第212話 横大路一族

「なかなか、見込みがありそうな子じゃな」


 良造という名前の老人がベビーカーの前でしゃがむと、俺と目線の高さを合わせて顔をジッーと見つめてきた。その後、ニカッと笑顔を見せたと思ったらシワの入った手で頭を撫でられる。老人と思えないほど、力強い手だった。髪の毛も生えていないような、無防備な頭。ちょっと痛い。


「さぁ、そこのソファーに座ってくれ」

「はい」

「失礼します」


 薫さんたちは、良造さんに勧められてソファーに座った。テーブルを間に挟んで、お互いに顔が見えるよう向かい合うようにして。そして俺が乗っているベビーカーは、母親が座っている側のソファー脇に置かれた。


 そんな配置で、話し合いが始まった。ここからなら、俺も話を聞くことが出来る。興味があるので、彼らの話に耳を傾けた。




「それで結局、赤ん坊の本当の両親は見つからなかったんだな」

「そうなんです。妻がこの子を発見した路地裏付近で警察が調査や聞き込みを行ったそうですが、何の手掛かりも得られず。捜索願なども出されていない、とのことです。近辺にある病院の出産記録なども入念に捜査をしたそうですが、該当するような赤ん坊は見つからなかったようですね」

「手掛かりは、何も無かったということか」


 父親は、警察の捜査情報について詳しく語った。というか、そんなに詳しく警察の情報を仕入れていたのか。しかし、本当の両親の情報について何もわからないとは。警察が必死に捜査しても1つの情報も得られないのは不思議だな。そんなこと、あり得るのか。


 彼らの会話を横で聞いていて、疑問に思ったことがあったとしても質問することが出来ない、というのがもどかしい。


 まだ俺は、会話ことが出来ない。赤ん坊だから仕方ないけれど、歯がゆいな。


「ふむ。それで、君たち夫婦が身元不明の赤ん坊を引き受けた、というワケだな」

「その通りです」


 質問された父親は、膝の上で両拳を握りしめながら答えた。とても緊張している、というのが見てわかる。


「孤児院に預ける、という選択肢は無かったのか?」

「私が、この子を育てたいと思ったから無理を言って引き取りました」

「ふむ、君が」


 良造さんの質問に答えたのは、父親ではなく母親の望未さんだった。彼女も真剣な表情で、答えを返した。


「その子を一族の末席に名を連ねるということが、どういう事か理解しているか?」


 ギラリと、良造さんの目が鋭くなった。やはり普通の老人とは思えない、威圧感のある視線。それを真正面から受け止めながら、父親が頷いて答える。


「もちろん、わかっているつもりです。もし、それがダメだと言うのならば横大路の一族との絶縁も受け入れます」

「……」


 話しているうちに、少しずつ熱くなっていく父親。いつもの冷静さを欠いている。語る言葉は、本気だった。


 良造さんは、ジッと父親の顔を見つめる。父親の視線も、全く動かない。長い沈黙が流れたあと、再び父親が口を開いた。


「なんと言われようと、この子を手放すつもりは一切ありません。俺は、妻と一緒に家を出る覚悟も出来ています。横大路の一族に迷惑をかけるつもりも、ないです!」

「まぁ待て待て、そう焦るな。まず、ちゃんと話し合おう。ワシらは別に、その子を排除しようとは考えていない。いいか?」

「は、はい……」


 良造さんは手のひらを前に突き出して、腰を浮かせてヒートアップしている父親を落ち着かせた。父親はソファーに座り直して、一呼吸置くと冷静になった。


「その子がある程度育って大きくなったら、本人にも理解させないといけない時期が来るぞ。横大路家の人間であるということを。その時に、ちゃんと説明できるか?」

「はい、もちろん」


 真剣に説明する良造さん。実は俺も話を聞いて理解している。赤ん坊だけど、もう既に自己意識があった。自覚もしている。だから、ちゃんと話を聞いておこう。


「拾われた子だということも、ちゃんと彼女に話さないといけないぞ。横大路家とは血が繋がっていない、と」

「……はい、その通りですね」


 路地裏で目を覚まして、一部始終を自分の目で見ていた。ちゃんとわかっている。記憶に残っているから、血が繋がっていなことも把握していた。だから、大丈夫。


「この情報は君たち夫婦だけではなく、横大路一族みんなにも把握してもらわないとダメだ。話さずに黙っておいたら、他所から都合の良い攻撃材料にされてしまうかもしれないからな。余計な面倒を避けるための情報共有は必須だ」

「はい」


 良造さんは顎に手を当て、色々と考えている。どうやら俺という存在は、なかなか面倒なようだ。そうまでして引き取ってくれた両親には、感謝しかない。


「外から情報を得て、自分の境遇を知ってしまう。そんな可能性もあるだろうから、早いうちに本人には自覚させないといけない。これも、必要な事前対策だぞ。後から色々と事実を知ってショックを受けたりしたら、その子がかわいそうだ」

「そうですね」


 もう聞いて理解しているから、ショックを受けることはない。けれど、色々と配慮してくれるのはありがたい。


「この子を、他のみんなに紹介するのは次の庭園会ていえんかいのときで良いだろう」

「わかりました」


 庭園会ってなんだろう。どうやら俺は、その会で横大路の一族という人たちに紹介されるらしいが。


「それから、その子が横大路家の財産を相続する権利はない。それも、ちゃんと承知しているな?」

「はい、もちろんです。もともと、ウチは跡取りが出来ないということで色々と準備していましたから」

「そうだったな。とはいえ、横大路家に迎え入れた暁には最低限の保証はしよう」

「ありがとうございます。それで十分だと思います」


 遺産相続についての話。どうやら俺は、最初から権利がないようだった。それも、特に問題はないだろう。大人になれば自分で働いて、稼いで生きていけるだろうし。


「うむ。大人になるまでに、自分の力で社会を生き抜く術を学ばせるが良い」

「わかりました」


 良造さんも、言っている。今まで何度も繰り返してきた転生の経験を活用すれば、困ることは無いだろう。慢心し過ぎかな。


「まぁでも、それほど心配する必要も無いだろう。なかなか才能豊かそうな顔をしておるからな。わしの予想だと、将来この子は大物になるぞ」


 何故か良造さんから、もの凄く期待されている。まだ赤ん坊でしかない俺のどこを見て、そう思ったのだろうか。それが気になる。でも、赤ん坊だから気になったことがあっても、聞けないんだよな。

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