第234話 映画公開
新しい生活がスタートして、今までとは違う暮らしに早く慣れようと努力したり、イギリスに来たことで今までよりも直接やり取り出来るようになったリイン・フォーティブ社との仕事に追われたりしているうちに、あっという間に時が過ぎていく。
そして、9月の入学時期になったので、俺も学校へ行くことになった。19世紀の前半に設立されたという、歴史ある私立のスクール。沙良ちゃんも通っているところに、俺も一緒に通うことに。
「安心してください。わからないことがあったら、私に聞いてくださいね。ちゃんと教えてあげますから」
”ありがとう、沙良ちゃん”
そんな感じで、手厚くフォローしてくれる沙良ちゃんのおかげで、俺はすぐ学校に馴染むことが出来た。新しい友人も出来て、充実した日々を過ごせている。
その学校では、選択科目がたくさん用意されていた。選択肢の中から生徒は自由に受けたい教科を選ぶことが出来るらしい。得意な分野や入試に有利な科目など幅広い選択肢の中から、自分で選ぶことが出来るのが魅力的だった。
つまり、学びたいことが学べる。俺は学びたいことが、まだまだいくらでもある。このチャンスを無駄にはしたくない。
沙良ちゃんは、経済学やリーダーシップ理論、心理学などを主に学んでいるようだ。将来は横大路家の重要なポジションに就くことが決まっている。その時のために色々と勉強しているらしい。
それに比べて俺は、気楽なポジションだ。血が繋がっていないことや、横大路家の財産を相続する権利がないことも、両親から話を聞いていた。中学を卒業してすぐ、こっちに留学する前に聞いた。昔、俺が赤ん坊だった頃にも聞いた、あの時の話だ。今でも覚えている。今なら話しても大丈夫だと両親が判断したのか、その話を聞かせてもらえた。
横大路家の財産を相続する権利がないことは、むしろ好都合。責任を感じる必要がなくて、気楽な立場だから。それに俺は、ロイヤリティや印税の収入で余裕がある。今すぐ放り出されたとしても、生活に困ることはない。
だから、本当に自由に選択科目を選べた。とりあえずは歴史と文学について学んでみようと思って、それを選んだ。
学校の勉強は順調で、中学の頃から変わらず余裕だった。沙良ちゃんも相当優秀で、課題もすぐに終わらせる。だから休日は、一緒に街を出歩いたりして遊ぶことも出来ていた。
色々な場所を観光したり、美味しいものを食べたり、買い物を楽しんだり。
「イギリスは食事が美味しくないという話も聞いたことがありますが、実際は美味しいものも多いですね」
”そうだね。ここは特に美味しいと思う”
屋敷の近くにあったレストランで食事しながら、そんな会話をする。昔、俺が別の世界でヨーロッパを巡って料理修行をしていた頃に立ち寄ったイギリスは、まだまだ酷い店も多かった。素晴らしい店もあったけれど。
コチラの世界は、そういう酷い店が少ない気がする。世界の違いか、時代の違いか。もしかしたら、もっと地方へ行けば噂に聞くような店も見つかるかもしれない。わざわざ探し出して、そんな所へ食事しに行こうとは思わないけれど。
また別の日は、映画を見に行くことになった。日本の映画館とは雰囲気の違った、ちょっとレトロな感じの映画館。
「この古い感じが素敵ですね。ここのシアターは、ミュージカルや演劇も楽しめるそうですよ」
”そうだね。今度は、そういうのも観に行きたいね”
「はい、楽しみです。でも今日は、レイラちゃんの映画を存分に楽しみましょう!」
”いやいや、これは私の映画じゃないんだけどね”
原作を提供しただけで、それ以外は一切口出しをしていない。映画の監督にお会いしたのも一度だけ。主演している俳優には一度も会わなかった。どういう内容にするのかも、全ておまかせしている。その程度の関わりしかないので、俺の映画だなんて言えない。
でも、少しは関わっているので失敗してほしくないという想いもある。面白い映画になっているといいなぁ。そういう気持ちで、初めてその映画を見た。沙良ちゃんと一緒に。
映画が上映されている間、内容よりも周りの反応が気になった。映画を見ている人は楽しんでくれているのか、面白いと思ってくれているのか。どんどん、制作者側のような気持ちが大きくなっていく。やはり、原作を提供したというのはデカいのか。
映画が終わり、拍手が響く中で席を立つ。沙良ちゃんと一緒に、暗いシアターから早めに出る。そこでは、ディスプレイを使った会話は迷惑になるかもしれないから。移動している間に背中に感じる拍手の音で、好評だったのが伝わりホッとした。
「とても面白かったですね」
”そうですね”
すぐに感想を語り合う。沙良ちゃんの面白かったという評価も嬉しい。
「キャストのイメージは原作と違いましたが、映画はこれでよかったと思いますね。原作のキャラを活かしつつ、文字での伝え方とは違う、映像で魅力を引き出していたと思います」
”うんうん。とても演技が上手でした”
「映像の迫力も凄かったです。展開も丁寧に作られていましたし、楽しめました」
俺の原作から作られた映画。つまり、俺が過去に体験した記憶。自分の再現ドラマを見ているような感覚もあった。ちょっと不思議な感覚。
シアターから次々と出てくる客の表情は明るくて、不満そうな雰囲気はなかった。俺たちと同じように、あちこちで感想を言い合っている人達もたくさん。
今日は、映画を見に来てよかった。
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