第245話 研究室を訪ねてきた人
新しいレシピの発明、おばあちゃんから教えてもらったレシピを改良して、その他にも錬金術の新しい技法を編み出したりしているうちに、俺は15歳になっていた。
基本的な1日の過ごし方について、午前中は近くの森に行き錬金に使用する素材を採取する。午後になったら研究室で錬金したり、村を回ったりしている。
たまに夕方や夜、朝早くに採取に出かけることもある。その時間に採取をしないとダメな特殊素材もあるから。錬金というのは本当に奥深い。ただ採取するだけじゃ、錬金に成功しないことも。色々な条件をクリアして、素材を集める必要がある。
それから、家の手伝いで畑仕事をしたりすることもあった。最近になって、家の畑の権利は父親から長男に引き継がれていた。大人になってから責任も芽生えたのか、近頃の兄たちは協力して畑仕事を頑張っているようだった。末弟ということもあってなのか、俺はたまに手伝うだけ。錬金術の方に集中させてもらっている。
そんな、ある日のこと。
「ん?」
午後の時間。いつものように錬金をしている最中、研究室の扉がトントンとノックされた。集中が途切れる。
誰かが研究室を訪ねてきたようだ。村の人達は、この時間に俺が錬金を行っていることを知っている。気を遣い、この時間は研究室を訪ねないようにしてくれていた。それなのにわざわざ、この研究室まで来たということは緊急の要件かもしれない。
俺は錬金釜から杖を抜くと、錬金を中止する。それから、扉を開けた。
「どうしました? あれ?」
「突然の訪問、申し訳ない。マルグレット様は、こちらにいらっしゃいますか?」
扉の向こうには、メガネを掛けた知的そうな女性が立っていた。知らない人だな。顔に見覚えがないから、村人ではないようだけれど。村の外から来た人なのかな。
おばあちゃんに会いに来たらしいけれど、今は研究室に居ない。
「おばあちゃんなら、今は村の人たちに用事があって外に出ていますよ」
「……おばあちゃん? 貴方は、マルグレット様のお孫さんかしら」
「そうです」
タイミングが悪く、おばあちゃんは村の人たちに錬金アイテムを届けるために外出していた。それを伝えると、別の箇所で彼女は気になっていた。
おばあちゃんの孫だということを伝えると、メガネの女性は俺の顔に注目をした。年上のお姉さんに、顔をじっと見つめられる。コチラも見返す。
彼女の年齢は、30歳ぐらいだろうか。非常に整った顔をしている、かなり美人な女性だった。おばあちゃんとは、どういう関係だろうか。
「……」
「もうしばらくすると、戻ってくると思いますけど……」
しばらく黙ったまま見つめ合って、耐えられなくなったので会話を続ける。彼女はそれを聞いて、悩んでいた。
「そうですか。なら、戻ってくるまで待たせてもらっても良いかしら?」
「あー、えっと……。じゃあ、どうぞ中へ」
「失礼します」
おばあちゃんを訪ねてきたお客さんを研究室の中に招き、待たせることになった。すぐに戻ってくるだろうから、そんなに待たせることはないだろうと思うが。
「どうぞ、お茶です」
「あら、ありがとう」
メガネの女性を研究室内に置いてあるテーブルに座らせると、飲み物の紅茶も出してもてなす。それで、ちょっと手持ち無沙汰になってしまった。
研究室には俺と彼女の2人だけ。お客さんを待たせている状況だが、錬金の続きをしようかどうか迷う。あのまま錬金液を放置すると、品質が下がってしまうんだけどなぁ。でも、彼女を無視して錬金を続けるのもなぁ。
どういう人物なのか、おばあちゃんとの関係も分からないので警戒は必要だろう。だから、視線は向けたままでいる。見た感じ、悪い人ではないと思うが念のために。
もうちょっと待ったら、おばあちゃんが帰ってくるだろうから。俺は、静かにして待機しておこうかな。
「あら、おいしい」
紅茶を一口飲んで、メガネの女性はそう感想を漏らした。自己紹介とかしたほうが良いのかな。口を開こうとした時、研究室の扉が開いた。
おばあちゃんが帰ってきたようだ。
「戻ったぞ」
「おかえりなさい、おばあちゃん。お客さんが来てるよ」
「客? 誰じゃ?」
研究室に戻ってきたおばあちゃんにすぐさま、お客さんが来ていることを伝える。誰か知らないらしい。事前に会う約束などは、していなかったようだ。
「お久しぶりです、マルグレット様」
座っていた椅子から立ち上がって、ゆっくりとお辞儀をする客人。おばあちゃんに対して、とても敬意を感じる丁寧さだった。
「なんじゃ、お前か」
「知り合い?」
客人の顔を見てすぐに納得したおばあちゃん。知り合いのようだけど、俺は誰だか知らない。
「私の名は、マデリーネと申します。今は、ノルニシスにある錬金学園の学長を務めております」
俺の呟いた疑問に答えてくれたのは、メガネを掛けた女性。名前はマデリーネさんというらしい。錬金学園の学長だと聞いて、驚いた。
見た目が立派だったから、何かしらすごい人なんだろうなと思っていた。けれど、そんなに偉い人だったとは。まだ若そうなのに、学園を取り仕切っているらしい。
ノルニシスって、確か王都の名前だったはず。ユノヘルの村から遠く離れた場所にある栄えた街。王都にある錬金学園ということは、かなり大きな学園だと思うけど。俺の目の前にいる若い女性が、そこの学長ということ?
そんな人が、どうしておばあちゃんに会いに来たのだろうか。マデリーネさんが、ユノヘルの村まで来た目的が気になった。おばあちゃんもそこが気になったようで、面倒くさそうな表情で尋ねていた。
「それで、わしに何の用だ?」
「マルグレット様には、ノルニシスで錬金術について教えて頂きたいと思いまして。先生として、来季から錬金学園に来ていただけませんか?」
マデリーネさんは、単刀直入に会いに来た目的を伝える。おばあちゃんを錬金術の先生としてスカウトしに来たという。王都にある学園の先生に迎えようと考えているらしい。これは、凄いことなんじゃないだろうか。
俺は2人の会話を邪魔しないように口を閉じて、静かに横で見ていた。
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