第259話 錬金対決

 さらに俺の授業に参加したいという生徒が続々と増えて、見学したいという教師が押し寄せてきた。


 かなり人数が増えたので、教室も大きな場所に変えてもらい、スケジュールを調整する。他の授業の兼ね合いを見て、時間を確保してもらう。なるべく多くの錬金術を学びたい者たちを受け入れて、より良い授業の方法を探った。


 どういう方法が良いのか考えて、試す。それを参加した者たちに見せて、こういう形式もあるんだとアピールした。授業を見学した教師が自分たちの授業に取り入れたり、生徒たちが自主的に学ぶ機会を増やしていきたい。やり方は自由なんだ。今後の生徒や教師たちの成長に、大いに役立てて欲しい。




 そういう活動を続けて、徐々に影響が出てきた。そんな時に、彼女が出てきた。


「リヒトさん。貴方に言っておきたいことがあります」

「なんでしょうか、トワニット先生」


 授業が終わり、声をかけてきたのはトワニットという大ベテランの教師だ。彼女は伝統主義の第一人者で、現在の学園の状況に不満があるみたい。俺のことも先生とは呼ばないので、認めていないのだろうと思う。


 真剣な表情で、トワニットが口を開く。


「貴方のおかげで、生徒は真面目に錬金術を学んでいるようです。自主的に学ぼうとする意欲も高まっています。それは、大変素晴らしいことです」

「ありがとうございます」


 素晴らしいと言うが、表情は不満そう。やはり、自由な授業という形式に納得していないということか。


「しかし、貴方のやり方には問題があります」

「問題ですか?」

「学園の伝統を蔑ろにしていることです」


 やっぱり、そこを指摘してくるか。伝統を重視しているトワニット先生としては、俺のやり方は看過できないのだろう。


「私は伝統を重んじる教師として、この学園をより良いものにしようと日々努力しています。もちろん、リヒトさんの指導方針の有用性も理解しています。ですが、そのやり方では過去から受け継がれてきた大事な伝統が忘れられて、いつか学園の大事な伝統を失ってしまうかもしれません。それは、避けなければいけないのです」

「いいえ。大切なのは錬金術を学ぶことであって、伝統ではないはずです」


 そう言うと、彼女はムッとした顔をする。トワニット先生は伝統を守ることを重視するあまり、変化することを認めようとしない。今の方法が一番だと執着している。それじゃあダメだろう。


「リヒトさんの考えは、わかりました」


 そう言って、彼女は俺を睨みつけた。そして、こう言った。


「ならば私は、貴方に錬金勝負を挑みます!」

「錬金勝負?」

「錬金術の腕前を競い合い、勝敗を決めるのです。私が貴方を叩きのめして差し上げましょう。そして、どちらの考えが正しいのか、その身で知るがいいです!」


 伝統か革新か、どちらが正しいのか。俺たちが対決しても、それは決められないだろう。だけど、正々堂々と勝負を挑まれたのなら、受けて立つ。裏でコソコソと馬鹿な考えを企てたり、足を引っ張ったりする連中も多い中、真正面から挑んでくるのは好感が持てる。


「良いでしょう。その勝負、受けましょう」

「負けませんから」


 俺が答えると、彼女は満足したように笑みを浮かべた後、その一言だけを残して、足早に去っていった。




 こうして、俺とトワニット先生の錬金対決を行う準備が進められた。


 この錬金対決というもの、過去に何度か行われたことがあるらしい。これも伝統のイベントらしく、昔の錬金術師たちが実力を競い合うために、よく行っていたのだとか。


 場所は学園の教室。1週間前から錬金釜の調整が許可されて、俺とトワニット先生がそれぞれ指定された錬金釜を使うことに。


 1週間で、自分専用にカスタマイズした錬金釜で勝負に挑む。


 対決の課題となる錬金アイテムは、審査員も務めてくれることになった学長のマデリーネさんが決める。当日発表されるので、その時になるまで内容は分からない。


 色々なものに対応できるよう、錬金釜の調整をしっかりしておこう。勝負に向けて万全の態勢を整えた。




 そして、対決の日を迎える。


 審査員が7名、見学者も大勢いる中で俺とトワニット先生が錬金を行う。


 7名の審査員は、マデリーネさんとか俺の授業を見学したことがある教師が4人。ちょっとした顔見知りが2人。全く知らない人が1人居た。全員女性である。


「ではこれより、トワニット先生対リヒト先生の錬金対決を行います!」


 マデリーネさんが元気よく宣言して、説明を始める。勝負の内容は、制限時間内に錬金したアイテムの機能、品質を比べ合う。審査員が点数をつけて、その合計得点で勝敗を決める。


「制限時間は1時間。それまでに、指定したアイテムを作りなさい」


 説明が終わり、10分間で用意された錬金素材のチェックを行う。この対決で使用していい素材が、机上に並べられた。錬金するなら、本当は採取から始めるべきだと思うけれど、こういうルールらしい。


 俺は素材を手に取って、入念に確認する。そこそこ品質の良い素材が揃っているかな。チェックする時間は、すぐに終わった。


「それでは、課題のアイテムを発表します」


 マデリーネさんの言葉に、俺とトワニット先生が耳を傾けて、熱心に聞く。課題が何なのか。ここが大事。


「課題のアイテムは、ポーションです。では、開始」


 対決がスタートした。まずは、どう動くか考える。トワニット先生も錬金釜の前で顎に手を当て、考えていた。すぐには動き出さない。


 ポーションか。様々な用途があり、錬金の調合にも使ったりする薬の一種だ。多種多様な効果を付与することが出来る。


 品質によって効果の大きさが変わったりする。単純な体力回復や魔力回復だけでなく、毒や麻痺といった状態異常を回復させるものや、病気を治すものまで様々な種類が存在する。わりとポピュラーなアイテムだと言えるだろう。


 レシピの難易度は意外と低い。そこにアレンジを加えて効果を発現させ、高品質なアイテムを作り上げる。それが勝負の鍵となってくるだろう。


 さて、どんなポーションを作り出すべきか。1時間しかない。材料には余裕があるが、ゆっくりはしていられないな。さっさと決めよう。


 どうするか考えて、用意された素材の中から安定して品質の良いものを選び、俺は錬金を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る