第237話 どんどん自滅

 仕事と学業の時間以外は、なるべく沙良ちゃんと一緒に過ごした。海外での学生生活1年目は、とても楽しかった。ちゃんと、彼女が寂しい気持ちにはならないように仲良くして、孤独を感じないように一緒に過ごせたと思う。


 もしかすると、沙良ちゃんならば俺が居なくても1年間ぐらいは乗り切れそうとも思ったけど。良成さんから頼まれたミッションは、しっかりと果たせたと思う。


 作家活動も、かなり順調だった。映画やドラマなど様々な方面へ、作品がどんどん展開している。次の映画の撮影も始まっていた。今回も映画の内容やキャストなどは全て任せている。余計な口出しをしないようにした。1作目は、かなりの成功だったみたい。次も、無事に成功してほしいな。


「久々の日本ね」

”そうですね。この前の庭園会以来ですかね”


 沙良ちゃんは、無事に3年間の留学を終えて日本へ帰ってきた。横大路家の行事があるとき以外は、イギリスで過ごしてきた。だけど今日から彼女は、日本での生活に戻ることになる。俺はあと2年ほど、向こうで過ごす予定。沙良ちゃんのサポートが終わったあとも、学校を卒業するまでは向こうで生活することになっていた。


 その後、日本に戻ってくるかどうかは、その時に考えるつもりだった。おそらく、向こうで暮らすことになりそうだけど。


 2人で飛行機に乗って、日本へ帰ってきた。もう何度も2人だけで飛行機に乗った経験があったので、慣れたものである。実は、数人の護衛が隠れて付いてきていたりする。沙良ちゃんや俺には見えないように、影から見守っていた。気付いているが、わざわざ言う必要もないだろう。気にせずに、2人だけの帰国ということにする。




 ベルトコンベアーから流れてくる荷物を受け取る。


「あ、私も自分の荷物ぐらいは持ちますよ」


 自分のカバンと、沙良ちゃんのカバンを両手に持った俺は、首を横に振って大丈夫だとアピールする。


「ありがとうございます。じゃあ、車に乗るところまでお願いしますね」


 今度は、首を縦に振って了解したことを沙良ちゃんに伝えた。2人で並んで空港のロビーを歩く。この先に、迎えが来ているはずだ。


「先生ッ! せんせぇ!」

「え? な、なに!?」


 すると突然、叫ぶような声を出す男が現れた。コチラに向かって、走り寄ってくる。


 突然の出来事に沙良ちゃんは驚きの声を上げて、身体をビクッと硬直させていた。俺は、彼女を後ろにかばう。一体、何事だろうか。


「ガハッ!? う、うでがぁっ!?」

「確保!」

「絶対に、お嬢様たちに近づかせるな!」

「武器は所持していない」

「まだ、何か隠し持っているかもしれない。厳重にチェックしろ!」

「周りのお客さんにも被害が及ばないようにっ!」


 数メートルぐらい離れた位置で、叫ぶ男は捕まって床の上に押し付けられていた。空港のお客さんが、何事かと立ち止まって騒然としている。屈強な黒服の男たちが、取り押さえた男の周りに集まってきた。その集団の男たちの中に見知った顔もいる。俺たちの帰国を護衛していた人達とは別の、横大路家の関係者のようだが。


 叫びながら走り寄ってこようとした男以外に、危険そうな人物は居ないだろうか。

持っていた荷物を床に置いて、腕に抱きついてきた沙良ちゃん落ち着かせながら、俺も周辺を警戒する。


 どうやら、大丈夫そうだ。とりあえず、危なそうな気配は感じない。彼1人のようだな。


「は、話を聞いて下さい! レイラ先生! 横大路麗羅さん!」

「おい、黙れ」


 男のターゲットは、俺だった。沙良ちゃんを巻き込んでしまったのは申し訳ない、と思いながら状況を把握する。男の顔をよく観察してみたけれど見覚えがない。俺のことを先生と呼ぶということは、作家活動に関係する人なのか。


 暴れる男を捕らえている黒服の人に、視線を向ける。ちょっとだけ待ってほしい。男の目的を把握しておきたい。


「俺が最初に貴女の作品を見出して、書籍化しようと交渉した編集者の志鹿しかです!」


 楽本社の人か。名乗ったが、記憶にない名前だった。連絡を取り合ったのは何年も前のことだから。それなのになんで今さらになって。しかも、事前の約束もなく突然強引に会いに来たのだろうか。


 編集者を名乗る男は、まだ床の上に押さえつけられて身動きがとれないような状態だった。そんな格好で、彼は必死の形相で俺に話しかけてくる。


「貴女は勝手に別の出版社と契約した。先に交渉していた、ウチが了承もしていないというのに!」


 目を血走らせて気迫のこもった叫び。だけど、彼の記憶は曖昧になっている。彼の都合の良い感じに事実を捻じ曲げていた。連絡を途絶えさせたのは、彼の方だった。その後、何度か確認のメールを送ったけれど返事が来なかった。自然消滅して、その関係も終わっていたはず。


 そもそも、楽本社とは契約も何も結んでいなかった。楽本社の人からは、とやかく言われるような筋合いはない。


「過去のことは忘れます。だから、今後は楽本社とも出版契約を結んで下さい!!」

”お断りします”


 ディスプレイを取り出し、編集者の男に突きつけた。もちろん、考えるまでもなく契約なんて結ばない。結ぶはずがない。男は目を見開いて、信じられないという表情を浮かべていた。


「そ、そんなっ! それじゃあ、今度こそ俺はクビになってしまう……」


 男は泣きそうな顔をしていた。それで同情を引こうとしても無駄だろう。だけど、周りの人たちが見ていた。もう、十分かな。


「まだ、話し合いを! 我々が貴女に協力するため、何をすれば良いのか! 教えてくださいッ!」

”連れて行って下さい”

「了解しました」

「ま、まってくれ! 話を、してくれ。俺の話を、聞け!」


 まだ諦めようとせずに、床の上で喚いている男。もう彼のことは無視して、黒服の人たちに後を任せることにした。


「まだ近くに誰か潜んでいるかもしれません。お車まで、お連れします」

”よろしくおねがいします。行きましょう、沙良ちゃん”

「え、えぇ。分かったわ」


 護衛の人たちが一緒に付いてきてくれるらしい。俺の後ろで静かに状況を見守ってくれていた沙良ちゃんに、ディスプレイを掲げてみせる。ここから早く移動したい。


 その後、楽本社の編集者という男の身柄は警察に引き渡された。特に何事もなく、沙良ちゃんや俺も無事に今回の事件は終わった。


 今回の件が話題になって、世間の評判が悪くなった楽本社はさらに苦しい状況へ。会社を畳む寸前まで追いこまれたようだった。彼らは、勝手に自滅していった。

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