第249話 採取地の違い

「うーん。ダメだ、品質が低いな」


 旅をしている休憩の合間に、俺は素材採取を行っていた。地面に生えている植物を鑑定片眼鏡で確認する。だけど、人が行き交っている道には品質の高い素材は生えていないみたいだ。土地の力が弱まっているのか。これは、人が近くに住んでいるのが原因なのかな。もっと人が居ない、森の奥のような場所じゃないと。


 植物が育つ場所によって品質や特性、素材が持つ効果なんかも変化してしまうようだった。その中には、錬金に使うことが出来ないような物もある。使用しただけで、錬金術が即失敗してしまうようなもの。採取しても目的の錬金には使えなくて無駄になってしまうような場合があった。


「素材を採取する場所によって、こんなにも違いがあるのか」


 今になって振り返ってみると、おばあちゃんと一緒に採集したユノヘルの村の近くにあった森に生えている素材はどれも品質が高かったような気がする。あの森だったら、高品質の素材が取り放題。錬金に使う素材を、あちこちで採取することが簡単に出来た。だからおばあちゃんは、ユノヘルの村に研究室を構えていたのかも。


「まぁ、でも一応これも採取しておこう」


 サンプルとして入手しておく。地面から生えている緑色の草を、採集道具を使って刈り取っていった。半分はアイテムボックスの中に、残り半分はスタッシュバッグの中に放り込む。他の使い道を考えて、有効活用したいが。どうだろう、使えるかな。


 このスタッシュバッグという小さな袋は、俺が操るアイテムボックスと同じような性質を持っている錬金の道具である。手の中に収まるぐらいの小さな袋だけど、袋の中身は異空間になっていて、見た目以上に物を出し入れすることが出来た。流石に、スタッシュバッグの容量は有限のようだけど、かなりの量を入れることが可能。肩にかけられるストラップが付いていて、入れたり取り出すのも楽で良い。


 このスタッシュバッグも、おばあちゃんから授かったものだった。


 この道具はとても便利だし、かなり貴重な物なんじゃないのか。そう思って尋ねてみたら、意外と一般的に流通しているアイテムらしいということが分かった。


 遠い昔、偉大な錬金術師がスタッシュバッグを大量に錬金しまくったらしい。その数、およそ数百万個。それで、誰でも簡単に入手することが出来たそうだ。なんで、そんな大量に生産したのか分からないけれど。とにかく、大量にある。


 だから、世界にはスタッシュバッグが溢れていた。昔は、ゴミ袋なんて呼ばれたりして活用されていたそうだ。それぐらい、雑に扱われていた。


 だから1つぐらいは譲っても惜しくないと、おばあちゃんは説明してくれた。


 残念ながら現在、スタッシュバッグの錬金レシピは紛失してしまって残っていないそうだ。今の錬金術師は、新しいスタッシュバッグを錬金することが出来ない。


 数多くの錬金術師たちがレシピを再現しようと頑張っているらしい。だけどまだ、スタッシュバッグのレシピは誰も再現できていないという。


 なんとか必死にレシピを再現しようとしている。スタッシュバッグがそれだけ便利だということ。そして、過去の錬金術師が凄かったというのがよく分かる。


 過去にあったレシピが紛失して、今では錬金が出来なくなったアイテムというのはよくあるらしい。そして、なかなかレシピを再現することは困難だという。今までにレシピの再現に成功した錬金術師は少ない。それでも、挑戦する錬金術師が後を絶たない。




 スタッシュバッグには、俺の扱うアイテムボックスの特性とは違った部分がある。


 スタッシュバッグに入れたアイテムは、現実と同じように中で時間が流れている。つまり、収納した食べ物などが時間経過によって腐ったりする。金属など入れて放置すると錆びてしまう。アイテムボックスの下位互換、といったところ。


 不思議なことに、スタッシュバッグの中に物を入れたままでアイテムボックスにも収納すると、スタッシュバッグの中に入れておいたアイテムは時間が経過していた。アイテムボックスの中に収納しているアイテムは全て、時が止まったまま保存されるはずなのに。なんで、そんな風に作用するのか原因は不明。


 とにかく、スタッシュバッグの中に物を入れたら劣化してしまう。


 だけど、錬金術師としては錬金素材が劣化したり変化した後にも使い道があった。意外と、劣化しているアイテムなど有用だったりする。わざと素材を腐らせてから、錬金用アイテムとして使用することもあった。


 単純に、素材の品質が良いとか、効果があるのが良い、というわけじゃなかった。錬金術は、こういうところが奥深い。まだまだ学ぶべきことも多いから、学園に行くのが楽しみだ。新しい知識を増やそう。




「おぉい、リヒト! そろそろ、出発するぞぉー!」

「わかった! 今すぐ戻るよ!」


 遠くから、御者のおじさんの声が聞こえてきた。呼ばれている。錬金の素材を採取している間に、休憩の時間が終わっていたらしい。馬車を待たせてしまっているようなので、走って戻る。


「ごめん、待たせちゃったかな」

「いいや、そんなことないよぉ。ちょうど、いい具合に出発できるかぁら」


 乗客を確認していたらしい御者のおじさんに謝りながら、俺も馬車に乗り込んだ。先に乗って待っていた乗客たちにも一言謝っておいたが、特に気にしていないようなので良かった。


 そして、乗合馬車が出発する。


 色々な町を経由して2週間も続いた馬車の旅も、もう終わりそう。ようやく王都のノルニシスに到着する。長かったが、なかなか楽しい旅になった。素材も増えた。


 道を通る人が、かなり増えた。右も左も、馬車が走ったり荷物を運ぶ人が見える。もう既に、かなり賑わっているという雰囲気を味わっていた。王都には、もっと人が居るらしいが。


「リヒト! ほら、あれがぁノルニシスだよぉ」

「へぇ。流石王都だ。大きくて立派だね」

「そうだろぉ」


 丘を越えると、急に見えてきた都市。まだ少し遠くて、街の全体が見える。都市の中央には、大きな城があった。円形に広がるようにして、様々な建築物が建っているのが見える。さらに外側を囲うようにして、防衛するためだと思われる壁があった。城郭都市というやつだな。


 1本の線のように伸びているのは、商店が立ち並んでいるのかな。ギュウギュウに建物が密集しているのは、人が住んでいる住宅地区か。


「さぁ、一気に停留所まで行くよぉ」


 おじさんが操る馬車は門を通って、ノルニシスの中に入っていく。今回の人生では、初めて見るような大人数が集まって活気にあふれていた。




「到着したよぉ」

「ありがとう。楽しかったよ、おじさん」

「僕も、いつもの旅よりも楽が出来て良かったんだよぉ。また、ご利用くださぁい。そんで頑張って、騎士になってなぁ」

「えーっと、うん。頑張るよ」


 乗合馬車から降りる直前に、おじさんと握手を交わす。彼はこれからノルニシスを旅立つ乗客を集めて、俺たちが通ってきた道を帰るそうだ。


 やはり、乗合馬車の御者というのは大変な仕事だと思う。機会があれば、また彼の操る馬車に乗ろうと思った。




「さてと。行くか」


 王都ノルニシスに到着して1人になった俺は、とりあえず錬金学園に向かうことにした。


「あ! そういえば……」


 石畳の道を、歩き出そうとして立ち止まる。そういえば、錬金の学園はどこにあるのかな。俺は知らなかった。ノルニシスにあるとは聞いていたが。マデリーネさんにもっと詳しく聞いておけばよかったな、と後悔する。まず最初に、学園がある場所を誰かに聞かないといけないか。

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