第211話 立派な邸宅
退院した病院から走ってきた車が、立派な塀の前で止まった。シャッターが自動で開くと、車に乗ったまま敷地の中に入っていく。その先に豪邸があった。ここが自宅らしい。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
「ただいま、ゆき
玄関で待ち構えていたのは、俺が拾われた時に望未さんと一緒に居た年配の女性。彼女は、帰ってきた薫さんに頭を下げて丁寧に出迎えた。その声に答える、旦那様と呼ばれた父親の薫さん。
「麗羅を連れて帰ってきました」
「良かったです!」
俺の顔を見て喜ぶ年配の女性は、ゆき乃さんという名前らしい。短く揃えた髪と、スマートな体型で俊敏に動く。デキる女という印象を抱く人物だ。
「それじゃあ僕は仕事に戻るから、後は任せるね」
「ありがとうございます、薫さん。ここまで付き合ってくれて」
「愛する妻と子供のために時間を割くのは当然さ。気にしないでくれ」
「はい」
そう言って、車のある方へ戻っていった薫さん。どうやら仕事の合間だったらしい。大変そうだな。何の仕事をしているんだろう。
「あちらの部屋に、用意したベビー用品を全て置いてありますよ」
「ありがとう、ゆき乃さん。すぐ確認するわね」
「どうぞ、こちらです」
案内された部屋には、たくさんのベビー用品が揃えてあった。
ベビーベッドに小さな布団、紙おむつが何種類も積み重ねるように置いてあって、赤ちゃんをあやすのに使うのだろうおもちゃも多種多様に集められている。これは、ちょっと用意しすぎじゃないか。
さらにその奥には、ハンガーに掛けられた何十種類もの洋服が見える。色とりどりのおしゃれな洋服が沢山あった。あれ全部、着せ替えられるとなるとキツイな。
広い部屋の中を埋め尽くすベビー用品を、サッと確認していく母親。手にとっては見たりしている彼女は、とても嬉しそうな笑顔だった。
しばらく時間が経ってから、夢中になっていた母親にゆき乃さんが声をかける。
「今日は、麗羅さんも疲れているでしょうから。ゆっくり休ませてあげましょう」
「あっ! そうね、うん」
ゆき乃さんの助言によって、俺はベビーベッドに寝かせられた。仰向けになると、オルゴールのメロディーに合わせて、吊り下げられたおもちゃがゆっくりと回るのが見えた。
「麗羅さん。奥様が選んだ、オルゴールのメリーを凝視していますね」
「気に入ってくれたかしら?」
「きっと、気に入ってますよ」
「そうだと嬉しいわ」
ベビーベッドの上で寝転がっていた俺は、部屋の中を見回した。彼女たちも、俺の様子を観察してくる。天井から吊り下げている赤ちゃん用のおもちゃ、メリーを見ていることに気付いていた。
まだ俺は言葉を話せそうにないし、自由に歩くことも出来ない。しばらく、身体が成長するのを待つだけかな。
***
一緒に過ごしているうちに、色々と知った。
薫さん、望未さんの名字が
住んでいる豪邸を見て分かる通り、とても裕福な家庭であるということ。使用人も何人か居て、かなりの資産家であることは確定。
父親の薫さんは仕事が忙しいらしくて、なかなか家には居ないみたい。それが少し寂しそうな母親の望未さん。
ある日、父親の薫さんと母親の望未さん、それから娘である俺という3人で外出をすることになった。父親はかなり仕事が忙しいようで、なかなか会えない。つまり、3人が揃うことも珍しかった。
そしておそらく、この3人が揃って外に出るのは俺が退院した以来かもしれない。あれから、3ヶ月ぐらいは経ったかな。
これから、誰かに会いに行くようだ。かなりの重鎮らしい。父親は緊張した様子で車に乗っていて、目的地に到着するのを待っている。父親が緊張した様子を見るのは初めてだと思った。会った回数は少ないので、父親がどんな人物なのかまだ正確にはわかっていないけれど。
普段はおっとりしているような母親も緊迫した雰囲気を漂わせている。こちらは、一緒に過ごしてきた時間が長いから、珍しいなという感想が浮かんだ。
これから会うのは、それほどの人物ということなのだろう。しかし2人の格好は、休日に公園へ遊びに出かけるようなラフな服装。一体、どういうことだろうか。
大きな門の前で停車する。門の横には警備員が待機していた。俺が今暮らしている自宅よりも大きな家。運転手が車の窓を開けて、何かチェックされている。そして、門が開いた。かなり厳重に、建物の周りを警備しているようだ。
車に乗ったまま、敷地内に入っていく。窓の外に緑色が広がっていた。木々や花、いろいろな植物が見える。その先には真っ白い壁と、黒い屋根の洋館があった。
ここが日本だと思えないような、非常に大きな外国風の館があった。
洋館の前に、車が止まった。ここで降りるらしい。米村が運転席から降りて、後部座席のドアを開いた。そのドアから父親が、車を降りる。俺は、母親の腕に抱かれて一緒に車から降りた。
「お待ちしておりました、薫様」
「うん。お出迎え、ありがとう」
車から降りた先には、スーツを着た屈強な男性たちがズラリと並んで待っていた。彼らは、父親に頭を下げて挨拶する。その後に車を降りた、母親に向かっても丁寧な挨拶をしていた。
「望未様、こちらにベビーカーを用意してあります」
「ありがとうございます。使わせていただくわ」
赤ん坊の俺はベビーカーの上に乗せられて、母親に押されて洋館の中を移動する。家の中でベビーカーに乗せられるのは変な気分だったが、必要だろう。こんなに広いんだから。
廊下には豪華な装飾に、美術品の数々が並べられていた。一つ一つ、かなり高そうな見た目の優れた品々が見える。壁には、よく分からないけど高そうな絵画と彫刻が並んでいた。凄いな。
とても高価な美術品が並ぶ廊下を通りぬけて、洋館内を案内してくれていたスーツ姿の屈強な男性が、扉の前で立ち止まる。その立派な木製ドアの先に、誰かが待っているのか。
「
「おう! 入れ入れ!」
スーツの男がドアをノックして、来客を知らせる。ドアの向こうから、元気そうな声が返ってきた。聞くだけでわかる。覇気のあるパワフルな人だな。
「おう! 待っていたぞ、薫くん。それに、望未ちゃんも」
「お待たせしました、良造さん」
「良造さん、お久しぶりです」
部屋の中に入ると、そこには和服姿の元気が良い老人が待っていた。この、立派な髭を蓄えた老人はスゴイ。見ただけで圧倒される、風格のある人物。
良造という老人と父親は、かなり親しそうに会話している。どういう関係なのか。母親とも知り合いのようだし。どちらかの父親なのか。つまり、私の祖父ということになるのかな。だけど、話し方に少し距離感もあるような。何か、訳ありなのか。
「ふむ。この子が、引き取ったという子か」
「そうです」
彼らの関係について見極めようとしていると、髭の老人がベビーカーに乗っている俺の顔を覗き込んできた。俺のことも、彼は知っているらしい。
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