第222話 放置気味

 すぐに、楽本社の編集者にメールで連絡を取った。よろしくおねがいします、と。このあと俺は、どうすればいいのだろうか。しばらく待つのかな。


 前世の記憶だと、実際に顔を合わせて何度か打ち合わせを行った。編集者が数人、編集長も会いに来てくれた。その時は、俺がダンジョンマスターとして有名人だったからだろうと思う。丁寧な扱いで色々と気を遣ってもらい、本を出版してくれたのを覚えている。


 その時の体験は、あまり参考にならないだろうな。今の俺は、ただの無名な小学生でしかないから。


 実際に連絡をくれた編集者と、顔を合わせて打ち合わせをするのか。打ち合わせをする場合は、コチラから出向く必要があるだろうな。だとすると、大人を頼る必要があるかもしれない。父親とか、米村さんに付き添いをお願いするか。話し合いの席についたとき、小学生の俺は侮られてしまいそうだから手助けを求めようと思う。


 そんなことを考えてみたけれど、あまり意味はなかったようだ。まだ打ち合わせは行われないようだから。顔を合わせる前の段階で、話がストップしていた。




 お願いしますとメールを送った後。最初の返事が来たのは、1週間経ってからだった。返信が遅かったなと思いつつ、送られてきたメールを開いてみた。何と書かれているのか、内容を読んでみる。


 まず、提案を受け入れてくれたことに対する感謝の言葉が書かれていた。それから今は、編集部の企画会議に掛け合っている途中だという。もうしばらく時間が掛かるそうだ。


 本の出版は、決定事項ではなかったようだ。何やら、向こうで話し合いが行われているということらしい。向こうの都合で停滞しているから、返事も遅かったみたい。編集部の企画会議で通らないと、出版には至らないそうだ。


 待てと言われたので、とりあえず俺は待つことにした。


 次にメールが届いたのは、3週間後のことだった。メールの返信は心配になるほど遅かった。書かれていたのは向こうの進捗状況について。まだ、編集部の企画会議に掛け合っている途中らしい。


 3週間前から、何も進展していないようだった。本の出版をお願いしてから、既に1ヶ月が過ぎていた。


 それから、まだ少し時間が掛かりそうかもしれない、ということが書かれていた。俺は、いつまで待たされるのだろうか。こんなに遅くなるものなのかな。


 両親からは、例の件はどうなったのか、と心配そうな表情で聞かれて答えに困ってしまった。まだ何も進展していないらしい、と答えるしかない。


 向こうが動き出してくれるのを、ただ待ち続けているだけだ。ダメでもいいから、早く結論を出してほしい。そんな内容を丁寧にメールで書いて送ってみた。だけど、企画が通るまでは待っていて下さいと定型文のような内容のメールが返ってくるだけ。


 その後、進捗とは関係ないようなメールも送られてくるように。出版を目指して、今のうちに文章をブラッシュアップしてもらえると助かります、と書かれていた。


 そんな内容と共に、いくつかの意見を提示される。文章を、こう直してみてはどうか、という提案。


 本来の物語には書いていなかったエピソードの追加や、キャラクターを新しく登場させるなど。根本的な部分の書き直しを要求された。


 もちろん俺は、別のものに書き換えられそうになる要求を拒否した。なのに何度も何度も、修正案として提示され続ける。俺が思い描いているお話とは、全く別の物語が勝手に展開される。やんわりとだけど、しつこく変えるように迫られ続けた。


 それはもう、俺の作品ではない。


 指示された通り内容を変えてしまうと、転生の記憶をまとめるという目的と反してしまうから。第一の目的は、転生の記憶をまとめるということ。第二には、転生者がこの世界に居るとして再会するためのキッカケになるように。出版をするというのは重要ではない。


 もしかすると俺が内容の変更を頑なに拒否し続けているから、向こうも本の出版に取り組もうとしないのだろうか。そう考えてしまうほど、俺は雑に扱われているのを感じた。


 徐々に、向こうからのレスポンスが遅くなっていった。もとから遅かったけれど。どんどん、メールの返信を待たされる期間が長くなっていく。メールが送られてくるのが3日後や1週間後に、半月後から半年後まで待たされるようになっていった。


 そしてまだ、書籍化の予定が決まらない。


 明らかに優先度が下げられ、後回しにされているようだ。あの熱烈なアプローチは何だったのか。


 結局、楽本社の編集者からの連絡は途絶えた。何度か確認のメールを送ってみた。けれど、何の反応も返ってこない。


 企画会議に掛け合っている段階で計画はストップ。そこから前に進む気配もなく。自然消滅というような形で、楽本社で本を出版する話は煙のように消えてしまった。


 その後、どうなったのか分からない。担当の編集者と、連絡すら上手く取り合えなかったから。


 出版をお願いしますとメールを送ってから、2年ほどの月日が経過していた。

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