第210話 拾ってくれた人たち

 目を覚ますと、身体にたくさんの機械が付けられているのを感じた。やはり、生き残ることが出来たようだ。見知らぬ誰かに助けてもらった。


 口から呼吸を補助してくれるチューブ、身体の状態をモニタするためのセンサーが胸や足の部分に取り付けられている。そして周りを透明なプラスチックで覆われた、箱の中に入っていた。


 今も全身に痛みを感じているけれど、我慢できる程度。死の気配は、完全に消えていた。このまま、回復できそうだ。


 目の前には、女性の顔があった。俺を拾ってくれた、あの美人の黒髪女性である。彼女は俺の顔を見て、パッと明るい笑顔になった。


「あ、ちょうど目を覚ましました。かおるさん、こっちです!」


 ありがたいことに、ちゃんと病院まで連れてきてくれたようだ。俺を拾ってくれた女性は、目を覚ました俺を見て誰かを呼んだ。


「ん。その子が、そうか」


 返事をしたのは、見知らぬ若い男性だった。近づいて、俺の顔を覗き込んでくる。何かを確認するかのように、真剣な眼差しで観察された。スーツを着た若い男性は、医者じゃないみたいだが。


「それじゃあ、最後にもう一度だけ確認するけれど」

「はい」


 目の前で、真剣な表情を浮かべて会話する2人。彼らの話題は、俺の今後についてらしい。


「この子をウチで引き取って、どんな子だとしても大人になるまで育て上げる覚悟は出来ているかい?」

「はい。必ず、どんな子でも受け入れます」


 引き取る、ということは俺を養子に迎えてくれるのだろうか。拾って助けてくれるだけじゃなく、育てようとしてくれるなんて。この2人は、夫婦という関係なのか。赤ん坊である俺は当然口を挟めず、状況を見守ることしか出来ない。


「子供が出来ない身体だからといって負い目を感じているんじゃないかな? 君は、この子を代わりとして見ていないか」

「……子供を産めない身体で、心苦しいという気持ちは確かにあります」


 あんなに必死になって俺を助けようとしてくれた理由がわかったような気がする。女性は、何らかの理由があって子供を産めないらしい。それを厳しく問い詰めていく男性。


「だけど、この赤ん坊を代わりとしてだなんて絶対に見ていません。路地裏で偶然、この子を見つけたときに私は、神様の導きなのかなって思いました。出会えたのは、運命だって感じたんです。その時に私は、この子を絶対に助けたいと心の底から思いました。生きてほしいと。その気持ちは今も続いています。引き取って私がこの子を育ていた、と」


 女性は真剣に、俺を引き取ってくれる理由についてを語った。それを真剣な表情で聞く男性。彼は、どんな判断をするのかな。


「わかった。君が本気だということを、よく理解した。僕も一緒に、この子を大事に育てたいと思う」

「ありがとうございます、薫さん。私のわがままを聞いてくださって」

「大丈夫だよ。それと君の身体のことについて、厳しく言い過ぎた。ごめんね」

「わかっています。大丈夫ですよ!」


 話し終えた2人は、仲良く抱き合っていた。


 どうやら俺は、目の前にいる夫婦に引き取られることが決定したようだ。かなりの覚悟を持って、養子に迎えてくれる。とても良い人たちのようで安心する。


望未のぞみが見出した子は、きっといい子さ」

「いい子に育ってくれると、私も嬉しいです」


 かおると呼ばれた男性、望未のぞみと呼ばれた女性の2人に顔を覗き込まれる。かなり期待されているようだ。今回の人生も、ちゃんと生きようと思う。



***



 その後、しばらく俺は身体が回復するまで入院していた。退院する頃には、全ての手続きが終わっていた。薫さんと望未さんの2人が、俺の新たな父親と母親になっていた。かなり素早い対応である。


 一応、警察が俺の本当の両親を捜索したらしい。けれど見つからなかったそうだ。何の情報も得られなかった。乳児院か児童養護施設に引き取られる予定だったのを、助けてくれた望未という女性が引き取ることに決めたらしい。


 こうして俺の両親は、薫さんと望未さんの2人ということになった。




「よろしくね、麗羅れいらちゃん」


 望未さんの腕の中に抱きかかえられながら、新しく名付けられた名前を呼ばれた。


 レイラというのが、俺の名前らしい。やはり今回も、そう名付けられたか。そして名前から自分の性別がわかった。今回の人生は、女性の身体で生まれてきたようだ。


 今まで転生を何度も繰り返してきたけれど毎回、俺の名前は決まっていた。リヒトと名付けられたら男性で、レイラと名付けられたら女性だった。やはり、何かの力が働いているように感じる。


「旦那様、奥様。車はコチラです」

「うん。お家へ帰ろうか望未、麗羅」


 男性の誘導する声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがあった。あの路地裏で、車を運転していた人かな。


 薫さんのことを旦那様と呼び、望未さんを奥様と呼んでいる。その男性は召使いのように丁寧な対応だった。ここが現代日本だとすれば、少し珍しいような気がする。それとも、俺の知っているような日本じゃないのかな。


 また、以前のようなダンジョンが存在するようなファンタジーな現代に生まれたのだろうか。でも、魔力を感じることが出来ない。身体の外にも、魔力があるようには感じられなかった。


 感知能力が鈍ったわけではなく、もとから魔力が存在していないような気がする。この世界には、魔力の存在が完全に消失していた。


 もっと別の世界に生まれてきたのかな。病院の中で見た機械から、それなりに発展した時代に生まれてきたはず。20世紀から21世紀頃の時代だと思うけど。


 まだ、情報が足りないか。


 みんなが車に乗り込み、走り出す。これから自宅に向かうらしい。望未さんの腕の中で俺は、色々と考えていた。現状について、これから先の人生について、など。

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