第252話 新たな拠点の整理と錬金

 学園から10分ほど歩くと、住宅地区に辿り着いた。


 子どもたちが、道に出て遊んでいる。その側で見守りながら、何か作業をしている女性たち。子どもたちの母親かな。ここで暮らしている人たちのようだな。


 そんな光景を横目で見ながら路地裏の中に入って、すぐにあった一軒家。その家がマデリーネさんの用意してくれた、俺の生活拠点らしい。学園から近いので通学にも良さそうかな。良い場所を用意してもらった。


「ん」


 扉を開けて中に入ると、ちょっと埃っぽい。これは、しっかりと掃除しないといけないな。家具や錬金道具を設置する前に、大掃除しようか。


 まずは窓を開けて、空気を入れ替える。アイテムボックスから掃除用具を取り出して、部屋の掃除を始めた。


「手伝います」

「ん? 手伝ってくれるのかい?」


 一緒について来たマルガリータが、掃除を手伝うと申し出てくれた。


「見ているだけじゃ、申し訳ないですから」

「それじゃあ、お願いするね」


 見学しに来ただけなのかと思ったら、手伝ってくれると言うのでお願いする。何もしないで、見ているだけじゃ気まずいのも分かるから。ということで、2人で部屋の掃除を始めた。


「この箒で、床を掃いてくれるかい?」

「わかりました」


 指示すると、マルガリータは素直に従って働いてくれた。箒を受け取ると、黙々と床を掃除してくれる。


 彼女には後で、掃除を手伝ってくれたお礼を何か返さないといけないな。錬金術を教えることとは別で、何か報酬を用意しないと。何がいいかな。


 彼女が床掃除をしていくれている合間に俺も掃除を行い、持ってきた家具など設置して、生活が出来るように整えていく。それから、錬金釜も置いて作業できるようにした。




「とりあえず、これでいいかな」


 1時間ほど部屋の中を片付けて、生活できるように整えた。まだまだ掃除したり、整理するモノがある。けれど一旦、これで完了にしておこう。今は、マルガリータも居るから。


「ありがとう、助かったよ」

「いえ」


 短い言葉で返事するマルガリータ。手助けしてくれた。でもまだ、警戒するような雰囲気もある。それが、当たり前の反応だと思う。まず先に、彼女の信頼を得ないといけないかな。錬金術を扱えることを実際に見せたほうが分かりやすいか。


「じゃあ、ちょっと時間もあるから。錬金を見てみようか?」

「お願いします」


 錬金という言葉に反応して、マルガリータは真剣な表情で背筋を伸ばした。学ぼうとする意欲は素晴らしい。


「まず最初に、俺が錬金するよ。その後に、マルガリータが錬金する様子を見せてくれるかな」

「はい」


 何を錬金しようかな。とりあえず、初心者向けの物から錬金してみようか。新たな拠点に設置したばかりの錬金釜の調整も兼ねて、最初は気をつけながら行う。


 錬金する物を決めて、採取しておいた素材を吟味。選んだものを錬金釜の中に放り込む。そこに、杖を突っ込んで魔力と混ぜ合わせる。


「え……? えっ!?」

「はい。こんな感じかな」


 錬金術の基本である、作用薬を錬金して見せた。いつものように錬金してみると、背後からマルガリータの驚く声が聞こえてきた。そんなに驚くようなことを披露したつもりは、ないんだが。


 そういえば、ユノヘルの村でマデリーネさんの目の前で錬金をした時も同じような反応だった気がするな。


「どこか変だったかな?」

「いえ、そんなにあっさりと錬金を成功させたので。それって作用薬ですよね?」


 俺の持っているアイテムを見て、言い当てる。錬金に関する知識は、しっかり勉強しているようだ。


「そうだよ。これが錬金術の基本となるアイテムの作用薬」

「なぜ、そんなに早く錬金が出来たのですか?」

「ん? もしかすると、学園で習う錬金とは方法が違うのかもしれないけど」


 マルガリータに作用薬を錬金した手順について、細かく説明した。興味を持って、彼女は俺の話を聞いている。


 自然と、彼女に錬金術を教える流れになったな。興味があるようだし、まだ時間が有るからいいかと思って彼女の質問に答えていく。


「でも、そうすると短時間で魔力と素材は混ざらないんじゃありませんか?」

「あぁ、それはね」


 その質問は、錬金に関して深く理解している証拠だった。俺は、魔力のコントロールと素材を混ぜ合わせる工程について説明する。


「凄いですね……。そんなやり方があるなんて」


 説明を聞いて、深く頷く。そうやって教えている間に、彼女の視線が尊敬の眼差しに変化していた。錬金術師として、彼女の信頼も得られたようだし良かった。


「じゃあ次は、マルガリータが錬金するのを見せてくれる?」

「は、はいッ!」

「錬金道具はある?」

「持っています!」

「錬金釜は、それを使って。同じように作用薬を錬金してみて」

「で、でも……。これって、貴方の管理している錬金釜じゃ」

「大丈夫。これは、練習用の錬金釜にしよう。マルガリータも自由に使って」

「わかりました」


 マルガリータは、持っていたスタッシュバッグから杖を取り出して見せてくれた。準備は大丈夫のようだ。


 この錬金釜は、まだ設置したばかり。錬金できるように調整したが、俺専用の細かな調整はまだ行っていない。だから、使えるはず。これからマルガリータに錬金術を教えるため、練習用に調整しようか。


 今の状態だったら、誰が使っても問題なく錬金が行えるはず。作用薬の錬金なら、それで大丈夫だろう。俺専用は、他で用意する。




 俺の目の前で、マルガリータが錬金を始めた。慎重にゆっくりと、素材を入れる。それから、持っていた杖を錬金釜の中に入れた。


 うん、いきなりヤバそうだ。集中する彼女の身体の中で、魔力が激しい嵐のように暴れているのが見える。魔力は十分にある、だけど扱いきれていない。本人は無自覚なのか。何も気にしていないように見えるが。


 そんな状態で錬金釜をかき混ぜると大変なことに……。


 もうちょっと見守ってみるけど、危なくなったら俺が止めないと。


「いきます!」


 マルガリータは気合の入った宣言をして、錬金を始めた。素材と魔力を混ぜようとする。危ない危ない。口を挟みたくなるが、今は口出しせずに観察を続ける。


 やはり、魔力のコントロールが出来ていない。このまま放置していると、錬金液が想定外の反応で爆発を起こすのは明らか。まずいな。これ以上は見過ごせないか。


「ストップ」

「ッ!」


 杖を持っている彼女の手の上に、俺の手を添える。錬金釜の中で暴走をする魔力を俺がコントロールを上書きして、錬金液の反応を無理やり抑えた。残念ながら彼女の錬金は、失敗してしまった。


「申し訳ありません」


 肩を震えさせて、落ち込みながらも頭を下げるマルガリータ。しかし、そんな悲観するほどの状況じゃない。見てわかった。


「大丈夫だよ。原因は、明らかだったからね」

「明らか、ですか?」

「うん。魔力のコントロールが出来ていないね。今まで、指摘されたことは?」


 一番最初に言われていそうな修正点。それを直そうとしていないのなら、本人にも問題があるかも。どうなのか確認しようと聞いてみると、マルガリータはキョトンとした表情を浮かべていた。


「魔力のコントロール。それは、初めて言われました」

「えっ? 初めて言われた、って本当?」

「……はい」


 どういうことだろう。どう見たって、魔力のコントロールが下手だから爆発を起こそうとしていた。錬金術師なら、それを見たら分かるはず。だよね……?


 魔力を扱えるように指導すれば、爆発は起きないように出来るはず。でも、今まで誰にも指摘されなかった、というのが分からない。


 まあでも、とりあえず今は原因の1つを解決しよう。マルガリータには、これから魔力のコントロール方法について基礎から教えればいい。最初の方向性は決まった。

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