11周目★(現代風:作家)

第209話 いきなり、死の危険

「……ぅ……ぁ」


 これは危ない。意識が覚醒した瞬間に死の気配を感じ取った。このままじゃ死ぬ。 赤ん坊の身体に転生した直後のようだが、目を覚ますと身動きできないという状態で真っ暗闇の外に放置されていた。布で包まれたまま、手足を動かすのも大変。


 俺は、何度も転生を繰り返してきた。いつものように赤ん坊の身体で生まれると、新たな人生を始めることになる。今度は、どんな世界に生まれたのか。


 あの女神と再会することなく、今回は普通に転生したようだ。だが近くに、父親も母親も居ないようだった。誰の声も聞こえない。


 これはまた、捨て子というパターンなのか。随分前にも同じように、とある人生で捨てられた状態から始まったことがあった。あの時は運良く孤児院の先生に見つけてもらえたから、生き残ることが出来た。


 今度は、どうなるだろうか。人生のスタートは、運試しのようなもの。なるようにしかならない。誰かに見つけてもらえれば良いが、運が悪ければこのまま……。


 体中に鋭い痛みを感じる。全身の肌が、ビリビリという感じで痛みが続いていた。長時間、この場所に放置されていたからなのか。魔力も感じ取れない。痛みによって集中できないからなのか、それともこの世界に魔力が存在していないからなのか。


 残念ながら、魔力で緊急対応することも出来ない。唯一、赤ん坊の身体でも自分で出来る急場をしのぐための手当が出来そうにない。魔力を操れたならば、肌の表面に振り絞った魔力を纏わせて耐えることが出来るというのに。それで少しだけでも延命することが可能だ。でも、今回は無理。


 赤ん坊だけど、意識はハッキリとしている。だけど、身体を思うように動かせないから緊急の対応と手当が出来ない。


「ぁぅ……ぅ……」


 声も出せない。なんとかして泣き声で、誰かに気付いてもらえないか試そうとしたけれどダメだった。助けを求めることも出来ないか。


「カハッ……、ぁぅ、ぅぅぅ」


 空気が悪い。声を出そうと口を開くだけでも、喉と胸に激痛が走った。どうやら、吸い込んだら危なそうだ。このあたりには、何か悪いガスが何か充満しているのか。


 どうにかして、ここから生き残る方法は無いだろうか。必死に周りを観察してみるけれど、暗くてよく見えない。夜だから。遠くの方に明かりが見えるような気がするのだが、やっぱり見えない。もっと目を凝らして見る。


 暗闇の奥に、ぼんやりとした赤色や青色、黄色の光がビカビカと点滅しているのが見えるような気がした。赤ん坊の目では、これ以上の詳しい観察は無理そうだった。


 すぐ目の前の景色を見ることさえ、非常に困難のようである。


 耳もよく聞こえなかった。何かの音は聞こえる。それが何なのか、わからないな。雑音が混じって、音が正確に聞き取れない。集中して、どうにかして聞こえてくる音を分析してみる。


 おそらく、車が行き交って走っているような音。ファンが回るような音。室外機が稼働しているような音だろうか。もしかすると俺は、路地裏のような人に見えにくい場所に放置されているのか。だとすると、誰かに見つけてもらえる可能性は低いか。




 魔力を操作して延命することは出来ない。誰か助けを呼ぼうとしても、口を開いてみたら喉がやられるだけ。生まれたばかりの赤ん坊の身体で、ここからは動くことも出来そうにない。


 絶体絶命だった。


 これは、ジワジワと命が削られていくのを待つことしか出来ないのかな。早くも、新たな次の人生に向かうのを覚悟しないといけないか。


 身体中の痛みが、どんどん増していく。喉も痛かった。近くを車が通っているようだけど、今はまだ誰にも発見されていない。もしくは、気付いているのに放置されたままなのか。絶望感で心が支配されていく。


 ダメだな、これは。


 諦めかけた、その時。キーッと、車が急ブレーキしたようなスキール音が聞こえたような気がする。車が近くで停止した? ドタバタ、と誰かが走り寄ってくる音。


「まぁ! やっぱり、こんなところに赤ん坊が」

「お、奥様。待って下さい! 危ないですから」

「危ないのは、この子よ!」

「ぅ……ぁ……」


 女性が2人。奥様と呼ばれた、透き通るような声の女性。後から走ってきたのは、年配らしい声の女性。


 透き通るような声の主の女性に、俺は身体を抱き上げられたようだ。顔が近くまで寄ってきて、暗い視界の奥に顔が見えた。


 かなり若くて美人の女性である。長い黒髪で、日本人のようだった。


「この子、口から血を吐いています。顔も青白くなって、呼吸も浅い。かなり危ないかもしれません……!」

「……そんな」


 もう1人の女性にも顔を覗き込まれた。こちらが年配の女性。かなり危ない状況だということを、察してくれた。絶望している声を漏らす、奥様と呼ばれている女性。


「早く病院へ連れていきましょう!」

「はい、奥様。車へ」


 どんどん視界が狭まっていく。気絶する寸前のようだ。なんとか、誰かに発見してもらって生き残れそうだ。運が良かったな。


 俺を見つけてくれた2人は急ぎながら、移動している。車に乗り込んだ。ここは、車のある時代か。それなりに技術が発展している世界なのか。そして俺は、これから病院へ連れて行ってもらえるのだろうか。それなら、助かるかな。


 しかし、優しそうな人に助けてもらえたようだった。腕に抱きかかえてくれている女性は今も、頑張って、死なないで、と俺の耳元で泣きそうな声で必死に呼びかけてくれている。心の底から本当に、命が尽きないようにと願ってくれていた。


米村よねむら、近くの病院まで。急いで」

「ッ! わかりました。奥様はシートベルトを」

「締めたわ。早く走らせて!」

「了解しまして、飛ばします!」


 車に乗り込み、移動を開始した。厳つそうな男性の声は、運転手だろうか。身体が振動して、車が猛スピードで走り出すのが分かった。


「あぁ……! ダメッ、目を開けて!」


 とうとう、限界が近い。申し訳ないが、もう意識を保っていられそうにない。死の気配は遠のいたが、気絶する。


 抱きかかえてくれている女性の声を間近に聞きながら、俺は意識を失った。

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