第254話 学園の教育

 マデリーネさんに手配してもらって、錬金の学園に入学することになった。驚いたことに、男子生徒は俺だけだった。他の生徒たちは全員女子である。


 男性の錬金術師は珍しいとは聞いていたが、居ないわけじゃない。このノルニシスにも何人か居るとマルガリータから教えてもらった。彼女の情報によると、昔は男子生徒も居たらしい。数年前に卒業して、何人かは辞めていった。


 それで現在は、俺以外に男子生徒は1人も居ない状況だ。まさかこんなにも男性が居ないとは思っていなかったな。何人かぐらいは、居るものだと思い込んでいた。


 これは、気まずい。


「ねぇねぇ、あの人。男の人だよね」

「うん。どう見ても男性よ」

「噂によると、新入生だって」

「こんな時期に、途中編入なの?」

「すごい腕前らしいよ」

「えー、ホントに? 男性なのに? 信じられない」

「数年前に居た男の錬金術師は、試験に不合格で辞めたんだよね」

「あー、そういえば居たね」

「私たちも試験に落ちないように勉強しないと!」


 大学の講義室のような段々となっている席に座っていると後ろから、ひそひそ話が聞こえてくる。視線を感じる。周りは女子生徒ばかりで、落ち着かない。俺は黙って前を向いていた。


 先生が教室に入ってくる。もちろん、女性の錬金術師だった。


「はーい、皆さん。早速授業を始めましょう」


 チラッと俺の方を見たが、特に触れることもなく授業が始まった。先生が黒板に文字を書きながら説明をする。それを紙にメモする生徒たち。


 うーん。錬金術を学び始めたばかりの人に向けた内容、という感じ。俺が5歳の頃に、おばあちゃんから習ったようなレベルの簡単なもの。


 王都ノルニシスにあるから最新鋭を学べる場所なのだろうと期待していたが、これは期待しすぎていたか。いやいや、今は復習の時間かもしれない。この後に、素晴らしい授業が待っている可能性もある。まだ判断するのは早いかも。


 まだ錬金術を学び始めたばかりの生徒向けに、授業内容を優しくしている。そんなクラスに俺は放り込まれたのかもしれない。


「では、次に実習を始めましょう」


 座学が終わり、実習に移る。そこで出された課題を見て驚く。これをレシピ通りに完成させないとダメらしい。出来なくはないが、一気に難易度が跳ね上がった。


 学園の教育レベルは低いのかと思った。なのに、錬金の実技が始まった途端に凄く高いレベルを要求された。何なんだ、この授業は。


「さあ、成功するまで繰り返し頑張るのよ!」


 生徒たちは錬金に挑戦するが、失敗を繰り返す。マルガリータのように魔力の量が桁違いに多かったり、コントロールで苦戦している子は居ない。錬金釜を爆発させることはない。


 だが、誰も成功させることが出来ない。タイミングと見極めなどが出来ていない。ちゃんと錬金術の基礎を学んでいないのに、こんなに高度なことをいきなりやれ、と言われたから。


 これは大変というか、無茶だ。


 それでも何人か、錬金を成功させていく。失敗を繰り返していくうちに、感覚で掴んで無理やり成功させている。ある意味、もの凄い優秀な子たちだな。


「あら、貴方も錬金を成功させたのね。凄いじゃない」

「ええ、まぁ」

「それじゃあ、他の子が錬金を成功させるまで待ってなさい」


 おばあちゃんから習った知識と経験があったから、課題の錬金は成功させることが出来ていた。


 俺が錬金したアイテムを見て、驚く先生。それで終わり。アドバイスや解説などはなく、そのまま待機するように言われた。うーん。これでいいのか?


 とりあえず、言われた通り待つ。


 待機している間、教室に置いてある錬金設備を観察する。授業内容は良くないが、学園の設備はもの凄く良いものばかり。俺も初めて見る、便利な錬金道具が揃えてあった。


 魔力を電気のように利用して、照明や温度管理、空調管理が出来る錬金アイテムを稼働させている。魔力で、そういうことも出来るのかと新しい発見があった。


 ユノヘルの村には、こんな道具は流石に無かったな。


 現代世界にあるような、電化製品と遜色ない機能を持った錬金アイテムも存在していた。過去の偉大な錬金術師が作り上げた装置らしい。過去の人たちの残してくれていたものについては見るだけで、なかなか勉強になった。


 錬金術で、こういう事が出来るのかと見て学んだ。




「学園の授業って、アレが普通なのか?」


 授業が終わって自分の研究室に戻ってくる。後からやって来たマルガリータに聞いてみた。


「確かに、リヒト先生に指導していただいた後だと、変だと思うようになりました。だけど、今まではアレが普通だと思っていたので……」

「なるほど、そうだったのか」


 俺のことを、ごく普通に先生と呼ぶマルガリータ。彼女は、申し訳無さそうに説明してくれた。学長の娘だから、色々と思うところがあるのだろう。現在の学園の授業の違和感について。


 学園の授業内容というものは昔からずっと続いている、伝統のようなものらしい。俺は知らなかった。田舎で、おばあちゃんと2人だけで学んできたから、そんな伝統があるなんて知らない。


 他の錬金術師たちが、どうやって腕を磨いているのか知らなかった。あんなに変な授業を受けて、勉強して。一流の錬金術師を目指すのなら、かなりの遠回りになっていそうだけど。


 あれで脱落していった錬金術師も多そうだ。マルガリータも、途中でダメになっていたかも。そうなる前に出会えて良かったと思う。


 うーん。そうか。過去から、ずっと続いている伝統の授業方法ね。


 あの変な教育は、かなり根が深そうだった。この件に手を出すとなると、根本的な部分から直していく必要がある。めちゃくちゃ大変な仕事になるだろう。軽い気持ちで口出しするべきではないが、どうしよう。


 別に、昔から今まで学園が続いて錬金術が残っているのなら別に問題は無さそうだけど。ただ、もうちょっと効率的に錬金術を学べるはず、ということだけ。その意識を浸透させるのが大変そう。


 ああいう授業方法もあるんだと、受け入れたほうが良いのか。無理やり変えると、大きな影響が出るはず。そこまでの面倒は、見きれないな。


 俺に、学園の授業内容を見直す義務はない。学長や、先生たちが自分で気が付いて授業内容を直していけば良い。余計な口出しはしない。余計なお世話になるかもしれないから。


 学長であるマデリーネさんに、どうするべきかと尋ねられたらアドバイスぐらいは出来るだろう。その時まで待って、徐々に変わっていくのを横で見守るか。それとも、強引に介入していくか。


 まずは、自分のことをちゃんとしよう。そして、預けられたマルガリータのことも見る。錬金は成功するようになったが、まだまだ学ぶべきことは多い。


 彼女だけでなく、俺も。


 今まで通り、学園でも独学で錬金術の勉強する。錬金術に関する資料や過去の錬金術師たちの作品が残っているようなので、それを見て色々と学ぶことが出来る。


 とりあえず今は、マルガリータに教えるだけで良いかな。後は、自分の錬金の腕を磨くことに集中して、時間を費やす。そこから、やっていこう。

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