第238話 作家としての人生
最初の目的は、転生の記憶をデータで残しておこうと思ったから。俺と同じように転生してきた者を探すために、ネット上にいろいろな国の言語で誰でも読めるように書いた文章を公開してみた。これを見つけて気付いた人が連絡してくれないかと期待して。
まさかそれが、出版社の人の目に留まって書籍化するとは予想していなかった。
色々と騒動はあったものの、幸運も重なってイギリスで出版した本がヨーロッパでベストセラーになった。それから、映画化などで世界中で知られるように。予想していなかった展開だった。
残念ながら、転生者と出会うためという目的は果たせていない。この世界に、俺と同じように転生してきた者は存在していないのか。それとも、連絡を取り合いたいと思わなかったのか。その他に、何か原因があったのか。どうなのか分からない。確認する方法も無い。
身近にいる人物で、もしかして転生者ではないかと感じた人もいる。沙良ちゃんのことだ。彼女は俺の書いた文章を読んで、懐かしいなと感じたらしい。まるで、別の世界で生きていたことがあるような感想だった。
もしかして、そんな記憶があるのか。けれども、彼女の口から転生者であるという話は聞いていない。隠している様子も無かった。
やっぱり、転生者に出会おうとすると難しい。こちらから探しに行こうとしても、見つけることは出来なかった。転生者かどうか、見ただけで判断することは出来ないから。存在しているかどうかも分からないので。運に任せて、何かキッカケがないと出会うことは出来ない。かつての仲間や妻たちが転生していたとしても、再会することは困難。
だが、諦めてはいけない。長い繰り返し人生の中で、何度か再会することも出来ていたから。やっぱり、運良く再会することを願うしかないのかな。そのために色々と仕掛けておいて、再会するチャンスを増やす努力も必要だろう。
結局、最期まで沙良ちゃんが転生者であるかどうかは分からなかった。俺は彼女とそういう話も一切しなかった。幸せそうに過ごしているので、知らないままでも良いだろうと思ったから何も語らなかった。彼女が転生者だという予想は、俺の勘違いという可能性もあったから。
今回の人生も、俺は誰とも結婚しなかった。結婚したいと思う相手が居なかった。男性と結婚するという気持ちがなかった。体は女だけど、精神的に男のままである。恋愛対象も女性だった。なので、今回の人生では生涯独身を貫いた。子どもは欲しいと思ったけれど。
ただ、結婚せずに子どもを持たなかったので横大路家には名を残すことが出来た。横大路家とは血の繋がりのない俺は、余計な禍根を残してしまう可能性もあるから、結婚する場合は関係を切って正式に家を出る必要があった。
結局、誰とも結婚しなかったので最期まで横大路家の一族として名を連ねることを許してもらった。両親に、孫を見せてあげられなかったのは申し訳ないけど。
死に際も、横大路家の子孫たちに囲まれながら迎えることが出来た。
「おばあちゃま! 大丈夫だよ、頑張ってね!」
「まだ、元気で生きて! いっぱい、面白いお話を教えて」
「いやだよ、お別れなんて。レイラお祖母様!」
沙良ちゃんの孫や、ひ孫たちが悲しそうに俺の顔を覗き込んでくる。病院のベッドの上で寝ている俺の周りを、子どもたちが囲んでいる。俺を慕ってくれた子たちだ。
その他にも横大路一族のみんなが来てくれた。小さい子から、大きくなった子まで何十人も。これまでに俺が見守ってきた横大路家は、みんな仲が良かった。この先も安泰そうなので、安心して逝くことが出来る。
魔力を感じられない世界だけど、それなりに長生きすることが出来た。沙良ちゃんは先に逝ってしまい、寂しい思いをしていた。ちゃんとお別れすることは出来たので良かったけれど、やっぱり寂しい。
だけど、俺の周りには沙良ちゃん以外に横大路家のみんなが居た。
横大路家には、色々とお世話になった。生まれたときから、今までもずっと助けてもらってばかり。助けてもらった分、恩返しは出来たと思う。俺は世界で最も売れた作家として有名になったし、収入のほとんどを寄付して社会貢献もしてきた。様々な活動を通して、横大路家の名にも箔が付いたと思う。
「……ぁ……と、ぅ」
「おばあちゃま!?」
「喉は大丈夫? 痛くない?」
「無理しないで」
相変わらず、声は出せない。心配するみんなに答えようとしたけれど、逆に心配をさせてしまったかな。今の俺の体には、デバイスではなく生命維持装置が取り付けてあるからコミュニケーションを取れない。伝えたいことが、伝えられない。
かなり便利な装置だったので、次の人生へ持っていくためにもアイテムボックスの中に収めておいた。持っておけば、今後も何かの役に立つかもしれないから。
今回、なぜかアイテムボックスを正常に使いこなすことが出来なかった。この中に入れておいた道具が取り出せなくなった。繋がらなくなった訳ではない。中に入れることは可能だったから。なので、とりあえず次の人生に備えて適当に色々な物を中に放り込んでおいた。出版した本とか関連のグッズ、他にも色々と。
もしかするとまた次も、アイテムを取り出せないという可能性もあるけれど。とりあえず、備えておく。次の人生もあると信じて。
「ばあちゃん、これ! 書ける?」
近くに居た子が、俺にペンを渡してくれた。受け取ったが、腕の筋肉が衰えていて上手く文字を書けそうにはないか。でも最期だから、ちょっとだけ頑張ってみよう。最後の力を振り絞って、メモ用紙に文字を書く。
”みんな、ありがとう。いままで、とってもたのしかったよ”
最期は、作家として文字で気持ちを伝えることが出来たかな。力が入らずブレブレで、文字も汚かった。しかも、ありきたりな文章。だけど、読んでくれた人の感情を揺さぶり、泣かせることが出来た。感謝の気持ちも伝えられたと思う。
それで十分、満足だ。
「あっ! お祖母様!」
「目を開けて!」
「ばぁちゃーん!」
最期の力を振り絞ったので、限界が早まったな。目を閉じてみると、周りが騒然としていた。医者が慌てて処置しようとする。申し訳ないが、もうダメそうだ。自分でわかる状態の悪さ。
ゆっくりと尽きていく自分の生命力を感じながら、俺は次の人生に向かった。
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