第258話 生徒が続々と

 授業の内容は基本的なことを何度も繰り返し教えながら、実習で錬金を実践させるという形式で行った。


 錬金する様子を観察して生徒のクセや反応を見ながら、より良い錬金方法を模索して、ちょっとしたアドバイスをしてあげる。


「ここは、この素材の作用をイメージしながら杖を回すんだ」

「はい」

「このタイミングで投入することで、反応が安定するよ」

「はい」

「全てをレシピ通りに従う必要はない。錬金釜を観察して、その素材の反応が変わる様子を感じ取るのが大事だから」

「はい」


 アドバイスを聞いて、真剣な表情で錬金する生徒たち。ちょっとしたことで、すぐにコツを掴んで成長していく。やはり、学園に通っている子たちは優秀だな。


 それから、魔力のコントロールについても指導した。


「もっと肩の力を抜いて、自然体で体の中にあるエネルギーを循環させるんだ」

「はい」

「うん、良いね。その感覚を覚えて、錬金の時も意識するんだよ」

「はい」


 これも、すぐにコツを掴んだ。そして、錬金術師として劇的に安定した。やはり、学園の生徒は魔力のコントロールに対する理解が不十分だよな。そんな状態で錬金を成功させていた。何とか上手くいっていた。だが、難しい錬金に挑戦していくと失敗する確率が高くなってしまう。


 基本を固めることで、錬金も安定するようになる。これで、難易度の高い錬金でも成功する確率を高めることが出来る。


「いまさら魔力のことに関して言われた時は不思議でしたが先生の言う通り、魔力のコントロールに慣れていなかったようです」

「前よりも、錬金の成功率が上がりました」

「錬金釜の中で起きている事象について、明確にイメージ出来るようになりました」


 生徒たちが授業の感想を教えてくれる。上手くいっているようで良かった。


「うん、そうだね。錬金術はレシピを覚えたり、錬金釜の調整に気を配ることが大事だけど、基礎的な部分も非常に大事だから。それを忘れないようにね」

「わかりました!」


 彼女たちの意見を聞きながら、錬金術の学びについての理解を深めていく。自分の時はこうだったけれど、彼女たちはどんな風に錬金術を学ぶのか。比較して、新しいやり方を模索する。有意義な授業を行えている、という実感があった。




 授業を受ける生徒たちの能力が向上して、学園内で噂になっているようだ。その噂を聞きつけて、授業を受けたいと希望する生徒が居るらしい。今から授業に参加することは可能なのかどうかを聞かれた。


「彼女たちもリヒト先生の授業に参加させてほしいのだけど、大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫ですよ。授業に参加させてください」


 学長のマデリーネさんに確認されたので、了承する。まだ余裕があるから、受け入れても問題ない。


 そして、生徒の数が増えていく。あっという間に、数人から数十人に。


 新しく入ってきた子たちの実力を確かめて、錬金を繰り返してもらう。そこで助言したり、自分で気づくように誘導しながら指導もしていく。やはり、この形式が一番成長しそうかな。


 生徒たちの錬金術の実力は十分にあるので、基礎をしっかりと固めて安定感を出させる。その基本が大切なのだと、実技の繰り返しで覚えさせる。錬金レシピの知識などは、他の授業で覚えてもらうのがいいだろうか。




 順調に授業をこなしていると、ある日、学園の廊下で呼び止められた。


「リヒト先生、ちょっとよろしいかしら?」

「はい、なんでしょう」


 俺が学生だった頃に授業を受けたことがある、顔見知りのベテランの錬金術教師。彼女がなにか、用事があるらしい。


「貴方の授業が非常に評判だと聞いたのですが、ちょっと見学してもよろしいでしょうか?」


 授業の内容については学園に報告してあるので、どんな事をしているのかは知っていると思う。それを実際、自分の目で見て確かめたいということかな。


「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。では、見させてもらいます」


 見学をしたいということなので、教室まで案内することにした。こうやって真正面からお願いしてくるのなら、こちらも断る理由はない。そのまま授業する様子を見てもらう。どういう評価が得られるのか、気になるところだ。


「それじゃあ、授業を始めるよ」

「はい!」


 学園の教師に見られながら、いつも通りに授業を行う。生徒に錬金してもらって、その評価とアドバイス。反省点を自分で探してもらって、次の錬金に活かす。


 生徒の数が増えたので、交代で錬金してもらう。待機している生徒は、錬金をする生徒の様子を観察させる。その時に気なったことや思ったことを言ってもらう。生徒同士でも意見を出し合いながら、取り組ませる。



「質問、よろしいでしょうか?」


 手を挙げたのは、ベテランの錬金術教師。俺が生徒にアドバイスする様子を見て、何か気になることがあるようだ。


「はい、どうぞ」

「今の――とは、どういうことですか? どうして、そこに注目を?」


 授業の内容を指摘したり責めるような質問ではなく、純粋な疑問のようだ。だから俺も、彼女の疑問に答える。


「錬金の反応と過程を意識することが大事だからです。この部分を注目して、ここを変える。そうすると、同じレシピでもより良いものになります」

「なるほど……。確かに、効果が出ていますね」


 説明を聞いて理解し、感心するベテランの錬金術教師。その後、続々と質問が続いた。生徒たちの錬金も一時中断して、質問の内容を聞いてもらう。


「あの素材では、こういった反応にはなりませんが?」

「ああ、それは――」

「つまり素材ではなく、反応が影響し合って――」

「そういう事です。例えば、他の素材を投入すると――」


 俺と錬金術教師の議論が繰り広げられ、周りの生徒たちが聞いて学ぶ。今後、こういう形式も良いかもしれない。錬金術に対する、新しいアプローチができる。




「お疲れ様でした。本日は見学させてもらい、とても勉強になりました。感謝しています」

「それは良かったです」

「途中からは授業に割り込みすぎてしまって、ごめんなさい」

「いえいえ。あの質問で生徒たちの理解も、より深まったはずです。有意義な授業になったと思いますよ」

「そう言ってもらえると、助かりますわ」


 授業が終わると、ベテランの錬金術教師にお礼を言われた。その後に謝罪も。でも邪魔じゃなかったので謝る必要はない。それから、もうしばらく彼女との話が続く。


「先程のことで、ちょっと聞きたいことがあるのですが」

「はい、なんでしょう」

「生徒へアドバイスした内容について、どうして――なのか」

「ああ、それは――」

「なるほど。それから、錬金術を行う際に意識するように言っていたのは――」

「それはですね、あの過程に集中することで――」


 授業が終わった後も興味が尽きず、生徒にアドバイスした内容、錬金のコツや考え方について尋ねられたので、それに答えていく。


「リヒト先生、もうそろそろ研究室に帰らないと。日も暮れてしまいますよ」

「ん? あぁ、そうだな」


 マルガリータが教室に残っていたようだ。彼女が声をかけてくれた。それで、ようやく議論が止まった。


「あら……、もうこんな時間? すっかり夢中になってしまったわね。リヒト先生の時間も限られているのに、ごめんなさいね」

「いいえ、大丈夫ですよ。俺も楽しかったです」


 学園の教師も、錬金術に夢中になることを知れたのは嬉しいことだ。ちゃんと話し合えば、こうやって議論することも出来る。錬金術について知りたい、という欲求がある。キッカケがあれば、彼女たちも変わる可能性があるということ。


「それから、その……。次の授業も、見学させてもらってもよろしいかしら?」

「ええ、もちろんです」

「では、次もよろしくお願いします」


 興味があるなら大歓迎。次も、俺の授業に参加してもらおう。

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