第257話 初授業

 教師になることが決まって、準備を済ませる。他の教師に挨拶したり、授業内容の予定を提出したり。表立った反発の動きはなかったが、あまり歓迎されていない雰囲気は感じた。ちょっと場違いな感じ。まぁ、仕方がない。やってみせるしかない。


 授業について発表されて、希望者が集められた。担当する教師が男性であること、卒業に関わる授業ではないことをハッキリと伝えられて、新しい錬金術の授業に興味がある者だけ参加するように。そう伝えられて。




「リヒト先生、本日はよろしくお願いします!」

「うん。皆、よろしく」


 一番前の席に座って、ニコニコの笑顔でやる気十分な生徒はマルガリータである。彼女以外にも、数名の生徒が授業を受けたいと集まってくれた。


 なかなか集まってくれたと思う。もしかしたら、誰も来てくれないかもしれないと思っていたから。マルガリータは来てくれるかもと予想していたけど。おそらくは、彼女が友人も誘ってきてくれたんだと思う。ありがたいことだ。


 授業に参加してくれたんだから、ちゃんと期待に応えてやりたいな。


「まず、皆の現在の実力を知りたい。一番得意なレシピと苦手なレシピ、その2つのアイテムを錬金して、見せてほしい」

「はい!」


 元気よく返事をしてくれているが、戸惑う反応もチラホラ。こういうやり方は、学園では初めてなんだろうな。今までは、座学でレシピについて学んでから、実技では実際に作ってみる。そういった流れだっただろうから。何を作るのかは、生徒自身に選ばせて披露してもらう。今日の錬金術の授業は、そういう形式で進めていく。今後は、どういう方法が良いのか探りながら。


 用意してもらった教室に設置された錬金釜の数は、10個ほど。1人1個で同時に錬金してもらおう。その様子を見守る。


「それでは、始め」


 合図と共に、生徒が一斉に準備を始める。俺が用意しておいた錬金素材を吟味して、使用する錬金釜の様子を確認してから、杖を取り出して素材を放り込んでいく。ここまでの手順で失敗する生徒は居ないみたい。


 魔力と素材を混ぜ込み、錬金を始める。生徒の作業工程をジッと観察していると、生徒たちにとって緊張感を高めているようだ。何人か、少し気になる子が居るな。


 そっちの子は、魔力のコントロールが得意のようだ。自然と身に着けたのか。


 レシピの内容を、少し間違えている子もいるな。だけど、かなり強引に進めて成功させている。あれだと、品質が下がってしまうから惜しい。


 この生徒たちの中で、一番の実力者はやはりマルガリータか。


「先生! 終わりました!」

「うん。それじゃあ、見せてくれるかな」

「はい」

「終わったら、もう1つの錬金を始めて。品質は下がってもいいから、最後まで完成させるように」

「はい!」


 生徒たちが完成したアイテムを順番に確認していく。得意なレシピで成功させたものは、それなりに品質が高い。苦手なレシピだと品質が一気に下がるか。錬金が成功しても、ここまで低い品質だと使えないか。


 得意と苦手で、ここまでの差が出る。錬金に安定感がない証拠だな。だけど、学ぶ意欲はある。


 予想していたよりも素直に従ってくれる生徒たち。マルガリータが率先して、俺の授業に参加してくれているから。


 彼女が居てくれるおかげで、他の生地たちも言うことを聞いてくれるんだと思う。マルガリータが居てくれて良かった。


 そんな事を思いながら、初の授業を進めていく。生徒が錬金したアイテムを確認しながら、ダメだったと思う部分を自分で見つけさせる。


「完成させた2つのアイテムを比べてみて、見直してみよう」

「はい」




 初めての授業を無事に終えて、自分の研究室に戻ってくる。今日行った授業の内容をまとめて、振り返りながら改善点を記録しておく。次は、どうしようか。


 作業を進めていると、研究室にマルガリータがやって来た。彼女にも授業の感想を聞いた。


「素晴らしかったです!」

「それは良かった」


 何を聞いても褒めてくれる。悪い気はしないが、参考にはならないかもしれない。それに、彼女には個別に指導しているので、今日の授業内容なんかは簡単すぎたかもしれない。授業を受ける意味が薄く、成長には繋がらない。


「いえいえ、そんなことはありません。過去の内容を振り返る、よい機会でした」

「ほんとに? それならいいんだけど」


 彼女が意味を見出して授業を受けてくれたのなら、良かった。


「ようやく学園で、リヒト先生と呼べるようになったのも嬉しいです」

「今までは、同じ学生という立場だったからな」


 同じ学園に通って、年齢も近い。だから、研究室以外の場所では先生と呼ばせなかった。誰かに見られて、説明するのも面倒だし。


 だが、マルガリータの先生呼びも随分と慣れてきた。学園で呼ばれた時も、すんなりと受け入れられた。


 学長のマデリーネさんに頼まれて、彼女の指導が始まった。魔力のコントロールを教えたらすぐ錬金術を使えるようになったけど、その後も面倒を見ることになった。おそらくマデリーネさんは、そこまで想定していなかったと思う。


 俺は、彼女の優秀な才能を見て教えたくなった。その結果、今も先生と生徒という関係が続いている。そして今回から学園で授業を受け持つことになったので、正式に先生と生徒という関係が成立して、マルガリータから学園でも先生と呼ばれるようになった。


「卒業が先に伸びて良かったです。こうして、学園でもリヒト先生に指導してもらえるのですから」

「お前もしかして、学園で行う俺の授業を受けるために卒業を遅らせたのか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。まだ学園に残って学ばないといけない知識が沢山ありましたし」


 そう言いながら、少し目を逸らしている。俺も挑戦した、学園の卒業課題。マルガリータの実力があればクリアするのは難しくないはず。


 彼女の顔を、俺はじっと見つめる。すると彼女は小声で白状した。


「だって、学園でもリヒト先生って呼びたかったんです」

「お前なぁ。学園を卒業した後もしばらくは研究室で指導を続けるし、そんな無駄なことをして卒業を先延ばしにしなくても」

「無駄じゃありませんよ。私にとって、大事なことです」


 強く反論される。彼女にとっては大事なことらしい。卒業できるのなら、さっさと卒業したほうが良いと思うけれど。


「わかった、わかった。なら、学園にいる間もちゃんと勉強をして、錬金術師として立派に成長してくれ」

「はい、頑張ります!」


 マルガリータは両手をグッと握って返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る