第241話 転生した先には
いつものように、見知らぬ新しい世界へ転生した。生まれたのは、ほのぼのとした雰囲気の漂う平和そうな村。そこは、ゆったりとした時間が流れている土地。
前世では使うことが出来なかった魔力は、今回、ちゃんと使えるようだった。また赤ん坊のうちに鍛えておく。いつものように魔力を使えるようにしておけば、何かと便利だから。
アイテムボックスも、ちゃんと繋げることが出来ることを確認した。中に収納していた物も自由自在に取り出せる。前世で不調だったのは、何だったのか。原因が何か分からないので、怖いな。またいつか、使えなくなるようなことがありそうなので。覚悟はしておこう。再び使えなくなる可能性がある、ということを。
この世界に住む人たちは、ちゃんと魔力の存在を認知しているようだった。綺麗に魔力を操っているように見える。その中でも一際、魔力の扱いが上手くて身体の中に蓄えている魔力の量が格段に多い人がいる。それが、祖母のマルグレットだった。
「おぉ、この子が新しく生まれた子か」
「そうよ、お母さん。あまり怖がらせないでよね。また泣いちゃうから」
「泣かせようとは思っておらん。勝手に泣いてしまうのじゃ」
「それは、お母さんの顔が怖いからよ」
「む」
俺を抱きかかえている母親が、興味津々に近寄ってきたマルグレットに注意する。今までそんなに怖がらせてきたのかな。おばあちゃんは柔和な顔をした、優しそうな人に見えるけれど。
「うむ。この子は、泣かないな。度胸のある子のようじゃ。大きくなったら、わしが錬金術を教えてあげよう」
「また言っているの? まったくもう、お母さんは。今まで教えようって言ったのに、ちゃんと教えてないじゃない」
「それは、あの子らに錬金術の才能が無かっただけじゃ」
「そんなこと言って、教えるのが面倒になっただけじゃないの?」
「バカ言え。才能が無い子に教えても、無駄だからな。あの子らには早々に見切りをつけたんじゃよ」
「ふーん。そうなんだ」
マルグレットの言葉を、あまり信じていないという感じで母親は適当に聞き流していた。それでもマルグレットは、気にせずニコニコと嬉しそうな表情をして俺の顔を覗き込んでいた。
半年が過ぎると、自力で立てるようになった。1歳になる頃には、走れるようにもなった。行動範囲が広がったので、あちこちを歩き回って村の様子を観察していく。
俺が生まれたのは、どうやら魔力が当たり前に存在している中世のファンタジーな世界のようだった。モンスターも居るらしい。文明は、それほど発展はしていない。村の近くに畑を耕したり、森の中で野生動物を狩ったり、近くにある湖で釣りをして食料を調達しているようだ。
村の環境は、それほど厳しくない。1年中ずっと、良い感じに気温が一定しているから過ごしやすい場所にあった。
もしかすると、この村が特殊なのかもしれない。外の世界に行ってみたら、もっと文明が発展している村や町などがあるかもしれない。まだ幼い俺は、村から出る機会が無かったので確認する手段がない。村の人たちも、あまり外の話をしないから。
「リヒト。畑仕事、行こうか」
「うん」
「行ってらっしゃい、2人とも。気をつけてね!」
母親に見送られて家を出る。父親と並んで、畑までやって来た。
3歳になって父親の畑仕事を手伝い始めた。俺の上には、5人もの兄と姉が居た。けれど、まだ遊びたい盛りの子どもたちばかりだった。その子たちも時々言われて嫌々ながら、種まきや収穫などの繁忙期には手伝うことはある。ちゃんと手伝ってるので、マシな方だろう。家族仲も悪くはない。前のように、村を出ていく必要もないと思う。
俺は、父親の仕事を喜んで手伝っていた。
畑仕事は、トレーニングにちょうど良いから。開墾するためにクワを振り上げて、振り下ろす。この動作で全身の筋力を鍛えていく。草むしりには体力を使い、収穫した野菜を素早く運ぶのに、また筋力を使う。この作業で、効率的に筋肉が鍛えられていった。
父親が黙々と畑仕事している横で、俺は畑仕事をしつつ自分の身体を鍛えていく。身体を鍛えて、同時並行で魔力もトレーニングした。魔力で畑の状態を良くしたり、身体能力の強化など。
前世では、全く魔力を扱えなかった。かなり鈍っているようだから鍛え直さないといけない。
気配察知能力も、かなり鈍っているようだ。もう一度、訓練しておかないと。この世界には、モンスターが居るようだから戦うことになるだろう。その時にはちゃんと勝てるように、備えておく。
前の人生は、かなり平和な世界で生きてきた。周りのサポートも多く、生きるのが楽だった。楽しすぎて、色々な感覚も鈍っているから。あらためて、気をしっかりと引き締めないといけないだろう。
「ちょっと、この子を借りるぞ」
「え? 母さん!? どこに連れていくつもり?」
俺が4歳になった頃、おばあちゃんはが家にやって来た。おばあちゃんは俺の体に両腕を回して抱き上げる。体をグイッと持ち上げられて、地面に足がつかないような状態になった。俺は、捕まってしまった。
「もう、待てん。錬金術の勉強を始める」
「チョット待ってよ母さん! まだ、リヒトは4歳になったばかりなのに」
おばあちゃんの腕にの中で、母親との会話を聞いている。錬金術については興味があった。教えてもらいたいけれど、4歳だとダメなのだろうか。
「大丈夫だ。魔力の扱い方は、まだ教えん。とりあえず錬金術の基本である、採取を教え込むだけじゃ」
「それにしたって、森に行くんでしょう? 危ないんじゃないの?」
母親が、タイミングを見計らって俺を取り戻そうと狙っているな。おばあちゃんは奪い返されないように、力強くギュッと抱きしめてくる。ちょっと苦しい。
俺を抱えているおばあちゃんは、60歳を超えているはず。そんな年齢の割には、意外と力が強い。俺は抱えられたまま、黙ってじっとしていた。
実は、父親が近くのテーブルに座って様子を見ている。だが、母親とおばあちゃん2人の話し合いに割って入ろうとしなかった。黙って見ているだけ。兄や姉たちは、遠く離れた場所で遊んでいる。こちらの様子には興味無さそう。
「大丈夫だろ。ちゃんと準備をしていく。安全な採取場所に連れて行ってやるから。この子なら、心配ない。身のこなしがちゃんとしている。体力もある。父の畑仕事を手伝っている姿を、わしはずっと見ていたからな」
「ほんとに?」
「もしも怪我をさせてしまったら、二度と錬金術を教えるとは言わん」
「……わかったわよ。リヒトも、それで良い?」
渋々という感じで、母親が頷いて了承する。そして、最終的な判断を委ねられた。おばあちゃんから錬金術を学ぶかどうか、一緒に森へ行くのかどうか。
もちろん、俺の答えは決まっている。
「うん。行く」
「良い子じゃ!」
力強く頷いて、一緒に行くと答える。頭上からは、嬉しそうなおばあちゃんの声が聞こえた。おそらく表情も、ニコニコと笑顔だろう。
こうして俺は、おばあちゃんの研究室に招かれた。そこで、錬金術の基本について教えてもらう。知識だけで、実践は無い。その後は、森の中に行って素材採集の方法など、色々と教えてもらった。今まで知らなかった、新しい知識を。
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