アデレナお嬢様はまだやってみたい

宇部 松清

第1話 お嬢様、新年の挨拶をする

「あけたわね、イルワーク」

「あけた、でございますか」

「ええ、あけたわ」

「申し訳ございませんお嬢様。私、ついつい我慢出来ず……」

「ちょっと待って。あなた一体何をあけたのかしら」

「今朝、食卓に並んだ塩釜焼きでございます」

「塩釜焼きだったのね、あれ。ただの塩焼きだとばかり」

「料理長を買収致しました」

「あの料理長を一体何で買収したのか気になるわね」

「30年ほど前に流行った方のビックリマンチョコ、ヘッドロココのシールでございます」

「正気の沙汰じゃないわね。結局バレてしまったのに、もったいないことをしたわ」

「今晩奪い返しに参ります」

「くれぐれも穏便にね」


「さて、思わぬところで私の罪が露呈してしまいましたが、お嬢様」

「何かしら」

「一体何があけたのでしょう」

「新年よ」

「なんと、新年でございましたか」

「私くらいになると『明けましておめでとうございます』なんて言わないの」

「確かに、お嬢様くらいになりますと、そのような物言いは少々違和感がございますね」

「そうでしょう。だから私はこう言うの。あけたわね、おめでたいわ、と」

「大変おめでとうございます。ちなみにこの場合の『おめでとう』は『おめでたい』という意味の『おめでとう』でございます。例えるならば、『美味しゅうございます』の『美味しゅう』部分でして……」

「もう良いわ、イルワーク。少々くどいわ」

「申し訳ございませんお嬢様。出すぎた真似をいたしました」

「良いのよ」

「さすがお嬢様は慈悲深くていらっしゃる」


「そんなわけで、明けたわね」

「ええ、明けました。やっとお嬢様のおっしゃる『あけた』が漢字変換されました」

「何のことかしら」

「こちらのことでございます」


「さて、明けたからには今年の抱負を述べなくちゃいけないのかしら」

「国民の義務でございますから」

「義務なら従わざるを得ないわね」


「して、お嬢様」

「何かしら」

「2020年のお嬢様の抱負は」

「そうね……。私らしくやりたいように生きるわ」

「私の記憶が確かなら、ここ10年ほど同じ抱負のような気がいたしますが……」

「気のせいね」

「気のせいでございますね」



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