第251話 マデリーネのお願い

 あー、なるほど。もともと彼女の問題を解決出来ないかと考えて、おばあちゃんを学園の先生として迎えようとしていたんだろうな。


 学園で先生をしてもらうことがメインなのか、それとも娘のマルガリータの教育をお願いすることがメインなのか、どちらが本命だったのか分からないけど。


 でも何故、わざわざユノヘルの村という辺境の地から先生として呼ぼうとしたのだろうか。王都にある学園なんだから、優秀な錬金術師が居そうなものだけど。それだけ、おばあちゃんの過去が偉大だったということなのか。


 マデリーネさんは、どうやらおばあちゃんの弟子だったみたいだし。師匠として、期待していたとか。


 そこまで考えたとき、もう1つ分からないことがある。


 おばあちゃんの代わりに生徒として呼ばれた俺に教えて欲しいと、お願いしてきたこと。俺なんて、まだまだ若い。偉大な過去や実績があるわけでもない。そもそも、マルガリータとは同年代っぽい。ずっと村に引きこもって、おばあちゃんと2人きりで錬金術を独自に学んできただけ。


 そんな無名の俺に、娘を教えて欲しいと言う理由が何かあるのだろうか。ちょっと思いつかない。あの時に少し錬金して見せただけで、そこまで俺の実力を信用したというのか。


「あ、あの! 貴方の知識を全て教えてくれ、とは言いません。ちょっと見てもらうだけでも良いんです! この娘が、錬金術を使えるようになるキッカケを何とか!」


 マデリーネさんが何度も頭を下げて、必死の形相でお願いしてくる。いや、これは断りづらいなぁ。


 事前に家を用意してくれたり、入学の手続きをしてくれたりして逃げにくいように準備していた。さらに、気持ちを込めてお願いしてくる。俺の感情も計算に入れて、頼んできていることも分かる。それぐらい、必死ということか。


 マデリーネさんのお願いについては理解した。だけど、マルガリータはどう思っているのか。当の本人である彼女は、どう考えているのか。俺がどうするのかについては、彼女の気持ちが重要だと思った。


「引き受けるかどうか決める前に、貴女はどうしたいのか聞いてもいいかな?」

「……私は」


 マルガリータに目を合わせて、尋ねる。彼女に学ぶ意志があるのかどうか。それを見極める。


「俺から、錬金術について学びたいのかどうか。こんなに若くて、どこの誰なのかも知らないような男から錬金術を教えて欲しい?」

「……今まで、色々な先生に見てもらった。錬金術について色々と教えてもらった。だけど、いつも錬金釜を爆発させてしまう。今まで一度も、錬金を成功させることが出来なかった」


 今までの出来事を振り返るようにして語る彼女。なるほど、マルガリータは錬金を成功させることが出来ないらしい。それで悩んでいるということが判明した。


 魔力の扱い方が下手だと、錬金の途中で素材と錬金液が反応して爆発してしまう、ということがまれにある。でも、魔力の扱い方を練習すれば錬金することは出来るようになるはず。時間を掛けて、経験を積み重ねれば失敗しなくなるもの。


 経験不足。それぐらいの問題なら、すでに解決しているはず。それでダメだというのなら、他に何か原因がある、ということか。


 錬金術師にとって必要不可欠なものは、素材を扱えること、錬金釜の使い方を覚えること。魔力のコントロールは、そこまで重要じゃない。いや、思ったように扱えたほうが良いけれども。魔力のコントロールがダメなら絶対に失敗する、ということはない。だから、一度も錬金術を成功させたことがないのは、どういうことだろう。


「状況は、わかった。それで君は、どうしたい?」


 改めて問いかける。どうしたいのか。本当の気持ちを。どこまで本気なのか。さぁ彼女は、どう答える。


「私は、錬金術を使えるようになりたい。私に、錬金術を教えて下さい」


 俺の目を真っ直ぐ見て、そう言ったマルガリータ。


 こういう学ぶ意志がある子には、ちゃんと教えてあげたいと思う。魔法教師だった頃の血が騒ぐ。もう遠い昔、何回も前の人生のことだけど。これも巡り合わせ。


 彼女の問題は、錬金術よりも魔力の扱い方だと思う。それなら俺でも教えることが可能だろう。他に何か原因があるかもしれないが、解決法を1つは思いついている。なら、それを試しに教えてみようか。それでもダメなら、一緒に原因を探せばいい。


「わかりました。俺の出来る限り、彼女に錬金術について教えてみましょう」

「ほ、ほんとうに!?」


 まず、教えるのは魔力の扱い方だけど。俺の答えを聞いてマデリーネさんが喜ぶ。ただ、いくつか条件をつけさせてもらう。


「俺が彼女を見たからって、錬金術を使えるようになるか分かりませんよ」

「えぇ、もちろん! ダメだった場合にも報酬は支払います。返せとは言いません」


 先ほどの対価について、成功報酬ではないことを確約してもらった。まずは、安心かな。もうちょっと強請ってみよう。


「彼女に錬金術を教えるために、こちらで道具や素材を揃えないといけないですね」

「そうですよね! 錬金術を教えるのに必要な道具や錬金素材などの経費は、こちらで請け負います。生活費とか、道具の他にも必要なお金は全て支払います」


 俺の要望を全て聞いてくれるらしい。金に糸目をつけず、そこまで必死になるほど娘に錬金術を使えるようになってほしい、ということなのだろう。そして、今まで色々な方法を試してダメだった、ということかな。


 本当に、魔力の扱い方が原因なのか。俺が見て、問題の原因が分かるのだろうか。ちょっと不安になってきたな。まぁでも、一回見てみないことには分からないか。


 王都で錬金術を学んできた人達とは違った視点で意見を言えるはず。


「それじゃあ、俺は用意してくれたという家を見に行ってみます」

「家の場所は、この地図を見て確認して下さい」


 マデリーネさんは、わざわざ街の地図を用意してくれていた。受け取り確認する。印がついている場所が、用意してくれた家ということなのか。


「……あの、私も一緒について行ってもいいですか?」


 マルガリータが小さく手を上げて聞いてくる。その様子が、なんだか可愛らしいと思った。さっきの警戒した態度が、少しだけ柔らかくなったかな。信用しようとしてくれているのか。


「まだ、家の確認と錬金の道具を整理するぐらいだけど? 来る?」

「はい」


 まだ準備が必要だろうし、この後すぐには錬金術を教えることは出来ないだろう。それでもいいのか聞いてみた。すると彼女は頷いたので、一緒に連れて行く。


「それでは、失礼します」

「娘のこと、よろしくおねがいします!」

「……」


 任されてしまった。そんなに信用していいのかな。もちろん、この子に悪さをするつもりは絶対にないが。おばあちゃんの孫ということで、信じているのか。


 マデリーネさんに別れを告げて部屋を出ると、そのまままっすぐ学園も出る。警備している兵士たちの横を通り過ぎて、外に出てきた。




「えーっと。地図によると、学園はここにあるから。家はあっちかな?」

「……」


 錬金学園を出てから、ずっと口を閉じたままのマルガリータが後ろをついてくる。俺は地図を頼りに、王都ノルニシスで生活するために用意してもらった家に向かって歩いた。

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