第269話 何か出来ることは

「理人、あれはダメだよ」

「ダメだったかな?」


 野球部を見学した日の夜、真琴から電話があった。いつも穏やかな彼女が、珍しく険しい声で注意してくる。


「君は男の子なんだから、もっと用心しないと。ただでさえ常日頃から女に対しては警戒心が薄いのに、あれじゃあ危ないよ」

「警戒しているつもり、なんだけどね」

「全然、足りないよ! 本当に、あの変態教師には何もされていないんだね?」

「うん、特に何も。部屋に誘われたりしたけど、ちゃんと断ったし」

「あの女ッ! 絶対、行ったらダメだから。今後は、近寄らないようにすること! わかった?」

「わかったよ。あの先生には、近付かない」


 必死な口調。真琴が心配する気持ちが伝わってくる。彼女の心配を和らげるために、しっかり約束する。あの先生には近寄らないようにする。


 しかし、あんな人が野球部の顧問を務めていることが判明した。また、変な先生と出会ってしまったな。相変わらず、運が悪いのか。ただ今回は、自分より周りの人に影響が出ている。あの顧問がチームの監督ということは、かなり大変だろう。


 なんとかしてあげたいけれど、どうすればいいのか。


 部屋に誘われた件を学校に報告すれば、あの顧問の先生は異動になるかもしれない。別の顧問の先生が来てくれるかも。けれど、問題が大きくなって野球部の活動が休止になる可能性もある。そうなってしまうと、楓と真琴の2人が目指すプロの道が遠ざかってしまうかも。


 そんな展開にならないように、あまり大きな騒ぎにしたくない。顧問の先生だけをどうにかして、代わってもらうことは出来ないだろうか。


 今のままじゃ2人が顧問に冷遇されて、試合にも出してもらえずに、活躍の機会も与えてもらえないかも。


 そんな俺の予想は、当たってしまった。


「私たちが理人と同じ島から来たことを突き止めて、あの先生に嫉妬されてるよ」


 俺たちの関係を知った、顧問の先生。その後から2人に対する練習の指示も適当になり、試合には絶対に出さないという態度らしい。練習試合すら、出してもらえないらしい。


 せっかく島で鍛えてきた能力を発揮できないなんて。


「ごめん。俺のせいで、2人に迷惑かけたかも」

「そんな事ない! 悪いのは、あの変態教師だから」


 真琴が励ましてくれる。それでも、俺のせいで、2人に迷惑をかけたのは確かだ。




 野球部の顧問を他の人に代えてもらえないか。別の先生に、それとなく話を聞いてみたところ、色々な事実が判明した。


「ああ、あの人ね。昔、甲子園にも行ったことがあるらしいから、誰も彼女に文句を言えないのよ。他に野球経験のある人が、この学校には居ないから」

「なるほど、そうなんですね」


 あの顧問の先生は昔、それなりの選手だったみたい。甲子園に行ったことがあるという実績は、大きいのだろう。それと、他に野球経験者が居ないから、代わってもらうのは難しそうだ。野球部の顧問なんて、未経験だと大変そうだし。


「それから、男性を見たら誰でも声をかける、節操がない女だから。あなたも、気をつけなさい」

「はい。わかりました」


 真琴の忠告も正しかった。ここまで言われるのだから、本気で注意した方がいいのだろう。


 手詰まりだ。これ以上は、部外者である俺が介入していいものか。関係者になるため、マネージャーに立候補するか。でも、男子生徒が野球部のマネージャーになるのを許可してもらえるのか。その辺りの規則は厳しそうで、申請しても却下されてしまいそうな気がするな。


 真琴や楓、他の先生にも、あの顧問の先生には不用意に近寄るなと注意もされた。マネージャーになると、その忠告を無視してしまうことになるかも。


 今は大人しく、離れたところから見守るしかないか。俺に出来ることは、何もないのか。




 悩んでいる間に時間が過ぎていくと、楓たちの方で進展があった。


「今度、あの変態教師が特別扱いしている選手のチームと、冷遇されている私たちのチームで野球対決することになった」

「えぇ!? どういう事?」


 楓と真琴が中心になり、不満を持つ野球部員を集めて、顧問に意見を言ったらしい。自分たちも試合に出してくれと、直談判したそうだ。


「だけど顧問は部員の言うことなんて耳を貸さずに、野球部から排除しようとしてきた。それにも強く反発して、なんとか勝負に持ち込めたのよ」

「レギュラーチーム対補欠チームの勝負。私たちが勝ったら試合に出して貰う約束で、負けたら勝負を挑んだ私たちが実力不足だったことを認めて、野球部を辞める。それが、勝負の条件」


 負けたら野球部を辞めるなんて、そんな厳しい条件を受けるなんて。でも、大きな進展でもあるのか。彼女たちは、どうにかしようと必死で頑張っている。


 楓と真琴のチームには、その勝負で絶対に勝ってほしい。実力はあるはずだから、試合に出してもらえるように。


「理人にも、今回の勝負、ちょっと手伝ってほしいんだ」

「俺も? もちろん、手伝うよ。けど、役に立てるかな?」

「大丈夫。理人が来てくれたら、とても頼りになるよ!」


 楓に誘われる。俺にも、やれることがあるのか。本人よりも自信満々に、役立つと確信している真琴。彼女たちの助けになるのなら、なんでもやるつもりだ。


 そういった経緯で、勝負の手伝いを引き受けることに。

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