第268話 2人は高校の野球部へ
中学時代も、特に語るような大きな出来事もなく。淡々と過ぎていった。しかし、3年間という月日で確実に成長した楓と真琴。この先、きっと大活躍できると思う。
そして、俺たちは高校へ入学する。
小学校、中学校と同じような距離感で学校生活を送れると思っていたら、どうやら男女で分かれるみたいだ。同じ学校だけど、授業は別々の教室で受けることになるらしい。そういう制度なことを、高校に入学してから知った。本島ではそれが普通で、島の学校が特殊だった。
今までずっと一緒に過ごしてきた2人と離れて、別々の時間を過ごすことになるというのは、とても違和感があった。いつも近くに居た2人が離れただけで、こんなにしっくりこないように感じるのか。
それだけ多くの時間を、楓と真琴の2人と一緒に過ごしてきたということ。
島で暮らしていた俺たちは、本島の高校へ通うため学生寮に入った。もちろん男女別の学生寮。希少な男性には、ものすごく優遇された環境が用意されていた。
まるで高級マンションのように豪華で広々とした一人部屋に、家具や家電は最新で揃えられていて、セキュリティも凄いらしい。
学生寮の食堂に行けば料理人が常駐していて、いつでも食事を提供してもらえる。自分で料理することも可能で、新鮮な食材に、最新のシステムキッチンまで完備されている。そんな、至れり尽くせりの学生寮で新たな生活が始まった。
高校に在学している男子生徒の数は全部で10人。関岩島には、お爺さんと中年のおじさんしか居なくて、同年代の男性と会ったのは生まれて初めてだった。この年齢になるまで年の近い同性と出会えないなんて、本当に奇妙な世界だと思う。
小学校、中学校ではクラスメートの友だちを作ることが出来なかった。高校では、流石に友だちを増やそうと思って、積極的に関わっていった。そして、なんとか良い関係を築くことが出来たと思う。会ったら挨拶して、ちょっとした会話をする友人。ただ、楓と真琴ほどの深い関係までにはなれないと思うけど。
楓と真琴の2人と一緒に過ごせる時間は減ったけれど、関係が断ち切れたわけではない。彼女たちとは、短い時間だけど学校で顔を合わせたり、電話して毎日のように話していた。お互いの近況を報告して、ちゃんと把握している。
高校に入学してすぐ、2人が野球部に入部したこと。でも、すぐには試合に出してもらえず基礎練習ばっかり、やらされていること。
朝の時間。今日も校舎のすみで、2人と会って話をする。
「理人の考えてくれたトレーニングメニューと違って、成長しているような効果を全く感じない。意味あるのかな、あれ」
「僕も、あんな練習をやる意味が理解できないよ。野球部に入るより、理人と一緒にトレーニングしていたほうが有意義だったと思うな」
不満の表情で、2人が愚痴を言う。今の野球部に納得していない様子。島の暮らしから環境がガラッと変わって、ストレスも溜まっているみたい。このままだと、マズそうだ。どうにかしてあげないと。
ということで、2人が野球部で練習している様子を見学しに行ってみた。
男子生徒が学校と学生寮以外に行く場合は、許可が必要だった。それが規則。ちょっと厳しいと思いながら申請を出して、許可を貰った。ついでに案内役として部活の顧問の先生も同行してくれることに。
「部員の練習を見なくても、いいのですか?」
「いいんですよ。あいつらは練習の指示を出しているので、勝手にやってますから。それよりも、貴方の案内のほうが大事ですよ」
「はぁ、そうですか」
ちょっと会話をしただけで感じた。嫌な雰囲気のする人。話すだけで、とても疲れそうな予感がする。
「どうして見学に? 野球に興味があるんですか? 男性なのに、珍しいですね」
「えぇ、まぁ。幼馴染が野球部に入部したので」
「そうなんですか。ということは、君の幼馴染は1年生かな。でも、あんまり優秀な部員は入ってきていないけど。まあ、私ぐらいの能力ある女なんて、そうそういないからね。仕方ないことですね」
「そうですか」
なぜか、自分の優秀さをアピールしようとしてくる顧問。俺の目から見て、彼女が優秀のようには見えなかった。自信過剰で、嫌な感じ。こういう人も居るんだなぁ。島に居たときは、こんな人と出会うことはなかった。
「野球部の練習なんか見学しても、面白いものは見れませんよ。それより、部屋で私とお話しませんか? そっちのほうが、きっと楽しいですよ」
「いえ。今日は知り合いが練習している様子を見に来たので、お話はまた今度で」
「……そうですか」
親友ぐらいの関係だけど、なんとなく知り合いと言っておく。正直に話すと、面倒なことになりそうな気がしたから。そんな野球部顧問の先生は渋々といった感じで、楓と真琴が練習している場所まで案内する。
「こちらが、野球部のグラウンドです」
やる気のない声で、練習の様子を説明をする顧問。案内は、すぐ終わってしまう。練習している部員の所まで、近寄ることは許してもらえなかった。危ないから、と。しかし、部員たちがチラチラと見てくるのを感じる。
「おい、お前ら! 集中して、練習しろ!」
高圧的に部員たちを注意する顧問。彼女は、そうやって部員に言うのに慣れているようだ。色々と、危ないな。
「これで、野球部の見学は終わりです」
「もう、終わりですか」
「まぁ、そんなに熱心に見るものは、何もありませんから」
「そうなんですね」
野球部の顧問をしているのに、そんな淡白な反応で良いのか。学校から顧問をやれと言われて、強制的にやらされている可能性もあるから仕方ないのかもしれないけど。でも、引き受けた以上はもう少し熱意を持って取り組んでほしいな。
「これから、どうしますか? まだ時間があるなら、部屋で一緒にお話でも」
「見学が終わったのなら帰ります。今日は、ありがとうございました」
「えぇ、また来てください。いつでも歓迎しますから」
懲りずに、部屋に誘ってくる顧問の先生。もちろん断る。今度来るときは、隠れて見に来よう。案内役を付けられないように、別の用事で申請をして。
楓と真琴が文句を言いたくなる気持ちが、よく理解できた。
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