第260話 伝統と革新
使用すれば魔力を回復する効果を持つポーションを錬金する。素材を選び、レシピに従って錬金釜に投入する。
レシピ通りだと普通に完成するので、アレンジを加える。これでアイテムの品質を高めて、審査員の評価を上げる。
「……ふぅ」
普段よりも深く集中して、杖を回す。感覚を敏感にさせて、錬金釜の反応を見逃さないように。良い感じで安定している。けれど、気を抜かない。失敗しないように、注目し続ける。
「よし」
手順の途中で、しばらく放置する。杖を伝って錬金釜の液に送り込んだ俺の魔力が素材と混ざり合い、新たな素材へと変化していく。これが安定するまで待機かな。
その間に、相手の様子を観察してみる。
「……!」
凄い。とても集中している。あそこまで深い集中は、本当に凄いな。俺も出来ないかも。おそらく、周りの音なんて何も聞こえていないだろう。魔力を研ぎ澄ませて、錬金に向き合っている。
俺の知らない手順で素材を投入していく。俺の知っているレシピとは違うのかな。ああいう方法もあるなんて。勉強になる。あの人、錬金に関する知識も豊富だ。
おっと、相手の状況を見ている場合じゃないか。これは、ちょっと危ないかもしれない。うかうかしていたら、負けてしまう可能性もある。
俺も、自分の錬金に集中しよう。
それから3度ほど、納得がいくまでポーションの錬金を制限時間内に繰り返した。その結果、最後に自信作が完成。これで対決に挑む。どうなるだろう。
トワニット先生が審査員に錬金したアイテムについて説明してから、ポーションを差し出した。あれが、彼女の錬金した品か。見ただけで分かるぐらい、かなり品質が高そう。
「体力回復のポーションです。どうぞ、ご確認ください」
彼女に続いて俺も、完成したアイテムを提出する。チラリと横目でトワニット先生が、様子を見てくる。向こうも気になっているみたい。
「私が錬金したのは魔力を回復するポーション。こちらです」
高品質で魔力の回復効果も高く、回復速度も早い。それから味や匂いもバッチリ。今まで作ったポーションの中でも、1番の自信作だ。
審査員が順番にポーションを手に取って、確認する。品質を数値で見れるレンズも使って徹底的に。
「……これは、どちらも最高の品ですね」
「素晴らしい出来映えです」
「なるほど、なるほど。非常に高レベルな勝負だわ」
審査員も絶賛している。品質の評価は、かなり高いみたいだ。とはいえ、まだ結果は分からない。しばらく、審査の時間が続いた。
7名の審査員が話し合っている。どちらを勝者にするのか。だけど、思ったよりも早く話し合いは終わった。勝負の結果が決まったようだ。
「結果を発表します。勝者は、リヒト先生」
とてもあっさりと、俺の名が告げられた。どうやら、勝ったらしい。
「……ッ!」
「ありがとうございます」
対決が終わり、俺が勝った理由について説明してもらった。
「品質が非常に高く、アイテムの効果も優れている」
「味や匂いもバッチリで、飲みやすい」
「すぐに効果が発揮されるのも素晴らしい。特に魔力の回復は、早く効果を得たいと思う場面がたくさんあるから」
「そういった場面で、役に立つのがこのポーションでしょう」
狙った通り、高評価を得ることが出来た。今回は、課題に選ばれた錬金アイテムも運が良かったな。
「……私のは、どこがダメだったのでしょうか?」
「トワニット先生も、素晴らしい完成度でした」
「それなら、なぜ?」
トワニット先生の問いに、学長のマデリーネさんが理由を説明する。
「高品質だけど、リヒト先生の品よりも低い。効果に関しても一般的によくあるもので、目立った特徴がない」
「くっ!」
トワニット先生は型に囚われすぎて、レシピ通りの結果しか出せていない。たが、それであれだけの品質を完成させたのが見事でもある。アレンジを加えたら、きっと俺よりも高品質で特別な効果があるポーションを錬金していたはず。
「……私が、間違っていたというの? 伝統を大事にすることは、間違っていないはず。なのに……」
ショックを受けるトワニット先生。自信を失ってしまったようだ。そんな彼女に、俺は語りかける。
「伝統を大事にすることは素晴らしいことです。でも、基準や価値観は時代によって変わっていきます。だから常に自分で判断して、最適な選択をすることが大事なんです」
色々な世界を巡って生きた俺は、それを強く実感した。トワニット先生にも、その事実を知ってほしいと思った。
「でも、その時の判断が間違っていたとしたら、どうすればいいの?」
「その時は、間違ったことを認めればいいんです。それからまた、考えるんですよ。どれが正しいのか。体に馴染ませた感性で、正しいと思うものを必死に。そうやって繰り返していくことが、成長のために大切だと思いますよ」
伝統に従っている方が、安全かもしれない。それがあれば何も考えずに済むから、楽なんだ。その楽が、学園の現状を生み出してしまった。
今を認識して、変化しないといけない。
伝統の継承は大切。だけど、新しいことに挑戦することも絶対に必要。だから俺は学園に居る教師たちにも、錬金術を学ぶ生徒たちにも自由になってほしい。そしてまた、新しい伝統を生み出してほしいと望んでいる。
「……まだ、全てを納得したわけじゃありません。ですが、少し考えてみようと思います。錬金術と、学園の伝統と革新について」
「あなたの成長を、楽しみにしています」
正々堂々と勝負を仕掛けてきたり、負けを素直に受け入れるトワニット先生。そんな彼女だから、これからも成長できると思う。錬金術師としての実力は十分にある。これから、さらに力を伸ばしそうだ。
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