第248話 ノルニシスまで一人旅

 旅の準備は、すぐに完了した。引き受けていた仕事も全て処理してから、旅立ちの日をむかえた。


 両親や兄と姉たち、おばあちゃんに見送られてユノヘルの村から旅立つ。初めての旅。まずは、乗合馬車の停留所がある町まで歩いて向かう必要があった。




 森に沿って進める道を1人だけで歩く。運が悪ければ、森の中から飛び出してきたモンスターと遭遇することもある。俺の場合は、モンスターと遭遇しても戦えるから別に問題じゃないけれど。


「よし。あっちかな」


 旅立つ際に、おばあちゃんから授かった地図とコンパス。それを頼りに、ルートを確認しながら先へと進む。ここまで、順調に進んできた。


 朝早くから村を出発して、歩き続けた。もう少しで夕方になる頃か。予定通りに、目的の町に到着することが出来そうだ。黙々と歩き続ける。




「……ふぅ。目的地の町まで、もうすぐかな」


 行き交う人々を眺めながら、休憩するためにアイテムボックスから水を取り出して水分補給した。この特殊能力があるおかげで、持ち運ぶ荷物が少なく済んでいる。




 日が沈む前に、最初の目的地だった町に到着することが出来た。ユノヘルの村よりも大きくて、建物がたくさんあって、人も多い。賑わっている町には宿屋もあった。乗合馬車が来るのは翌朝。今夜は、そこで一泊する必要がある。


「1泊、お願いします」

「あいよ!」


 宿屋に入り、お金を支払って宿を取る。この世界では初めての宿泊になるが、旅には慣れている。


 問題は旅費。困っているわけではない。ノルニシスまでの旅費は、おばあちゃんが用意してくれたから。おばあちゃんだけでなく、村の人達にも援助をしてもらった。今まで、手助けしてきた分の駄賃だそうだ。


 駄賃とは言いつつ、かなりの大金である。こんなには貰えないと遠慮したのだが、無理やり押し付けられて受け取ることになってしまった。


 だから、旅費には余裕があった。けれど、あまり無駄遣いしないようにしないと。せっかくおばあちゃんや皆が用意してくれたお金だから、これは大事に使いたい。


 翌朝。ちゃんと乗合馬車に乗ることが出来た。しかし、ここからノルニシスまでは2週間ほどかかるらしい。遠すぎる。


 どうやら、危険なモンスターと遭遇するのを避けるためにも遠回りのルートを選択しているから長い時間がかかるらしい。乗合馬車は止めて、自分の足で目的地までは歩いて行こうかとも考えた。


 でもまぁ、せっかくの旅行だからゆっくり行くことにする。ちょっと、この世界の町でも観光しながらノルニシスに向かうことにした。当初の予定通り、馬車に乗って行く。


 早く到着しても、マデリーネさんが困ってしまうかもしれないし。学園に入学するための手続きを進めてくれているらしいから。




「あの山を超えたら王都までは、もうすぐだぁよ」


 旅の間に仲良くなった、乗合馬車を操作する御者が山を指差して説明してくれる。特徴的な話し方をする、俺よりも年上のおじさんだ。


 彼から色々と教えてもらい、王国についての理解を深めた。そのおじさんは王都で生まれ育ったそうだ。そして、御者として色々な土地を行き来してきた。ユノヘルの村しか知らない俺と違って、豊富な知識を持っている。


 他愛もない話をしているだけでも、旅の退屈しのぎになった。俺が聞いて、彼が話してくれる。それで盛り上がる。


 そんな彼の話によると王都のノルニシスまでは、もうすぐ到着するらしい。聞いた話では、あと1週間ぐらいかかると思っていたけど。


「え? もうすぐ?」

「そうだぁよ。あと、1週間ぐらいだぁよ」


 と思ったら、まだまだだった。記憶していた通り、到着するまで1週間ぐらいあるそうだ。1週間を、もうすぐとは言わないかな。彼と俺とは、時間感覚に大きな違いがあるようだ。


 そういう感覚の違いも、彼と楽しく会話が出来る理由なのかも。


「そんなに急いでも、損するだけだぁよ」

「損するかな?」

「うんうん。せっかくだから、馬車の旅は楽しまないといけないよぉ」

「うーん。なるほど」


 急いでいる、というつもりはなかったけど。彼から見ると、先を急いでいるように見えたのかな。そうかもしれない。最初は馬車にも乗らずに、自分の足で目的地まで行こうと考えていたから。


 おじさんの言う事は、もっともかもしれない。余裕を持って行動するのも、旅では大事かもね。そして、楽しむことも。


「王都で騎士になるんだぁろ? もうちょっと、余裕を持たないとぉ」

「いや、違いますよ。何度も説明しましたが、俺は錬金術師を目指して」

「ノルニシスにある学校は、とーっても厳しいんだよぉ。僕も昔、騎士を目指して色々と勉強したけどダメだったんだぁ」

「あ、はい」


 彼には何度か繰り返し説明をしたのに、何故か俺は騎士になるために王都へ行くと思われていた。そして始まる御者のおじさんの自分語り。最初に聞いた時は面白いと思った。けれど、何度か繰り返し聞かされると少し面倒になってくる。


 他の乗客たちは無視して、自由に過ごしたり休んでいる。誰も彼の話など聞いていない。その様子がなんだか、おかしかった。


「こう見えて、剣の腕はそこそこあったんだぁよ。でも、筆記試験がダメだったぁ」

「へぇ、そうなんだ。もう、その話は何度も聞いたけどね」


 それでもお構いなしに、自分の過去について楽しそうに語る御者のおじさん。


 誰の反応も無いとかわいそうだから、俺が相槌を打つ。まぁ、他にやることもないぐらい暇だから仕方がないのかな。御者は、こうやって長い距離を馬車を操りながら人を運んでいるのか。だとすると、とても大変な仕事だろう。


「あ、おじさん。ちょっと急いだほうがいいかも。モンスターが近づいてきてる」

「そりゃ、本当かい? それなら、急ぐよぉ」


 今のままのスピードで進むと、ちょうど森から通り道にまで出てくるモンスターと遭遇してしまいそうな位置だった。事前に察知した情報をおじさんに伝えると、俺の言葉を信じて馬車のスピードを上げる。


「これでぇ、どうだぁ?」

「うん。今回も大丈夫そう。モンスターは、あそこに居るな」

「居る? 僕には見えないなぁ。でも、リヒトが言うならぁ間違いない!」


 これまでに、モンスターとは何度も遭遇しそうになっていた。厄介だから、何とか避けて通りたい。そう思った俺のアドバイスによって、今のところ難なく逃げ切ることが出来ていた。御者のおじさんは、俺のことを信頼してくれていた。報告と助言を聞いて、モンスターと遭遇せずに切り抜ける。


 おじさんも手綱を巧みにさばき馬をコントロールして、上手くモンスターとの遭遇を避けながら、安全なルートを選んで前へ進むことが出来ていた。


「やっぱぁりリヒトは、腕の良い騎士になれるよぉ。僕が保証するぅよ!」

「いや、だから俺は錬金術師を目指しているんだって」

「応援しているぅよ。立派な騎士になれるよう、頑張ってねぇ」

「いや、俺の話ちゃんと聞いてる?」

「そろそろ、馬を休めてあげよぉう。馬車のスピードを落とすねぇ」

「あー、うん。それでいいよ」


 やはり御者のおじさんは緊急時以外、あまり人の話を聞いていないようだった。

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