第221話 熱烈なアプローチ
それで話は終わりになると思っていたが、向こうは諦めなかった。
断りのメールを送ったというのに、何度もメールが返ってきた。1度断ったぐらいでは、出版社側も諦めないようだ。それほど熱心に、本にして売り出したいと思ってくれているのか。
その後、何社もの出版社から書籍化したいというメールが送られてきた。
何がキッカケなのか分からないけれども、いきなり人気になっていた。ぜひウチで出版してみませんか、というお誘いのメールが続々と届いた。楽本社だけではなく、他にもいくつかの出版社から一斉に。
日本だけでなく、海外からもメールが届いていた。これは、きりがない。どこかの出版社のお誘いを一度、受けてみないと止まらないかも。出版社を決めて、既に先約があると断れるようにしないとだめかな。ちゃんとした、断る理由を用意しないと。
自分のサイトに文章を載せていただけなのに、周囲が徐々に騒がしくなってきた。これは、想定していない事態である。自分だけで解決できるような範囲を、ちょっと超えてしまったかもしれない。
とりあえず、両親には今回の件について報告しておいたほうが良さそう。もしも、本を出版するということになったら、家族には事前に知っておいてもらいたい。
ということで、ちょっと相談したいことがあると伝えて、都合の良い時間を教えてもらった。父親は仕事が忙しいだろうから、申し訳ないと思いつつお願いする。
そして、話し合いの約束をした日。
父親と母親が向こう側に座って、俺は対面の席に腰を下ろしている。2対1という位置で向かい合っている状況。
「どうした? 相談したいことって、一体何だ……?」
”実は”
深刻そうな顔つきで聞いてくる父親。そんなに大事じゃないから、心配はしないでほしい。俺から家族に相談することが珍しいから、そんな顔をさせてしまっているんだろう。もしかしたら、何か変な勘違いをされているのかも。早く話してしまおう。
ディスプレイに文字を表示させて、それを両親に見せる。
”こんなメールを受け取った”
出版社から送られてきたメールの内容をプリントした数枚の紙を、テーブルの上に置いた。2人が覗き込む。
「これは?」
「なになに?」
手に取り、2人は黙って読む。しばらくして紙から顔を上げると、コチラを見た。不思議そうな表情。もうちょっと詳しく、2人に説明する。
”前に話した、サイトの件は覚えてる?”
「もちろん。とっても面白いと思うわ」
「うん。昨日も更新していたね」
ホームページを開設したことは、2人に軽く話したことがある。まさか、ガッツリ読まれているとは知らなかったが。父親なんて、更新した日も把握していたぐらい。
ちょっと恥ずかしい。でも今は、書籍化について話さないと。顔が赤くなる前に、送られてきたメールの件について話すことに集中する。
”それで、書籍化したいって話が来たんだけど。どうしたらいい?”
「なるほど」
両親に問いかけてみると、父親は顎に手を当てて考えてくれた。彼らにとっては、まだ俺は子ども。問題を丸投げをしてしまって申し訳ないけど、どんな答えを出してくれるのか期待する。次の言葉を待った。
「麗羅は、どうしたい? 受けたいのか断りたいのか、どっちだ」
”うーん。
父親が問いかけてくる。やはり、どうするのかは自分で決めるべきなのかな。俺の意見を尊重してくれている。
今の俺の立場は、色々な繋がりがあると感じていた。勝手なことは出来ない。まだ小学生だし、横大路の一員として迷惑がかかるような行動は控えたい。でも、やってみたいという気持ちも、確かにある。
俺が答えを迷っていると、父親がズバッと決めてくれた。
「迷っているのなら、挑戦してみたら良いぞ。まだ若いから失敗しても、いくらでもやり直すことは出来る」
”でも、失敗してしまったら家に迷惑が……”
あまり派手なことはしたくない。本を出版するなんて、かなり大きな行動だと思うから慎重にならないと。失敗したら、迷惑になるかも。そう思っていた。だけど。
「それに麗羅は、翻訳ソフトの件で横大路家に大きな利益を生み出した。その実績があれば、少しぐらい好き勝手にしても大丈夫」
”そうかな?”
どんどん背中を押してくれる父親。
「何かあった時はフォローするから。横大路家も、麗羅が失敗したぐらいで迷惑だと思ったりはしないさ」
「お母さんも、応援するわよ!」
”わかった、やってみるよ”
父親からアドバイスを受けて、母親から応援された。すぐに、やってみようという気持ちになった。
それで、どこのお誘いを受けるのか。考えた結果、一番最初にメールを送ってきてくれた楽本社に決めた。
ちょっと怪しさを感じるけれど、他の出版社よりも先に連絡してくれたから。他にメールを送ってきてくれた人達にも、それを理由に断りやすいだろう。誰よりも早く誘ってくれた出版社を優先したと伝えれば、文句は言われないはず。
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