第247話 錬金術師スカウト

「マルグレット様は、どうしても学園においでいただけないでしょうか?」

「何度言われても、無理なものは無理じゃな」


 再び話題を戻して、あらためて確認をするマデリーネさん。やっぱりダメだと言うおばあちゃん。交渉は完全に決裂した。そこで、別の提案を始めるマデリーネさん。


「それじゃあ、彼を学園の生徒として迎えてもよろしいですか?」

「……なに?」

「俺?」


 矛先が俺に変わった。マデリーネさんは、おばあちゃんに背を向ける。それから、黙って見ていた俺に話しかけてきた。


「君の名前を聞かせてもらえる?」

「リヒトです」


 そういえば、まだ自己紹介していなかったかな。尋ねられたので、名前を答える。彼女から、興味津々という目で見つめられていた。少し居心地が悪いな。


「リヒトくんは、外の世界に興味はない?」

「それはまぁ、興味はあります」


 マデリーネさんの質問が続く。正直に話すと外の世界には、かなり興味があった。生まれてから今までユノヘルの村と畑と、近くの森ぐらいしか行くことは無かった。そこから先の世界を、俺はまだ知らない。たまに村に立ち寄る行商人たちから、外の話について聞く程度。


 今まで、錬金術の腕を磨くのに夢中だった。外の世界には、それほど興味を向けることがなかった。満足していたから。マデリーネさんが目の前に現れたことによって急に、外への興味が湧いてきたというのが正しいかな。彼女に触発されてしまった。


「むぅ」


 俺の答えを聞いたおばあちゃんの反応は悪かった。おばあちゃんは、俺が外に行くのは反対か。やっぱり、ユノヘルの村に留まったほうが良いのかな。


「マデリーネ。お前は、節操がないな。わしがダメだから、その子を狙うなんて」

「いえいえ。学長として、こんな実力のある子を見過ごすわけにはいきませんから」


 おばあちゃんに睨まれて、苦笑いを浮かべるマデリーネさん。せっかくユノヘルの村まで来たから、少しでも成果を出そうと考えているのかな。俺なんか連れて行って成果になるのかどうか、分からないけれど。


 珍しいことは、確かだろう。


「彼も、外に行ってみたいようです。リヒトくんを、錬金術に関する技術が集結している学園に連れて行ってもよろしいですね?」

「……本人が行きたいと言うのならば、自由にするがよい」


 念を押すように何度も確認をするマデリーネさん。おばあちゃんの答えは、本人が好きなようにしろという。つまり、俺に判断が委ねられた。


「リヒトくん。君は、ノルニシスにある錬金学園に入学したい?」


 うーん、どう答えようか。おばあちゃんの、あの態度や反応を見てしまうと迷ってしまう。過去に色々とあったようだし、行けば面倒なことに巻き込まれそうな予感。


 でも、興味は凄くある。好きなようにしろと言われたけれど、選びきれない。村に残って平凡に過ごすか、外に行って色々と体験してみるか。もう、どっちでもいい。いや、適当に決めると、おばあちゃんに怒られてしまいそうだし。


「リヒト。どうするかは、お前の好きにするがよい。もし本気で外へ行ってみたいと思っているのなら、両親の説得は、わしも手伝ってやる」


 どうしようか悩んでいると、おばあちゃんはアドバイスしてくれた。その言葉は、外へ行ってみたらどうかと言っているような、背中を押してくれるものだった。


 15歳になった俺にとって、この選択は人生を大きく左右することになるだろう。慎重に考えなければ。


 おばあちゃんからは、錬金術師として一流を目指してほしいと常々言われていた。学ぶ機会があれば、それを活用して欲しいということなのか。


 都会に行けば、錬金術について今よりも多くのことが学べるだろう。ユノヘルの村に引きこもったままでは学べないような知識が、王都にはたくさんあると思う。


 提案を断ると、ノルニシスへ行く機会は失われてしまう。そうすると、しばらく先までユノヘルの村から出ることも無さそうだ。もしかしたら、一生村を出ることなく人生を終えるかも。


 だが、そうすれば平穏は得られるだろう。面倒事に巻き込まれることなく、穏やかに過ごせる。そんな生き方も、魅力的だと思う。


 今までずっと研究室で、おばあちゃんと一緒に錬金術を勉強してきたから。とても楽しい時間。それが、終わってしまう。おばあちゃんは、王都には絶対に行かないと言っているからなぁ。残念ながら、一緒に王都へ行くという選択肢はない。


 マデリーネさんが、期待するような目を向けてくる。色々と考えてみた結果、俺は彼女に向かって頷いた。やっぱり、今のタイミングで行ってみたいなと思ったから。錬金術について、もっと色々と学びたいから。


「俺は、錬金学園に入学したいと思います」

「そうか! 君のような錬金術の才能と実力のある人物を、我がノルニシス錬金学園は歓迎するよ!!」


 マデリーネさんが目の前に手を差し出してきたので、俺はその手を握る。すると、力強く握手された。本当に歓迎してくれるらしい。おばあちゃんを王都まで引っ張り出すための餌、というような感じではなさそうだ。


 それは、俺が悲観的に考えすぎているかな。


「よろしくおねがいします」

「あぁ。よろしく!」


 こうして、俺はノルニシス錬金学園に入学することが決定した。


「まぁ、頑張るんじゃな」

「うん。一流の錬金術師になれるように、一生懸命学んでくるよ」


 おばあちゃんに肩を叩かれ鼓舞される。目の前に立つと、よく分かる。俺の身長は伸びて、おばあちゃんの背を追い越していた。生まれたときからの付き合いだから。もう、ここまで成長していたのかと改めて実感する。


 王都からは遠く離れたユノヘルの村まで、おばあちゃんを先生としてスカウトしに来たマデリーネさん。おばあちゃんのスカウトには失敗したものの、思いもよらない出会いにより俺を学園へ入学させることに決めた。


 俺もまさか、こんな急に村の外へ行くことになり、学校に入学するなんて予想していなかった。生活費とか学費とか、どうしよう。考えないと。稼ぐ方法なら幾らでもあるだろうから、心配や不安はないけど。




 その後。おばあちゃんは約束した通り、俺がユノヘルの村を出てノルニシスにある学園に入学することについて両親を説得してくれた。入学金など、必要になるお金はマデリーネさんが用意してくれるらしい。それは好都合。


 昔、おばあさんに色々と世話になった恩返しだという。ならば今度は俺が、恩返しをしないといけないよな。いつか必ず、マデリーネさんには恩を返そう。とりあえず今は、素直に世話になる。


 話が終わるとすぐにマデリーネさんは、先に1人でノルニシスへと帰っていった。学園に戻ってから、俺の入学に関する手続きを済ませておいてくれるらしい。俺は、新生活の準備をしてから、ノルニシスまで1人で旅をすることになった。


 村から出るのは、生まれてはじめての経験である。当然、一人旅もだ。でもまぁ、旅をするのは慣れている。ノルニシスまでの旅は不安もなく、楽しみだった。

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