第229話 再び、庭園会で

 横大路家では年に1度、庭園会という行事があった。横大路家では、とても大事な集まりである。参加できる人は、必ず参加。俺も毎年、参加させてもらっている。


 イギリスに留学している沙良ちゃんも、庭園会に参加をするため日本に帰ってくるという。彼女と再会するのが楽しみだった。沙良ちゃんと直接会うのは、3ヶ月ぶりぐらいになるのかな。




 中学2年生の俺は、子どもたちが集まっている場所に移動する。まだまだ自分は、子どもだと認識されているから。高校を卒業したら、大人たちの集まりの方へ参加をすることになるらしい。それまで俺は、子どもたちと楽しく戯れていようと思う。


「レイラちゃん」


 背後から懐かしい声が聞こえてきたので、振り返る。そこには美しい女性が立っていた。沙良ちゃんだった。


「久しぶりね、レイラちゃん」

”お久しぶりです、沙良ちゃん。とても綺麗になりましたね”


 久しぶりに会った沙良ちゃんは、とても美人な女性になっていた。たった3ヶ月間会わなかっただけで、こんなに美しい女性に変貌するのかと驚く。以前も綺麗だったけれど、今はさらに綺麗になっている。


「ありがとう。そういう貴女も背が伸びて、とてもカッコよくなった」

”173センチになりました”


 中学生になってから、ぐんぐんと背が伸びていった。沙良ちゃんと比べてみると、身長差が10センチぐらいある。俺の頭に手を伸ばして、こんなに大きくなったねと嬉しそうに微笑む彼女。


 俺は女性にしては、かなり背が高いほうだと思う。胸が小さくてスリムな体型なので、男性に間違われることも多い。女っぽくない身体と性格で、母親がちょっとだけガッカリしている。


 母は可愛いもの好きだから、俺が女性らしく育つのを期待していたみたいだった。シャツにジーパンというラフな格好をして過ごしていると、口には出さないけれど、母親は残念そうだった。なので、たまに可愛い服やスカートなどの女性らしい服装を着て見せている。可愛い格好をすると、母はとても喜んでくれた。たまに着るぐらいなら、別に嫌ではないので。特別感もあって、俺も楽しい気持ちになる。


 だけど、普段の格好は動きやすいパンツスタイルの方が楽なんだよなぁ。今日も、フォーマルな格好だけどスカートではなくズボンだ。




 沙良ちゃんと2人で一緒に、集まっていた子どもたちの面倒を見る。といっても、横大路家の教育が行き届いた賢い子たちばかりだったので、面倒なことは何もない。庭園会に参加している子どもたちは、ちゃんと行儀良く振る舞っていた。そんな彼らと、しばらく会話を楽しんだ。そうしているうちに、時間も過ぎていく。




 子どもたちの集団から離れて、沙良ちゃんと2人だけの会話も楽しむ。


「みんな、とても良い子にしてくれている。私の後をレイラちゃんに任せて、本当に良かったわ」

”いえいえ。今まで沙良ちゃんが、小さい頃からずっと面倒見てきた子たちなので。それに、私だけじゃなくて横大路家の他のみんなも協力してくれたから”


 俺だけじゃなく、他の中学生、高校生の子たちが小さな子の面倒を見るようにしてくれている。それを離れた場所から優しく見守って、何か問題があったら手助けしてくれる大人たち。みんなで協力する。そんな風に良い環境を築き上げてくれたのは、沙良ちゃんだった。


 そう言って褒めると、彼女は恥ずかしそうにしていた。


”向こうでの生活は、どうですか?”

「親や、他のみんなと離れて生活するのは少し不安だったわ。だけど、新しい生活に慣れてきて友だちも出来て、楽しく過ごせているわよ」


 それは良かった。表情を伺うと、本心だということが分かる。楽しく過ごせているようで安心した。


「あ、そうだ。ちょっと、アレを持ってきて」

「はい、すぐに」

”なんですか?”


 彼女が何か思い出したのか、声を上げてスタッフの1人に何かを取りに行かせた。俺は首を傾げる。


「実は、向こうで見つけた素敵な本を貴女に紹介したくて」


 それを聞いて、なんとなく予感がした。彼女が向こうで見つけた本ということは、イギリスで販売されているということ。つまりは……。


”あの”

「ありがとう。この本なんだけど」


 説明しようとすると、スタッフが戻ってきて沙良ちゃんに本を手渡した。それが、そのまま俺の目の前に差し出される。表紙は、よく見慣れたものだった。


”あの!”

「ん? どうしたの?」


 文字が表示されているディスプレイを強引に、沙良ちゃんの目の前に掲げる。彼女が持ってきたという本の紹介をしてくれようとするのを、無理やり遮った。


”実は、この本知ってます”

「あら、やっぱり? 日本でも有名になっているのね」


 いや、そういうことじゃなくて。思い切って、彼女に告げることにする。


”その本を書いたのは私です。作者のレイラというのは、私のことです”

「……え?」


 俺が告げると、困惑した表情を浮かべる彼女。どういうことか、わかっていない顔だ。そういえば、沙良ちゃんにちゃんと報告していなかったかな。留学の準備で忙しそうにしていた時期だから、軽く伝えただけだったかもしれない。


「……そういえば、作者の名前はLayla。レイラちゃんと同じ。いや、でも……」


 作者の名前を確認する。横大路の名字は使わないで、自分の名前だけ使っていた。だから、気づかなかったのだろう。しかも、海外で出版した本だから。


 まだ信じられない様子の沙良ちゃんが、その本に関する問題を出してきた。


「じゃ、じゃあ、問題です。この本に登場する主人公の名前は?」

”リヒト、ですよね”

「あ、あたり! じゃあ、次は――」


 それから、本の内容について次々と問題を出されるので、俺は答え続けた。魔法を発動させるための呪文について。登場した貴族の名前やら王国名、特有の文化など。物語の終盤で、主人公の死因は何か。殺された理由は。


 俺は本の内容を思い出すというよりも、自身の過去を思い返しながら彼女の質問をスラスラと答えていった。というか彼女は、こんなに色々な問題を瞬時に出題できるぐらい何度も繰り返し、本を読んでくれたということか。それに感動した。


 繰り出される問題を淀みなく答えていく俺を見て、今までに見たことがないくらい感情豊かな表情を浮かべる沙良ちゃん。ものすごく驚いている。何度も何度も。


「えっ、と。じゃあ、……本当に、貴女が作者なの?」

”はい。その本を書いた作者のレイラです”


 最終確認されて、俺は頷いて答える。その通りです、と。ようやく沙良ちゃんも、俺が書いた本だということを信じてくれた。そして。


「えええぇぇぇぇぇ!?」


 沙良ちゃんは、大きく口を開けて叫んだ。彼女の、そんな大声は初めて聞いたな。今日は、彼女の見たことない反応をよく見る日だった。


 そして沙良ちゃんは驚いた表情で固まり、俺の顔を凝視していた。

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