第2話 お嬢様、紅一点になる

「イルワーク、私やってみたいことがあるの」

「承りましょう」



「紅一点って憧れちゃうわね」

「確かに」

「この屋敷には私以外に女が多すぎるのよ」

「そうですね。お嬢様の身の回りのお世話はメイド達が行っておりますから」

「つまり、この屋敷にいる限り、私は永遠に紅一点を味わえないということよね」

「嘆かわしいことです。では、直ちにマデリーンメイド長を含む総勢101名のメイド達を全員解雇致しましょう」

「やることが過激ね。休暇ではいけなかったのかしら」

「恥ずかしながらその発想にいたりませんでした」

「さすがの私も一時の戯れのためにメイド達を全員解雇するほど愚かじゃないのよ」

「お見それいたしました」



「そんなわけで、立派な紅一点となるべく、着替えをしてきたわ」

「安定の全身タイツでございますね」

「全身タイツとは酷い言いぐさね。これはパワードスーツよ、あくまでも」

「申し訳ございません。てっきり鮮やかなピンク色の全身タイツかと」

「よくご覧なさい。腰回りがスカートでしょう。あなたの目は節穴なのかしら」

「正直ヒラヒラしているとは思っていました。時にお嬢様」

「何かしら」

「なぜ私は黄色の全身タ……いえパワードスーツなのでしょう」

「私がこんなキテレツな恰好をしているのにあなただけ無傷なんて許されるわけがないでしょう?」

「キテレツという自覚がおありだったとは。ご安心くださいお嬢様。そういうことであれば、このイルワーク。どんなにキテレツな設定を盛り込まれようとも見事演じきって見せましょう!」

「よくぞ言ったわイルワーク。それでこそ私の執事よ」


「さて、お嬢様」

「何かしら」

「確かに私、どんな設定を盛り込まれようともと申し上げました」

「ええ。血気盛んに宣言したわね」

「それはもう、血湧き肉躍るほどに。ですが――」


「この大量のカレーライスは一体何事なのかと」


「何事と言われても。イエロー系ヒーローの唯一にして最大の特徴じゃない」

「カレーを食べることが、ですか?」

「勘違いしないで。カレーだけのはずがないでしょう」

「それを聞いて安心しました。カレーだけではないのですね」

「そうよ。『大盛カレーばかり食べる小太り』よ」

「それはほぼほぼ『カレーだけ』でございます」

「何ですって」

「毎食大盛カレーばかりを食べていれば、必然的に小太りにもなろうというものでございます」

「まぁ良いわ。とにかくイエロー系のヒーローにとって、地球を守る戦士の癖に大丈夫なのかと心配になるほどのたるんだボディはマストなの。カレーの銘柄にやいやい言わずに食べるのよ」

「いえ、銘柄については一言も触れておりません」

「安心しなさい、日本のカレールーを使ったカレーよ」

「わざわざ異国からこれだけのために取り寄せるとは、さすがでございますお嬢様」

「料理長は最後まで『俺にスパイスを調合させろ。ルーなんて邪道だ』ってごねていたけど」

「料理長の本気のカレーも食べとうございましたが」

「駄目よ。あの人ナンも焼く気だったもの。小太りのイエロー系ヒーローがナンでカレーを食べていたら興ざめだわ」

「それはそうかもしれませんが」

「あの人、マンゴーラッシーまで作ろうとしてたのよ? 全く、わかってないわ。小太りのイエロー系ヒーローはひたすらカレーと水を飲んでいるものなのに。おしゃれ要素なんて不要なのよ」

「ナンもマンゴーラッシーも許されないとは、なかなか過酷なカレー縛りの旅路でございます」


「それにお嬢様」

「何かしら」

「実はお嬢様のおっしゃる『イエロー系ヒーローは大盛カレーばかり食べる小太り』ですが、案外少数派でございまして」

「何ですって」

「カレーに多大なる執着を見せていたのは初代のイエローレンジャーともう一人くらいですし、小太りという要素も案外片手で数えられる程度かと」

「そんな!」

「昨今ではイエローも女性枠だったりもしますし」

「何てこと! ピンクが紅一点ではないの?!」

「残念ながら、かなり早い段階で女性のイエローが登場しております」

「どうやら私の勉強不足だったようね」

「己の無知を素直に認められるのは美徳でございます」


「しかしお嬢様」

「何かしら」

「紅一点になって何がしたかったのです」

「それはもちろん『ちやほや』よ」

「『ちやほや』でございますか」

「そうよ。下にも置かない扱いを受けてみたいの」

「それでしたら、お嬢様」

「何かしら」

「お嬢様は常にそのように扱われているかと」

「何ですって?」

「この屋敷内でお嬢様をちやほやしていない者など恐らく皆無かと」

「何ですって? ということは、イルワークあなたも私をちやほやしているの?」

「割と強めにちやほやしている自覚はございます」

「何ということ……。私ったら、既に紅一点の対応をされていたのね」

「されていたのでございます」

「成る程。満足したわ。脱ぎましょう」

「脱ぎましょう」

「この寸胴いっぱいのカレーは責任もってあなたが全部食べてね、イルワーク」

「かしこまりました」

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