第228話 順調な売れ行き

「よくやったな!」

「ほんとに! 凄いわよ」

”ありがとう”


 俺は今、両親から褒められていた。母親にギュッと抱きしめられて、父親には頭を撫でられる。純粋な称賛の言葉に、俺は気恥ずかしさを感じつつも感謝の言葉を伝えた。


 2人に本の売上を報告した。それで、小さな子どもにするような褒め方をされた。彼らにとっては、まだまだ俺は子どものようだった。もう中学生だし、中身は何度も転生を繰り返して成熟し過ぎた精神が宿っている。でもまぁ、悪い気はしない。


 両親に喜んでもらえたのは嬉しい。けど、1億円という大金を受け取ることになって、税金の手続きなど色々と手間を取らせてしまう。それが少し申し訳なかった。


 既に、翻訳ソフトのロイヤリティの一部を受け取るための手続きなどを任せているので、さらに手間が増えてしまいそうだから。


「そんなのは、全然気にすることはないぞ。むしろ、ちゃんと出来る人に頼ることを覚えなさい」


 父親から忠告される。出来る人や頼れる人を見つけて、任せられるようになるのが大事だということ。全部、自分だけでやり遂げようと考えなくて良い。もっと頼ってくれて良いと。


 今でも、かなり多くの人達に助けられている。頼りっぱなしにはなりたくない、という気持ちもある。自分なら出来るから。だけど、その意識が両親を心配させているのかも。それなら、もっと遠慮なく周囲の人を頼っていこうかな。


 父親の忠告を聞いて、俺は素直に頷いた。ちゃんと親の言うことを聞こう。


「可能な限り、私たちは手伝うわよ」

「母さんの言う通り。だから、そんなに申し訳無さそうな顔をしないで、な」

”うん。わかった”


 どうやら俺は無意識のうちに、申し訳無さそうな顔をしていたらしい。心配させてしまったようだ。


 両親が良い人だったから、なるべく恩を返したい。迷惑にならないようにと思ったけれど、その気持ちも逆に心配させてしまったようだ。


 人との関わり方や、距離感の取り方が下手なんだ。


 ずっと人との関わりを断って、1人と1匹だけで生きてきた前世の影響が出てきたのかな。人に頼るという意識が薄れていた。今まで色々な人生を送ってきた弊害だ。ちゃんと、適応していかないと。人と生きるって、難しいな。



***



 明細を送付してもらった後の打ち合わせ。次に出版する本についてを話し合う予定だったが、その前に聞いてみた。念のために。


”本の印税、あの金額は間違っていませんか?”


 貰い過ぎじゃないのかな、そう思ってマティルダさんに問いかけたつもりだった。だけど。


「申し訳ありません。増刷して売れた分の金額がさらに増えているので、次に支払う時に含めようと考えています。支払いが遅れてしまって、本当に申し訳ない」

”あ、はい。それは、大丈夫です”


 画面の向こう側で、おずおずと説明してくれるマティルダさん。怒っているんじゃないので、慌てて問題ないことを伝える。彼女は、ホッとしていた。


 あの金額は正しかった。むしろ、増刷した分がさらに売れているという。それで、支払われる金額も増えているらしい。あれから、さらに金額が増えると聞いて驚く。労力と報酬が見合っていないと感じてしまい、ちょっとだけ居心地が悪い。


 よく考えてみると、今までやってきた仕事の多くは肉体労働が多かったからなぁ。


 迷宮探索士は、命をかけて戦う仕事だった。料理人も、かなりの肉体労働。宇宙でパイロットをしていたときも当然、身体を使った労働。魔法を教える教師というのも、あの時代だと座学よりも実習が多くて、やっていることは肉体労働である。


 改めて、印税って儲かるんだなと、しみじみ思った。それから、翻訳ソフトのロイヤリティも、かなりの金額になっているらしい。


「イギリスだけにとどまらず、ヨーロッパ全土で貴女の作品が注目を集めています。だからこそ、多くの読者が次の貴女の作品を待ち焦がれているようです」

”そんなにですか?”

「ちょっと急がないと、暴動が起きてしまうかも」


 マティルダさんの表情は、真剣そのものだった。暴動が起こるというのは誇張した表現ではなくて、本気らしい。そんな事になっているなんて。


 順調過ぎる売れ行きによって、みんなの期待が大きくなっている。そんな期待に、俺は応えられるのかな。


「大急ぎで、次の本を出版しましょう!」

”そうですね。お願いします”


 ダレルさんは、精力的に働いてくれた。幸い、原稿は既に準備できている。今まで書き溜めてきた分で、本を出す余裕は十分にあった。あれを少し手直しすれば、すぐ本に出来る。


 1冊目と同じように、本のデザインなどは彼らに任せた。1冊目が大成功を収めたから、任せても大丈夫だろうという判断。


 彼らの作業が終わったら、俺は最終チェックだけ求められた。自宅に送られてきた本を確認して、すぐにオッケーを出す。ダレルさんたちの仕事は完璧だった。本の売れ行きが順調なのは、彼らの仕事が優れているからでもあるだろう。




 ものすごいスピードで2冊目、3冊目と俺の本が売り出されていく。


 相変わらず日本だと、あまり実感が湧かないな。ネットで海外のニュースサイトをチェックしてみると多くの記事があって、ちゃんと売れているようだった。


 リイン・フォーティブ社に、たくさんのファンレターが送られてきているそうだ。大量過ぎて、日本に転送するにはお金がかかり過ぎるために保管してもらっている。それぐらい多いらしい。


 やはり、近いうちに一度イギリスに行ってみる必要がありそうだった。今度の長期休暇に、旅行の計画を立ててみよう。両親にも相談して、一緒に行けたら嬉しいな。

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