは、辛い想いを一時的にするだろうが、死に比べればたいしたことはない。

 彼ら彼女らは、本物の永遠の命を手にするチャンスを持っているのだからそれでいいではないか。

 それに所詮、家族であっても、别人格なのだから、他人の行動に負い目を感じる理由もないだろう。

 少なくとも、俺は、両親、配偶者、あるいは子供がたとえ連続殺人犯になっても、責任は感じない。

 まあ・・・俺の場合は政治犯だから、風当たりはただの犯罪者よりはマシだろう。

 話しはこれで全てだ。


 それにしても・・・二十一世紀を生き抜きたかった。

 人類の数万年の叡智の結晶がついに大きな果実となり、紛争、病、貧困、これらが撲滅される兆候がこんなにもはっきりと見えている。

 そして、遺伝子の鎖からも解放されて、人は自らの叡智で、脳のアルゴリズムを分析し、感情を操作することさえ・・体を自由自在に作り変え、寿命を克服することさえできるようになる・・その兆しが年を追うごとに明らかに強まっている。

 あるいは、人が行う全ての行動において同レベルに近い動きができる汎用AIの開発さえ・・・現実世界と大差ない仮想空間の開発さえ・・・人類は実現しようとしている。

 そんなユートピアが間近に来ているというのに俺は、それを見ずして、無になるしかない。

 そして、それから逃れるために、俺は古来からある宗教と大差ない仮りそめの永遠にすがらないといけない。

 まったくやりきれない。

 未来を生きている・・いや生きれるお前はそんなユートピアを見られるのだから、本当に羨ましくてしようがない。

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